「奇術師のためのルールQ&A集」第1回

IP-Magic WG

Q:1組の普通のカードを用いたセルフワーキング奇術を考えました。

ハートのQを白雪姫、ハートのJを王子様、ジョーカーを魔法使い、7枚の数字カードを七人の小人に見立てた物語に従ってマジックが展開してゆきます。むずかしい技法は一切不要で、手順どおりに進めれば初心者でも簡単に演じることができます。セルフワーキングの原理の部分は、数学を利用した私のオリジナルで、これまでにない新しい原理だと思います。
この奇術を他人が無断で演じないようにするには、特許などを申請しておくべきでしょうか?

A:まず、セルフワーキング奇術の原理について特許を取得することはできません。

特許制度はもともと産業の育成を目的とした制度なので、半導体やコンピュータなどの動作原理についての新技術は特許の対象になり得ますが、セルフワーキング奇術、パズル、密室殺人の方法などは、それ自体について特許を取得することはできません。

もちろん、そのセルフワーキング奇術を演じるために必要な特別な道具(ギミック)については特許を取得することは可能ですが、ご質問のケースでは、1組の普通のカードを用いて演じることができるようなので、当然ながら、その普通のカードについて特許を取得することはできません。

ポールカーリーが考案した赤と黒(Out of This World)という奇術があります。カードを裏向きのまま、客の予想に従って赤と黒の山に分けてゆくと、客の予想がすべて正解するという有名な奇術です。この奇術の原理は極めて秀逸で、原案者のポールカーリーの偉業は大きな賞賛に価するものですが、その原理自体について特許を取得することはできません。

同様に、あなたが考えたセルフワーキング奇術の原理がいかに秀逸であったとしても、その原理自体について特許を取得することはできません。その原理を利用すること自体は、誰でも自由にできるのです。また、セルフワーキング奇術の原理自体については、著作権も発生しません。著作権は「創作的表現」を保護するためのものであり、奇術の原理は「表現」ではないからです。

ただ、この奇術は、白雪姫と七人の小人の物語に従って展開してゆくようなので、その部分について「創作的表現」が認められれば、著作権による保護を受けられる余地があります。白雪姫と七人の小人の物語は、もともとグリム童話に収録されていた民話のようです。したがって、この物語自体の著作権は切れており、誰でも自由に奇術のストーリーとして盛り込むことができます。

しかしながら、あなたが考案したセルフワーキング奇術の手順に、この物語を盛り込んだ「マジックと物語の融合作品」は、あなたのオリジナル作品ですから、少なくとも、あなた自身の演技を撮影した動画は著作権によって保護されます。それでは、あなたの演技を見た他人が、同じストーリー展開で同じセルフワーキング奇術の手順を演じた場合はどうでしょうか。著作権法上、保護対象となる著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」とされているので、あなたの演技がこの著作物の定義に当てはまれば、著作権の保護対象になります。

ここで、「著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したもの」という著作権法上の定義は、極めて曖昧です。概して、法律上の定義はきわめて曖昧なことが多く、その解釈は実際に起こった具体的な事例を踏まえて、判例などを蓄積して、徐々に明確にしてゆく運用を採らざるを得ない側面があります。したがって、この場で明確な回答を行うことは困難です。

ただ、物語の展開とカードのハンドリングとの組み合わせ部分については、著作物性が認められる可能性があると思います。たとえば、カードデックを左手にもち、1枚目のハートのQをめくって、「白雪姫です」と言いながらテーブルの中央に置き、続いて、2~8枚目のカードをめくって「七人の小人です」と言いながらハートのQの周囲を取り囲むように置き、最後に、「魔法使いです」と言って9枚目のジョーカーを使ってテーブル中央のハートのQを掬い上げて裏向きにした後、ジョーカーで裏向きのハートのQを3回たたき、更に、「七人の小人のカード」の上空でジョーカーを円を描くように回す、というような演技を行ったとすると、この部分の演技については著作物性が認められる可能性はありそうです。

カードに擬態化させた各登場人物を紹介する方法としては、いろいろな方法があると思いますが、上述のような固有の表現方法を採用したのは、「白雪姫」を引き立てるとか、テーブルマット上にカードを美しく配置するとか、「魔法使い」に邪悪さをもたせるとか、いろいろな考えに基づく結果であり、「思想又は感情の創作的表現」と言えるでしょう。したがって、他人が上述のような固有の表現方法までそっくり真似して演技を行ったとすれば、著作権侵害に問うことができるかもしれません。

ただ、著作権による保護は、あくまでも「創作的表現」の範疇に限定されるので、他人が同じ原理、同じストーリー展開のセルフワーキング奇術を演じたとしても、あなたとは別な表現方法を採用して演じる限り、著作権侵害の問題は生じません。

(回答者:志村浩 2020年11月10日)

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