「THE SHIMADA(島田晴夫)」感想集

2026年4月19日(日)に東京・Mシアターで開催された「THE SHIMADA ~世界のショービジネスを席捲した島田晴夫~」に参加されたみなさまからたくさんのご感想が寄せられました。
Web公開の承諾を得た方々の感想を以下にご紹介します。

【1~5】  【6~10】 【11~15】 【16~22】
(敬称略)

(1)石崎 健治(TAMC)

緊張漂う日々の日曜(4/19)、MN7主催『THE SHIMADA 島田晴夫』のイベントに参加するため港区芝の「Mシアター」へ行きました。司会は藤城亜砂さん、講演者はNHKアナウンサーの古谷敏郎さん、島田師と馴染みの深い濱谷堅蔵さんと加藤英夫さん、島田師コレクターでもある清水豊彦さんの方々が、島田晴夫師を偲びつつ、二年前に他界された日本の偉大なマジシャンの足跡や生き方を語って頂きました。最後に小野坂東さんが、島田師が晩年にご自分で描かれた絵を映像で披露され、深い感動を覚えました。

1年半程前になるでしょうか…NHKアナウンサーの古谷敏郎さんとメールで数回遣り取りをする機会があり、その折に、「私は長年島田晴夫師の研究を続け、本として纏める状態になりましたが、それを刊行する機会が無く、残念に思っています」と記されておりました。今回は、その一端にすぎないかも知れませんが、人数は60名程ながら、また関りも様々でしょうが、島田師を慕う方々に思いを披露されて、心の荷が少々軽くなったのではないかと思います。その他の発表者の方も、同じような思いがあると思います。

ただ、島田晴夫師と云う世界的プロマジシャンが居た事を知る日本人は1万人に1人程、手品を趣味にしている方の1割程ではないかと推測します。マジックと云う芸能は、今後何処に向かうのか…それは十代・二十代・三十代のマジック愛好家に委ねられています。

(2)池田俊秀

2022年に亡くなられた島田氏、彼を知るスピーカーによるお話しと映像。イベントの最後に、亡くなられる2週間前、病床のベッドで横になられたまま見舞いの Juliana Chen に四玉の技法をしてみせる記録映像。病院の看護師に 島田氏はJuliana氏のことを「最高のマジシャン」だと。Juliana氏は島田氏を「世界的なトップスター」と。お互いを称えて紹介するシーンに胸が熱くなった。配布資料も含め とても貴重な内容でした。

自身の思い出…。今日のMCを務められたNHKアナウンサーでご自身もマニアでもある古谷敏郎さんが 島田氏を知るきっかけとなったという児童向けマジック本とテレビ番組、自分の小学生時と共通。家庭にビデオレコーダーがない時代、OAに合わせて視聴、目に焼き付けるしかなかったけれど、学校の夏休み期間等に合わせ繰り返しOAされ何度も見ることが出来ていたのは良かった。

高校生の時、マジックランドにいたらドアが開く音。そちらを振り向くと あの流し目!Las Vegasをはじめ世界を舞台に活躍、まさか日本で会えるとは思っていない大スターとの衝撃的な初対面、完全に舞い上がった。

Las Vegas , Riviera Hotelで1988年から5年間出演されたショー「SPLASH」。長年(?)の 夢が叶い 最後の年93年に何とか間に合い観ることが出来た。

94年FISMでお話しする機会、Rivieraでの出演を終えたことについて「毎日、同じ時間に出掛けて同じ演技。サラリーマンと同じになってしまう感じで このままではダメと思った。新しいことをやろうとしている。」というようなお話しを伺った。サラリーマンの仕事も決して毎日変わらず同じことを繰り返しているだけと言う訳ではないのだけれど、今日のトークショーの中にもあったように成功しても尚、常に変化を模索されていた方だと思う。その後もショーやコンベンションで何度か観たり お会い出来たこと、振り返ると いずれも貴重。

企画・準備に開催まで、皆さまお疲れ様でした。

参加者の立場からは反省点など思いつかない充実した内容でした!

コメント記載した93年のLas Vegasは自分にとって初めての海外。SAMニューオリンズ大会参加後に、自分含む若者3人だけツアーからスピンアウトでトンさんに連れて行っていただいたのです。 RivieraのShimadaさんのほか、Siegfried&Roy。Haciendaでの Lance Burtonは楽屋訪問もさせていただき夢のような旅。その後は単独で海外出掛ける切っ掛けとなり、トンさんには本当に感謝しています。

(3)伊藤正博(武蔵工大マジックサークルOB)

今日は、東京芝公園の電巧社Mシアターで開催されたMN7主催の「THE SHIMADA(島田晴夫)」を観に行って来ました。

加藤英夫/濱谷堅蔵/清水豊彦のお3人とNHKアナ古谷敏郎さんによる島田晴夫を熱く語る映像資料を交えたトークショーのようなものでしたが、とても懐かしい時間を過ごすことが出来ました。

今回は、古谷アナによる「プロジェクトX」のような構成で、主に鳩出しを中心にした島田アクトの秘密を検証するような内容だったので大変面白く、また興味深く拝見しました。濱谷氏や加藤氏とは旧知の仲なのですが、あまり島田師についての話は伺ったことが無かったので、「なるほどあれはそうだったのか」と思い起こすことが多々ありました。

次回また続編を期待したいです。

(4)小峰 勲(西東京マジッククラブ)

昨日は、浜松町のMシアターで島田晴夫さんについてのトークショーと映像上映。

司会は古谷敏郎氏で、加藤英夫氏と濱谷堅蔵氏による蔵出しの鳩だし秘話、あれこれ。清水豊彦氏の島田さんのとっておき話し。

これ、ただのサクセスストーリでなく、マジシャンは本来どう有るべきをか提示してもらった、そんな気もした。

休憩時間に、大阪から見えた石田隆信さんと歓談できてよかった。

終わって、浜松町駅までテンヨーの鈴木徹さんとご遠方から見えた ゆみ さんと三人で、歩きながら歓談できて、なにか楽しい夢を見ているようなそんな気持ちになってしまった。

(5)渕脇洋介(NMF/JCMA, MAT)

MN7主催の「THE SHIMADA(島田晴夫)トークショー」に参加してきました。3時間と言うことで心配しましたが、どの話も、資料も、動画もなかなか面白く、貴重なものでした。特にステッキやリングを使う鳩だしは、島田先生、加藤さん、濱谷さんのチームワークで完成したと言うことで、昨年のIbukiチームを彷彿とさせることには、大変驚きました。

【配布された資料】

  1. 今回のプログラム
  2. まじっくすくーる38-39-40合併号(島田晴夫特集復刻版)
  3. 世界一のマジシャン島田晴夫物語(十勝新聞)の特集
  4. 島田晴夫 タイムライン(写真を多数含む年表的資料)

(6)神辺貴昭(日本奇術協会/TAMC)

島田晴夫先生については私も個人的には大変感化された一人です。晩年日本に来るたびにお会いしてよくシャンパンを飲みました。

今日流れた最後の日本でのステージの頃、下町のもんじゃ焼きを食べに一緒に行ったのですが、そのときも目の前で八つ玉を見せてくれました。

そのとき二人で撮った写真が我が家に大きくして飾ってあります。

島田晴夫先生については加藤英夫さんも言っていたように話せないことも多々ありましたが、私には先生のお母様がおなくなりになった時のお力落としが非常に寂しく思えました。お母様のお話をされる先生の優しさは自分がやはり母親を失ったときにずっしりと心に染み渡りました。

MN7の皆様のご努力に感謝申し上げます。

特に貴重な資料を収集され配布いただけ後の世代にきっと参考になることでしょう。

島田夫先生の思い出は尽きないのですが、濱谷さんが言うように音楽にも繊細で晩年、先生は一連のルーティーンに音楽をヴェルディの「椿姫」をお使いになり、どう?と感想を私に求められました。先生はしっくりきたらしくご満足のようでした。その音楽性と先生の芸術が見事に溶け合っていました。

あまりにも偉大な先生でしたのでまだまだ語られることはたくさんあるでしょうね。

先生の肉体は消えても私たちの心には優しく微笑んだ先生がおられます。

(7)加藤 潮

かなり昔のことですが、島田晴夫先生からお電話をいただいて、自宅で飼っていた16羽の鳩をお貸しすることになり、梅ヶ丘駅までお届けしたことが有りました。島田先生がプロマジシャン上口龍生氏に鳩プロダクションをレクチャーされる為でした。先生から梅ヶ丘でお寿司をご馳走になりながら、昨日古谷敏郎氏がお話してくださったような素敵な思い出を、先生がお寿司を摘んではゆっくりと口に運ばれて、お話に沢山の花を咲かせてくださり嬉しかったです。本当にありがたく素晴らしいひとときを過ごさせていただきました。

その中で一番印象に残っているのは、ご自宅にどなたかが訪ねて来られた時に肌けた浴衣姿のまま出ようとしたら、きちんとした服に着替えて応対しないといけませんとお母さまからご注意を受けられたというお話でした。やはり、大スターは違うということを学ばせて頂きました。

(8)森尻 誠(鎌倉マジシャンズクラブ)

一昨日の島田晴夫さんの講演会、とても楽しく参加させていただきました。

ありがとうございました。

展示されていた、The World Greatest Magicの書籍ですが、実は私も1冊持っております。そこでまた見直そうと開いてみたところ、写真のようなサインがありましたので、ご連絡さしあげます。

本は、1979年版との記載はあります。

サインは、1985年2月23日ですが、このサインは島田晴夫さんのものではないでしょうか。

この本は、10余年前に、鎌倉マジシャンズクラブのオークションで購入したもので、私自身が本にサインをいただいたものではありません。

なお、本をお持ちだった方にも問い合わせもしておりません。

添付の写真をご覧いただければ幸いです。

どうぞよろしくお願いします。

(9)三好恭子(横浜マジカルグループOG)

4月19日、MN7ネットワークに参加させていただき有難うございました。

島田晴夫師の懐かしい想いでと共に、MN7の活気ある素晴らしい活動に感銘いたしました。

(10)藤澤郁夫(千葉大学マジックサークルOB)

MN7の島田晴夫イベントに参加できて、皆さんの島田晴夫に対する熱い思いを聞くことができました。素晴らしい研究会でした。

最後の動画で、ベットにいても四つ玉を離さない姿に驚きました。そして、四つ玉の知らなかった技を垣間見ました。

講演では皆さんの島田晴夫氏への尊敬と熱い思いを知ることができました。
私は島田晴夫氏のことを大学時代に名前を聞いただけで、殆ど知りませんでした。
ただ、記憶では、「ダイバーノンが島田晴夫と澤浩のマジックに涙を流して喜ん
だ。」と聞いた覚えがあります。
今回の講演で、島田氏は命が終わるまでマジックを愛し、多くの人達へ影響を与えて
いたいことがよく分かりました。

次回の継続講演では、島田晴夫の四つ玉やドラゴンマジックの映像を見せていただき
たいと思いました。

(11)古屋忠夫(鎌倉マジシャンズクラブ)

先日の島田晴夫さんのシンポジュウムとてもたのしかったです。

国内での認知度よりも世界での存在感が大きい事実を知った事は驚きでした。

あのような素敵なマジシャンが存在されていた事を改めて感謝いたします。

実は個人的な事ですが一つエピソードがあります。

私の師匠であるミカメクラフトの三瓶米蔵先生が島田さんに四ツ玉の制作を依頼されたことがあります。

その白い四ツ玉を私が塗装したことがあるのです。

一度だけのことでしたが、どこかの舞台で皆様に披露された事だと思い嬉しい思い出です。

またの機会に島田晴夫さんの続きの会があるとうれしいです。

(12)T.S(30代男性)

イベントでは、古谷さん、加藤さん、濱谷さん、清水さんの貴重なエピソードを伺うことができ、大変楽しい時間を過ごすことができました。

また、資料や映像も拝見することができ参加して良かったと感じました。

今後も島田さんのイベントが開催されることを願っております。

ありがとうございました。

(13)和田奈月(日本奇術協会)

先日は素晴らしい島田先生、先輩達の歴史に触れられて有り難かったです。

今後とも宜しくお願いいたします。

(14)N.Y(男性)

古谷さん、濱谷さん、加藤さんの島田先生との触れ合いに関する貴重なお話しや、拝見できたフイルムの数々は、いずれも今回初めて目や耳にした事柄が多く、とても興味深く拝聴拝見いたしました。

清水さんが見せてくださった数多くの品物も、いずれも島田先生の偉大な足跡を思い起こさせる貴重ものばかりで感激しました。

大変に濃い内容の3時間で、終了時にはまだまだ聞いていたい、見ていたいとの想いが募りました。

古谷さんも仰っていらしたように、第2回、第3回の開催を楽しみにしております。

島田先生の偉大さをあらためて実感させて頂くことができた素晴らしい会を、企画し開催して頂いた関係者の皆様方に心より感謝申し上げます。

本当にありがとうございました。

(15)M.K(女性)

先日は「THE SHIMDA 島田晴夫」のイベントに参加させていただき、ありがとうございました。

古谷さんはじめ、皆様方の貴重で楽しいお話を伺えて、あっという間の時間でした。

もう40年近く前でしょうか、初めてのUS、初めてのラスベガスで仕事の合間にリヴィエラにスプラッシュを1人で見に行ったことを思い出しました。

慣れないところでドキドキしながら島田さんの演技を拝見して感動しましたが、楽屋に伺うなんていうことは思いつきもしませんでした。

古谷さんの行動力には感服です。

皆様まだまだお話し足りない様でしたので、次の機会がありましたら、是非また参加させていただきたく思います。

(16)組本博司(名古屋アマチュアマジシャンズクラブ)

島田さんは、ずっと海外でお住まいになってご活躍されていたと思っていましたが、日本でも加藤さんや濱谷さん、清水さんと交流があり、ハト出しの技術について一緒になって開発されたと聞いて驚きました。

古谷さんの熱量も感じられて楽しい時間でした。

(17)石田隆信(IBM大阪)

先日の島田晴夫氏の催しは、とても分かりやすく楽しい内容でした。

特に驚いたのが古谷さんと島田晴夫氏との関係です。

また、著書制作の話にも驚きました。

古谷さんの島田晴夫ファンとしての熱量に圧倒されっぱなしでした。

そして、加藤氏と濱谷氏と島田氏との深い関係にも驚きました。

知らないことばかりでしたので大変勉強になりました。 

(18)大島幹雄(サーカス学会 会長)

毎年意欲的な研究調査報告を行っているマジックネットワーク7(MN7) 主催による、2022年10月になくなった世界的マジシャン島田晴夫の業績を、間近で見ていた人たちが中心になって振り返るイベント。中身が濃く、充実した内容の中に、参加した人たちの島田愛、マジック愛がにじみ出てきてとてもすばらしい会だった。

マジックは専門ではないし、八つ玉がどれだけすごいことなのか、この日集まった人たちのように実感はできないが、澤田隆治さんとの付き合いのなかで、島田さんとお仕事を一回だけさせてもらったことがある。その仕事というのは澤田さんと島田さん、天功さんの座談会の司会 で、マジックを知らない素人がよくこんなことやったもんだといまになって思う。

今回の主催者の島田さんへの思いはどれだけ深いものだったか。進行役の古谷さん(NHKのアナウンサー)は島田さんの評伝を書いたが、本のすることはできないでいると語っていたが、今回壇上で報告された方たちはみななにかしら島田さんについて一冊の本が書ける人たちばかりだった。そうした人たちが島田さんのマジックの本質を明らかにしながら、その中に愛がにじみ出てきて、島田さんの人間性も浮かび上がらせた。これは私のような素人にもひしひしと伝わってきた。特に古谷さんが特別に見せてくれた死の2週間前に病院で訪ねてきた女性マジシャン相手に四つ玉を演じる姿には感動させられた。病床でボールを触るときの島田さんの子供のようなあのうれしそうな顔、神々しく見えた。

主催者の今回の催し物に対する気合の入れ方は参加者のために配布した資料から感じ取ることができる。これを手にできたというだけで参加した価値があったのではないだろうか?

一番驚いたのは最後の最後にこの会の顧問小野坂東さんが、島田さんが描いたイリュージョンのエスキースを見せてくれたことだ。20枚近くのエスキースは、島田さんが絵も巧みだったということだけでなく、世界的名声を博すことになるドラゴンイリュージョンができる過程も知ることができる、大変貴重な資料だった。

かつて自分も海外のサーカスを10年ほどブッキングしたことがある北海道のルスツリゾートに、島田さんのコレクションが展示されているという。近い将来見に行きたいと思った。

この催しものを澤田さんに見せたかったなともつくづく思った。澤田さんの評伝を近々出す予定なのだが、澤田さんはまだ若き島田さんを「てなもんや三度笠」で天草四郎役で登用したのをきっかけに、澤田さんがプロデュースした「花王名人劇場」でも海外取材をふくめて、10回近く出演させている。今回の話に澤田さんが追い続けた島田さんの姿をダブらすとさらに島田像は鮮明になっただろう。

(デラシネ日誌2026-04-24より)

(19)河合 勝(奇術史研究家)

MN7主催のイベント「THE SHIMADA 島田晴夫」は、とても楽しい会でした。会の構成がよく考えられていて、最後まで快い気持ちで参加することができました。中でも、島田さんと加藤さん、濱谷さんの若いころの奇術研究の体験談は実感が伴っていて、その時の様子が眼に浮かぶようでした。

奇術の世界において、これからもマジックショー、レクチャー、研究会などがバランスよく展開されることを望んでいます。その意味でMN7の諸活動に感謝と敬意の花束を贈りたいと思っています。

(20)坂本和昭(マジック・ミュージアム元館長)

「島田晴夫さんが紡いでくれた縁と思い出」

小学6年生(1969)の時に、8歳年上の従弟からもらった「シカゴの四つ玉」でマジックを始めた私が、高校生の時にテレビで島田晴夫さんの演技(おそらく1973年のFISMでの演技)を観て、こんなにスゴイ日本人のマジシャンがいるのかと衝撃を受け、その島田さんへの憧れから私も将来はプロマジシャンになりたとの思いを持ちました。

大学に入学(1976)すると同時に、当時は引田天功事務所に所属していたジミー忍師の元に通い始め、すぐに引田天功さん、松旭斎すみえさん、伊藤一葉さんらと共演(引田天功のマジック道場)するという機会に恵まれました。

ジミー師が主宰したマジックの勉強会「クエスチョンズ」が伊豆の伊東でおこなった2泊3日の合宿(1977)から東京への帰路に、ジミー師が散歩されていた石田天海夫人おきぬさんを見つけて車を停めて挨拶したところ、「ここのホテルで島田晴夫さんが今公演中なのよ、会わせるから寄っていきなさい」とのお誘いを受けてホテルのラウンジで島田晴夫さん、石田おきぬさんと一緒にコーヒーを飲んだのが初めての島田さんとの直接の出会いでした。憧れの島田晴夫さんと石田天海夫人との超豪華な顔触れに興奮のあまり心臓がドキドキして会話の内容もまるで覚えてはいません。

大学4年生(1979年12月)の時には、力書房の荒木茂郎さんから東京會舘で開催する「インターナショナル・マジックコンベンション」の入場料を学生特別割引料金にするから大勢を連れてきてほしいとの要請がありました。当時、関東大学奇術連盟に未所属の大学で作ったマジッククラブの集合体「マジックコミュニティ・マークル」を設立したばかりでしたので多くの学生が参加いたしました。ゲストマジシャンとして、ジョニー・トンプソンやフレッド・カップスも出演しておりましたが、特別ゲストにチャニング・ポロックが夫人同伴で来場しており、島田さんがポロック夫妻をエスコートしておられました。この時に一緒に写した写真は宝物です。

父親の大反対でプロマジシャンになることを諦めて1980年に帯広に戻り家業を継ぎましたが、家業の貸しビル業とは別にまちづくり事業として帯広に「北の屋台」(2001年7月29日開業)を作りました。2004年9月16日にはこの北の屋台創業三周年記念事業として帯広市民文化大ホールに島田晴夫さんをメインゲストに迎えての「マジックショー」を開催しました。終演後に島田晴夫・キーリー夫人や出演してくれたマジシャン達と北の屋台で懇親会を開催いたしたのは良い思い出です。この時に島田さんから「マジック界発展の為ならば何でも協力しますよ」との大変ありがたい言葉をいただき、この言葉を真に受けたことが後のマジック・ミュージアム創設(2015年12月3日)へとつながっていくことになります。

島田さんが2018年10月に来日して全国各地を回られた際に、帯広のマジック・ミュージアムを訪れたいとのお電話を直接いただきました。この訪問時に新聞記者からの取材中に「引退後に自身のマジック関係資料の全てをマジック・ミュージアムに寄贈する」と突然公式発表されたのです。その発言に一番驚いたのは私でした。島田さんの道具の一つでも展示できたら幸せだなぁぐらいにしか思っていませんでしたから、道具類の全てを寄贈すると言うのですから・・・、嬉しいと思う反面、これは大変なことになったと恐れを感じたものでした。

どのように展示したら良いのかを研究するために2019年2月17~20日にNHKの古谷敏郎さんと二人でロサンゼルスの島田邸を訪れて展示する資料の確認と島田さんへの詳しいインタビューを行いました。帯広に戻ってからまとめたインタビューを「世界一のマジシャン島田晴夫物語」として地元の新聞社の十勝毎日新聞で14回に渡って連載し、連載終了後に冊子にまとめて全国各地のマジシャン宛てに送付いたしました。島田さんもとても喜んでくれて「○○や△△にも送付して欲しい」と依頼されました。

翌年の2020年2月頃から日本でも新型コロナウィルスがパンデミックを起こし、その後約3年間に及んだ「コロナ禍」によって人が一ヶ所に集まることが嫌悪される風潮になり、私の経営するビルも飲食テナントが大量撤退する事態となってしまいました。会社の後継者もいないことから本業の貸しビルを廃業する決心をしました。マジック・ミュージアムの運営も終了することになるので島田さんには道具類を引き受けできなくなった旨を伝えました。

マジック・ミュージアムの数万点に及ぶコレクションはバラバラにはしたくなかったので一括して北海道留寿都村にある加森観光㈱が運営する「ルスツ・リゾート」にすべてを寄贈することになり2023年11月までにすべての展示品を移動させました。

2022年3月に島田さんがロスの病床から「私の道具類を日本に里帰りさせて展示をしたい。坂本さんからルスツリゾートに島田晴夫コーナーを作ってくれるように交渉してもらいたい」とのお電話をいただきました。

加森観光会長の加森公人さんとの交渉が未決定の段階で島田さんが4月に亡くなられてしまいました。お亡くなりになる直前にも「展示のことはキーリーに託すので今後はキーリーと連絡を取って欲しい」とのお電話をいただきました。島田さんの存命中にルスツリゾートに「島田晴夫コーナー」を作るという報告が叶わなかったのが心残りであります。その後加森観光との交渉を続けておりましたが、2022年10月17日に東京の如水会館で開催された「島田晴夫師を偲ぶ会」に出席するために来日したキーリー夫人を19日にルスツリゾートにお連れして加森会長との面談を設定しました。話がまとまり島田晴夫さんの道具一式がルスツリゾートに収蔵されることになり、島田さんの遺言でもあるお約束をようやく現実できる運びとなりました。

2024年7月13日にはルスツリゾートにキーリー夫人を招いてマジック・ミュージアムがオープンしました。マジック界の大勢の方々とのご縁を島田さんが繋いでくださったのだと思い感謝しかありません。ありがとうございました。

(21)小澤洋一(クイーンマジッククラブ)

島田さんにあやかって私も新しい作品を作ろうとしています。

81歳になってなかなか難しいですが、頑張ります。

6月にはドラゴンイリュージョンの故郷(島根)を旅します。

(22)植木將一(横浜マジカルグループ特別会員)

古谷敏郎氏と島田晴夫師との関係を知りました。

「シマダ&ディアナ」を再確認。

貨物船でのオーストラリア行きを直後にリアルで聞いた世代です。 「まじっくすくーる38~40合併号」でエピソードを読んだ世代です。

日テレ25周年で、初めて「ドラゴン」を見て、興奮した知人に誘われ大勢で楽屋に押しかけた中に私も居ました。遠くから見ただけですが。

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