「奇術師のためのルールQ&A集」第84回
IP-Magic WG
Q:美女のイラストを配した「ファッションカード」というオリジナルマジックを開発しました。イラストの作成は、美大の学生さんに依頼して謝礼として3万円を支払いました。このイラストを他の奇術用具に転用する場合、学生さんに追加の謝礼を支払う必要がありますか?
私は、マジックショップの経営者です。美女のイラストを描いた複数枚のカードを使った奇術として、「ファッションカード」という商品を制作しました。現象としては、客に1枚の美女カードを選んでもらい、演者がカードを混ぜてゆくと、全カードが客の選んだカードに変化するというものです。
この商品の制作にあたっては、美大の学生さんに商品の概要を説明して、カードに印刷する美女のイラストを描いてもらいました。学生さんからは、作成したイラストをデジタル画像データの形式で納品してもらい、このデータを印刷業社に渡してカードに印刷しました。イラストを描いた学生さんには、謝礼として3万円を支払いました。学生さんには、一応、領収証を書いてもらいましたが、契約書などは取り交わしておりません。
今後は、この美女のイラストを、取り出し箱などの他の奇術用具の装飾にも転用しようと思っています。このイラストは、既に3万円で買い取っているので、私がどのように使おうが自由だと思うのですが、別な奇術用具の装飾に使う場合、イラストを描いた学生さんに追加の謝礼を支払う必要はあるのでしょうか?
A:領収書の但し書に「著作権の譲渡料」という文言が書かれていない場合、イラストの著作権は学生さんが保有している可能性があり、その場合、他の奇術用具に転用するには、あらためて学生さんの許可をとる必要があります。
イラスト作成や写真撮影などを他人に依頼した場合に問題になるのは、著作権の帰属です。著作権は、原始的には著作者(創作者)に帰属しますが、後にこれを譲渡することができます。例えば、イラストレーターが顧客からの依頼を受け、イラストを制作した場合、制作時点での著作権はそのイラストレーターが保有しますが、これを顧客に譲渡することも可能です。写真家が写真を撮影した場合も同様で、撮影時点での著作権はその写真家が保有しますが、これを顧客に譲渡することも可能です。
著作権は、著作物を複製したり、上演したり、展示したり、翻訳したりする権利であり、著作権を保持する者(著作権者)もしくはその許可を得た者でなければ、これらの行為を行うことができません。著作者と著作権者とは違う概念です。著作者は、その著作物を創作した者(イラストレータや写真家)であり、創作時には、「著作権者=著作者」になりますが、著作権を譲渡してしまうと、著作権を譲り受けた者(たとえば、金を払って創作を依頼した者)が新たな著作権者になります。
今回のケースでは、著作者はイラストを描いた学生さんであり、描いた時点での著作権は学生さんが保有しております。あなたは、この学生さんから画像データを受け取ったわけですが、問題となるのは、あなたが3万円を支払って学生さんから買い取ったのは「画像データの利用権」なのか、あるいは、「画像データの著作権」なのか、という点です。前者の場合、著作権は学生さんに留保され、後者の場合、著作権はあなたのものになります。
もし、あなたが「画像データの利用権」だけを買い取ったということだとすると、法律的には、あなたは「ファッションカード」という商品についてのみ、このイラストを利用することができる利用許諾を得たことになります。もちろん、著作権は学生さんに留保されております。あなたは、イラストの制作を依頼するときに、「ファッションカード」という商品に使うことを説明したわけですから、学生さんはあなたに対して、このイラストを「ファッションカード」という商品に使うための利用許諾を与えたと解釈できます。この場合、あなたが支払った3万円は、著作権の譲渡料ではなく、イラストの利用料ということになります。
つまり、学生さんからあなたには、著作権ではなく、利用許諾が与えられていたことになります。この利用許諾は、イラストを「ファッションカード」という商品に使うための許諾であり、その他の商品についての利用許諾ではありません。したがって、このイラストを、取り出し箱などの他の奇術用具の装飾に転用する場合、あらためて、学生さんに利用許諾を求め、必要があれば、新たな謝礼(取り出し箱などの装飾として利用するための利用料)を支払う必要があります。
一方、もしあなたが「画像データの著作権」を買い取ったということだとすると、学生さんが保持していた著作権に基づく権原は、すべてあなたに移転したことになるので、このイラストをどのような商品についても自由に利用することができ、また、他人に対して利用を許諾することも可能です。この場合、あなたが支払った3万円は、著作権の譲渡料ということになります。逆に言えば、もはや学生さんは著作権を保有していないので、学生さんは、自分で描いたイラストであるにもかかわらず、自分では自由に利用することができなくなるのです。
このように、あなたが3万円を支払って学生さんから買い取ったのが「画像データの利用権」なのか、あるいは、「画像データの著作権」なのか、という点は非常に重要です。ただ、実際のところ、学生さんも著作権の帰属がどうなるのかという点について、深い考えをもたずに仕事を引き受けたものと思われます。したがって、現実的には、学生さんに連絡して、3万円の謝礼は、著作権の譲渡料である点を確認してもらうようにするのがよいと思います。学生さんが納得してくれれば、あなたは「画像データの著作権」を買い取ったということになるわけです。
万一、学生さんが納得せず、著作権は自分が保有している、と主張した場合は、ちょっと面倒なことになります。学生さんから貰った領収書の但し書に「著作権の譲渡料」という文言が書かれていた場合は、3万円は著作権の譲渡料と認定されるでしょうが、そうでなければ、もし裁判で争ったとすると学生さんの主張が認められる可能性が高いです。過去の判例では、著作権を譲渡する旨の契約書などがない場合、著作権は著作者に留保されると認定されているケースが多いためです。したがって、学生さんが納得しない場合、取り出し箱などの装飾に転用することについてあらためて利用許諾を求めるか、転用を断念するか、ということになるでしょう。
このような点を考慮すると、イラストや写真などの作成を他人に依頼する際には、後に疑義が生じないように、著作権の帰属について明記した契約書を取り交わしておくのが好ましいでしょう。以下、他人にイラスト作成を外注する際の契約書の一例を提示しておきます。
業務委託契約書 委託者○○○○(以下、甲という)と受託者XXXX(以下、乙という)は、次のとおり業務委託契約を締結する。 第1条(基本契約事項) 第2条(著作権の帰属) 令和○年○月○日 甲 乙 |
上記契約書の「○○○○」の部分には、あなたの氏名(もしくは法人名+代表者名)を、「XXXX」の部分には、外注先の氏名(もしくは法人名+代表者名)を、それぞれ記載することになります。
第2条第1項には、著作権が外注先からあなたに対して譲渡される点が明記されています。つまり、外注先からあなたには、「画像データの著作権」が売り渡されることになり、前述したとおり、あなたは「ファッションカード」だけでなく、どの商品についてもこのイラストを自由に利用することができます。なお、「著作権法第27条および第28条に規定された権利を含む」となっているのは、翻訳権などの二次的著作物に関する権利も含めた著作権全体が譲渡されることを明記するためです(詳細は、本Q&A集第82回を参照してください)。
第2条第2項の「著作者人格権」というのは、氏名表示権や同一性保持権などのことです。著作者は、著作物に氏名を表示するよう求める権利を有しており、これを氏名表示権と言います。もし著作者がこの権利を行使すると、「ファッションカード」のイラストに著作者の氏名を表示しなくてはならなくなります。また、著作者は、著作物の改変を認めない権利を有しており、これを同一性保持権と言います。もし著作者がこの権利を行使すると、美人イラストの上半身だけをトリミングして利用するような改変ができなくなります。第2条第2項は、このような事態を防ぐため、氏名表示権や同一性保持権などを行使しないように約束させるためのものです。
今後は、イラストや写真を外注する際には、外注先との間に上例のような契約書を締結するようにすれば、「画像データの著作権」が引き渡されることが明確になり、納品されたイラストや写真を自由に使えるようになります。
(回答者:志村浩 2022年7月23日)
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