| 島田晴夫 タイムライン
1940年12月19日:島田晴夫誕生
1955年12月:東横デパート(現在の東急東横店)のテンヨーマジック売場でマジックを見て、マジックに興味を持った。
1956年夏:初めて買ったのが、サムチップ。
1957年:高校中退し、テンヨーの社員となる。池袋三越のマジック売場に立つ。
1958年:三越劇場で、両手四玉の演技でプロデビュー。
1958年:松旭斎天洋の地方興行を手伝い、ボールの手順を演じさせてもらった。
1958年:石田天海は1957年に帰国したが、天洋の奨めで、天海から指導を受けることになった。
1959年:「ヨーロッパの夜」のチャニング・ポロックを見て衝撃を受けた。鳩出しを生み出すことと、キャラクター作りを考え始めた。
1960年:引田天功とともに、昭和天皇の還暦祝賀会でパフォーマンスを披露した。
1961年:三越劇場でリサイタルを行い、鳩出しを披露した。このあとテンヨーを退社し、スタープロダクション所属マジシャンとなった。
1965年3月-5月:オーストラリアのショープロデューサーが、日本人ショーを企画して来日し、ナイトクラブでシマダのアクトを見て、ショーに出演することになった。このショーは、アデレード、メルボルン、シドニー、ブリスベーン、パースという5大都市で大々的に、3ヶ月半興行された。そのとき、ディアナと知り合った。
1965年6月-7月:濱谷堅蔵と加藤英夫が臨時にアシスタントを務める。この時期二人とともにベアハンド鳩出しを習得する。
1965年9月20日:2度目のオーストラリア訪問で、シドニーに到着したとき、ディアナが迎えた。彼女をアシスタントとして仕事を始めようとしたが、ツーリストビザだったので、できなかった。
1965年9月29日-10月19日:シドニー並びに当時オーストラリア最大のナイトクラブ、チェッカーズに出演。アメリカの女性シンガー、ケイ・スティーブンをサポート。
1965年10月:ディアナと結婚。オーストラリアでの仕事が始まる。 1965年10月21日:シドニー最大の Tonight Show with Don Laneに出演。
1965年10月26日-10月30日:ブリスベン・ランズ・オフィス・クラブに出演。その後、シドニーの各地のクラブに出演。
1965年11月22日-12月4日:アデレードのパプリカ・ナイトクラブに出演。
1965年12月30日-1966年1月3日:ブリスベン、Lennons Hotel に出演。
1966年1月24日-2月19日:メルボルン、シェブロンホテルに出演。
1966年2月28日-3月13日:アデレードのパプリカ・ナイトクラブに再び出演。
1967年12月:メキシコからきた歌手のショーに特別出演した。
1968年3月:メキシコに向かう。このときすでに娘のリサが誕生していた。ある歌手の紹介で、テアトロブランキータというメキシコでは一流の劇場の仕事を紹介してもらった。その後2年間、メキシコで過ごすことになる。メキシコ滞在中に、ロンドンを訪れ3ヶ月間仕事を探したが、雇ってもらえなかった。そのとき傘を3本買い、それが傘アクト創作のきっかけとなった。
1970年:ロンドンで仕事を探したが、鳩出しでは採用されず、3ヶ月後アメリカに移住。
1971年:「イッツマジック」ショーに傘アクトで出演。ポロックに認められ、マネージャーをやってもらうことになり、そして、マジックキャッスルでの仕事が始まった。
1971年12月:ジョニー・カーソンの ‘トゥナイトショー’ に出演。この時点ではワーキングビザは得られていない。
1972年5月31日:フィラデルフィアでの SAM アニバーサリーコンベンションに出演。 1972年:タネンの第10回 ‘マジシャンズ・ジュビリー’ に出演。
1972年6月3日:S.A.M.コンベンション出演。傘アクトを上演。
1972年7月:ハワイのP.C.A.M.コンベンションにゲスト出演。当大会には松旭斎天洋も出演。
1972年7月28日:ラスベガスのデューンズホテルで6ヶ月契約開始。ビザの関係で9月で終了。
1972年:A.M.A.のビジティング・マジシャン・オブ・ザ・イヤーに選出。
1972年9月:タネン・マジック・ジュビリーにゲスト出演。
1972年12月:”Genii” 1972年3月号(表紙)
1973年:FISMフランス・パリ大会のガラショーに出演。
1973年:マジックキャッスルの ‘マジシャン・オブ・ザ・イヤー’ 受賞。
1973年9月19日:ジョニー・カーソンの ‘トゥナイトショー’ に出演。この番組には計4回出演した。
1973年10月:ロンドンのマジックサークルのマジックショーに出演。
1973年秋:フランスのオリンピア劇場から誘われて仕事をした。その最中にアメリカのイミグレーションから、グリーンカードを取るインタビューを受けろと言われ、パリの仕事を1週間休んで、アメリカにもどった。インタビューはうまくいって、すぐパリに戻り、仕事を完了した。
1973年9月19日:’トゥナイトショー’ 出演。
1974年3月-8月:パリ、オランピア劇場出演。
1974年12月:スイスの高級ホテル、シェ・マキシムに出演。
1975年:日劇ミュージックホールに長期出演。
1975年10月:春からドラゴンイリュージョンを作成し、10月「イッツマジックショー」で初演した。
1975年10月20日:’トゥナイトショー’ 出演。
1975年12月:’天海賞’ 受賞。
1976年2月:ダグ・ヘニングのテレビのライブ番組に、ゲスト出演。傘アクトを演ずる。
1976年7月:FISM ウィーン大会のガラショーに出演。
1976年:マーヴ・グリフィンショーに出演。
1976年11月28日:ビル・ラーセン氏とともに、天海賞パーティに出席。
1977年6月:熱海ニューフジヤホテルに出演。
1978年8月18/19日:日本テレビ開局25周年記念「世界奇術大賞」にゲスト出演。
1979年4月:マジックキャッスル出演。
1979年5月:「イッツマジック」ショーに出演。マスクを使うアクトが加わった。
1979年夏:ホノルルのミラマーホテルの「オリエンタルファンタジー」というショーに出演。
1980年10月10日:「イッツマジック」に出演。10月26日まで。これでこのショーには6回目の出演。
1981年9月22日:ピアニストエンタテイナーとして大スターリベラッチェのショーのスペシャルゲストとして出演。10月12日まで。鳩のアクトと、傘とドラゴンのアクトを演じた。それが評判になり、多くの仕事のオファーがくるようになった。ジークフリード&ロイの代役をやったり、ヨーロッパの一流劇場にも何回も出演した。
1982年3月18日:第5回ラスベガス・デザート・マジック・セミナーに出演。
1982年9月14日:リビルトンホテルでの、リベラーチェショーのゲスト出演。10月4日まで。
1982年12月6日:レイクタホのハラーズクラブで ‘COULD IT BE MAGIC?’ ショー出演。26日まで。
1983年5月:マジックキャッスルでは初めて娘のリサをアシスタントとして出演。
1983年6月2日:’フォーセット・ロス・オーナラリー・マジックフェスト’ に出演。 1984年4月:マジックキャッスルで、鳩出しのレクチャー。
1984年5月:I.B.M.主催、ノーフォークでの ‘マジッククルーズ’ に出演。レクチャーも行った。
1984年5月:’花王名人劇場’ の ‘マジックオリンピック’ の審査員を務める。
1985年夏:チリのテレビ番組に出演。
1985年11月:ウィーンのシュタットル劇場で開催の「ピーター・ケルステン・ショー」に出演。
1985年:”Genii” 1985年11月号(表紙)、および3作品が解説された。
1986年1月10-12日:ドイツ、マジックハンズの’マジック会議 1986′ にゲスト出演。
1986年2月21日:ブラジルのサンパウロで開催の「スペシャルショー」に出演。
1987年4月〜8月:ドイツの各都市で “Zauber-Zauber” というマジック公演の一員として長期出演。他の出演メンバーは、Joseph Carol, Marvyn Roy, Tina Lenert, Omar Pasha, Milo and Rogers, Raul, Jackie Steel,Norm Nielsen。
1987年8月〜11月:アメリカ東海岸の年で、”Circus Royale”というショーのメインスターとして長期出演。このショーに出演中の10月に、イタリアのテレビ番組のため数日イタリアに行く。
1987年12月:イタリアのテレビに出演。
1987年12月:’サーカスロイヤル’ のショーが西部で始まる。
1988年:ラスベガスのリビエラホテルと、1年間の契約をかわし、その’スプラッシュ’ というショーが好評であったので、契約が5年間に延長された。
1988年6月29日:娘のリサが、ジェイムス・ディマーレと結婚。式場はチャニング・ポロックの家。
1989年:AMAパフォーマンスフェローシップ受賞。
1989年12月:リビエラホテルに近い場所に自宅を購入。
1990年11月:スペインのテレビ番組に出演。
1993年:’スプラッシュ’ の仕事が終了すると、シマダは日本に帰ることになり、アメリカに住み続けたいディアナと離婚することになる。
1996年:IMS から’Merlin Award’ 受賞。
1997年?:キーリーさんと結婚
1998年:アメリカに戻り、IBMコンベンションにおいて、傘とドラゴンを彼の新しい妻、キーリーとともに華々しく披露した。
1998年:’Houdini’ という映画に、ストリートマジシャンの役で出演。
1998年7月1-4日:ニューオーリンズでの ‘第70回I.B.M.コンベンション’ に出演。
2000年12月4-17日:ユニバーサルシティの ‘ウィザーズ’ に出演。
2000年12月19日:マジックキャッスルで島田師の誕生日祝い。島田師のバイオ映画が披露された。
2000年12月19-25日:マジックキャッスルに出演。
2001年7月4-7日:オーランドで開催された、第73回 IBM コンベンション出演。
2001年:飲酒することをやめた。
2001年11月2-4日:タネンのジュビリーにゲスト出演。このとき、’ルイ・アウォード’ を授賞。
2003年8月6日-:’アボット・マジック・ゲットトゥギャザー’ に出演。
2007年2月:”GENII”
に、ルナと島田師のアクトとの関係を記した記事が掲載された。
2007年:”Genii” 2007年6月号(表紙)、および詳細な履歴。
2007年11月:香港で開催された Asian Magic Association
コンベンション、ゲスト出演。
2018年10月29日:帯広のマジックミュージアム訪問。引退後に、使用した道具や衣装を寄贈すると約束した。
2022年4月30日:逝去。
2022年10月17日:日本奇術協会による「島田晴夫師を偲ぶ会」。 |