島田晴夫の神髄 第2回
加藤英夫
チャニング・ポロックから受け継いだもの
1959年に封切りされた、「ヨーロッパの夜」における、チャニング・ポロックの鳩出しが、島田師のアクトに直接的に影響したことは明らかです。シルクから鳩を出現させること、その現象と、現象から推測される手法の研究、そしてそれを元にして独自の手法を編み出したことは、マジシャンなら誰でも知っていることです。
しかしながらあなたはあの映画から、島田師が影響を受けた、鳩出しとは別のことに気づきましたか。それは、アシスタントのスタイルのことです。あの映画のポロックのアシスタントと、島田師のアシスタント、ディアナさんには共通点があります。
それは、マジシャンの斜め後方にいるアシスタントが、何もしていないとき、マジシャンを必ず見ていることです。そしてマジシャンの演技に対して、わすがにリアクションの表情を見せていることです。その感じが、ポロックと島田師のアシスタントにおいて、とても感じが似ていることです。あの映画では、アシスタントはすごく小さくしか映っていませんが、よく見るとわずかにリアクションの表情を見せていることがわかります。
考えて見れば、アシスタントがマジシャンの演技を見るのは当たり前です。マジシャンの方を見ずにただ前を向いて立っていて、必要なときにマジシャンに近づいたとしたら、まるでロボットがアシスタントをやっているみたいになってしまいます。けっこうそのようなアシスタントを使うマジシャンもいるので、マジシャンの動画を見るとき、そのへんに注目して見てみてください。ポロックや島田師のアシスタントの素晴らしさが感じられるはずです。
ディアナさんが素晴らしいアシスタントであったことについては、ダイ・バーノンが”Genii”,1972年4月号で、つぎのように称賛いたしました。
私は島田を鳩の偉大なアーティストだと思う。巧みな技巧に加え、彼は魅力に溢れ、舞台上でも舞台外でも誠実な人だ。そして、彼の素敵なアシスタント、ディアナの存在も見逃せない。彼女はまさに「完璧なアシスタント」だ。彼女は演技に多くのものを加えている。
チャニング・ポロックから受け継がなかったもの
鳩出しの手法を具体的に書くのは気が引けますが、これは鳩出しのための仕掛けの発明に関する情報ですから、曖昧な表現で説明しておきます。ポロックの使った鳩出しの仕掛けと、島田師の使った仕掛けには、かなり違いがあります。ポロックの鳩の出し方を見ると、鳩を出すのに、かなり大きな両手の指の動きが必要であるのがわかります。ところが、島田師の仕掛けは、一カ所を親指で引くと、全体が開くようになっています。どうしてそのようにできるかは、いくら何でも書くことはできません。私はアシスタントをやらせていただいたことがあるので、その仕掛けを知っているのです。これは、イアン・アデアの”Encyclopedia of Dove Magic”にも書かれておらず、島田師が考案したものです。
チャニング・ポロックから受け継ぎ、発展させたもの
ポロックは1羽の鳩を空中に投げて、1枚の白いシルクに変化させました。島田師はその手法を受け継いで、2羽の鳩を2枚の白いシルクに変化させるように発展させました。2羽に増やしただけだから、たいした改案ではないと思われるかもしれませんが、落ちてくる2枚のシルクを左右の手で受け止めて、両手を広げてバウを取る、そのようにアクトを締めくくることができることは、アクトの完成度を上げていると思います。
誰からも受け継がなかったこと
1970年に島田師がロンドンを訪れ、ヨーロッパでの仕事を探したとき、「ヨーロッパには鳩出しマジシャンはいくらでもいるから」とエージェントに言われ、仕事をもらえませんでした。「キミは日本人なのに、なぜ日本人らしい演技をしないのか」とも指摘されたそうです。
この苦い経験が、島田師が日本らしいマジックや、日本人らしいアクトを追求しなくてはならないと思い、和傘アクトを創作したり、そしてのちにサムライスタイルという、まさに日本人固有のパーソナリティを身にまとう動機になったのでした。したがって、島田師がこのときロンドンに行かなければ、サムライスタイルで完成された島田晴夫は生まれなかったかもしれません。では、サムライスタイルには、どんな要素があるでしょうか、
ステージマジシャンは、演技中に体の向きを変えたり、何歩か歩くことがありますが、島田師はあまり意味のない動きはされませんでした。向きを変えたり歩いたりするときも、メリハリのある動きをされていました。顔の表情もあまり変化させませんでした。笑顔はあまり見せず、基本的に精悍な顔つきを保もたれました。まさにサムライの表情です。
マジックカフェで、島田師の演技について話し合っていたとき、あるマジシャンが、「島田師は、プリグナントポーズを多用していた」と指摘しました。プリグナントというのは’妊娠’という意味ですから、何かが生まれる予兆を感じさせるための間の取り方のことです。この指摘を読んで私は、現象が起こったときにも、ほんの少し間を取ることがあったことに気づきました。そのような間の取り方は、現象をさり気なく強調するものですから、’フィニッシングポーズ’、日本語なら’決めの間’とでも呼ぶのが適切ではないかと思います。
以上のような様々な要素がサムライスタイルを構成していると思いますが、そのことを島田師が意図的にか、もしくは本能的にかはわかりませんが、演技に取り入れていることをはっきりとわかった事情があります。それは、私が島田師のアシスタントをやらせていただく機会があったということです。そのことについては、この連載の第4回で詳しくお話しいたします。



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