“Sphinx Legacy” 編纂記 第30回

加藤英夫

“Sphinx”編集者のA.M. Wilsonは、ときどき’Wilsonism’というタイトルで、彼のマジックに対する考え方を短い文章で語ります。それらの中には名言とも言える、現代でも通用するものが多々あります。2つの号から紹介いたします。私の補足文が多いですが、お許しください。

出典:”Sphinx”,1914年12月号 執筆者:A.M. Wilson

WILSONISMS

沈黙はときとして、饒舌よりも雄弁である。とくに顔の表情による表現の得意な人にとっては。

普通のマジシャンは演技中に、話すことによって状況を説明するが、しゃべるよりも無言で多くを語るマジシャンがいることを、私は知っている。

顔の表情が豊かな人は、その使い方を知っているなら、マジシャンにとって大きな資産である。

いままでマジックにおいて、演技力の大切さは語られてきましたが、顔の表情に的をしぼって書かれたものは読んだ記憶がありません。演技の範疇には、視線の使い方、体の動かし方、タイミングの取り方などもありますが、Wilsonが指摘するように、顔の表情はとくに重要なものです。

このことを学ぶには、映画やドラマを見るとき、役者の顔の表情に注目して見るとよいと思います。顔の表情の変化だけで、その人がいまどのようなことを考えているか、何をやろうとしているかがわかることがあります。

ほとんどのマジシャンは、”ここでどんな表情をしらよいだろうか”などと考えながら練習しないと思います。役者ほどの様々な表情をする必要はないかもしれませんが、いくつかの基本パターンは体得しておくのがよいと思います。とくに強いキャラクターを演じる場合以外の、標準的なマジシャンの表情について考えてみましょう。これのよい手本は、Fred Kapsではないでしょうか。基本は彼のように笑ってはいないが、にこやかな表情です。暗い表情であってはなりません。(暗いキャラクターを演ずる場合は別ですが)。

私はあるプロマジシャンの表情がとても気になっていました。彼はときどき意味もなくニッコリするのです。笑うのと笑顔を保つのとでは違います。表情を変えるというのは、何かのことに気持ちが動いた場合に起こすべきことです。それはとくに不思議な現象が発生した瞬間には、必ず表現すべきことです。

その表現の仕方には色々ありますが、ここで文章で説明するよりも、YouTubeで一流マジシャンを見るときに、顔の表情をよく観察してください。

表情の付け方を練習するときのひとつの方法は、心の中で動作をつぶやきながら動作をすることです。「ここに空っぽの箱があります」と心の中でつぶやきながら、箱の中を見せます。それから何かを出現させるとします。魔法をかけてから帽子からそれを取り出すとき、「ほら、こんな物が出てきましたよ」と心の中で言いながら、取り出したものを視線が追います。そしてほんの一瞬間を取って、取り出した物を強調し、そこで少し表情を変えます。

というような実例をもっと挙げるとよいと思いますが、当書の主旨としては、Wilsonが語っていることの重要性を伝えることですから、ここまでとしておきましょう。

出典:”Sphinx”, 1917年1月号 執筆者:A.M. Wilson

WILSONISMS

Magic is an art only when presented by an artist.

その通り。

Practices does not always make perfect, not even proficient.

初めは頭を使って練習し、慣れたら頭を使わずにできるようにするのが練習です。

Yet practice is essential to perfection if perfection is ever to be attained.

当たり前過ぎて、コメント不要。

The hand is not quicker than the eye, nor the eye slower than the hand.

目がいくら速いとしても、すべてが見えるわけではありません。視線と気持ちを向けていなければ見えません。

The originator is a rara avis and hard to find.

‘rara avis’とは’希な人’という意味です。

The adaptor is a genius and avoids both the claim of originality and the appearance of imitation.

‘adapter’とは改作者という意味です。むしろ’arranger’と言った方がピンとくるのでは?

To be satisfied is to stop progress.

”満足することは、進歩を止めることである”、今日いちばん名言です。これがあったから、今回の’Wilsonism’を取り上げたのです。

(つづく)