「奇術師のためのルールQ&A集」第20回

IP-Magic WG

Q:ギミックコインを製造することは違法なのでしょうか? 紙幣を損傷する奇術を演じる場合はどうですか?

現在、米国の業者からハーフダラーやクォーターコインなどを加工したギミックコインを輸入して販売しています。これらの米国コインは日本人には馴染みがないので、日本の500円硬貨や100円硬貨を加工して、同様のギミックコインを製造しようと思っています。そこで、精密金属加工の業社に依頼したところ、「貨幣を加工するのは違法だから」という理由で断られてしまいました。日本では、ギミックコインを製造することは違法なのでしょうか? 紙幣を損傷する奇術を演じる場合はどうですか?

A:米国では、ハーフダラーやクォーターコインなどを加工して、シェルコイン、シガレットスルーコイン、マグネットコイン、フォールディングコインなど、様々なギミックコインが販売されています。

しかし、一般的な日本人には米国のコインは馴染みがないので、500円硬貨や100円硬貨といった日常のコインを使って、これらの奇術を演じたい、と考えているマジシャンは少なくないでしょう。

残念ながら、日本では、硬貨を加工することは、貨幣損傷等取締法という法律によって禁じられているので、500円硬貨や100円硬貨に加工を施してギミックコインを製造することは違法行為になります。貨幣損傷等取締法には「貨幣は、これを損傷し又は鋳つぶしてはならない。」と規定されています。「加工してはならない」とは書いてないのですが、金属を切削してギミックコインを作る加工を行えば、コインが本来の形態を失ったことになるので、損傷を受けることは明らかでしょう。したがって、ギミックコインを作る行為は、コインを「損傷する」ことに該当します。

また、切削加工だけでなくメッキ加工も、貨幣を損傷する行為になります。たとえば、金メッキ加工を行うための道具を使って500円硬貨の表面に金メッキを施せば、金ピカの500円硬貨が作れます。そうすれば、客から借りた500円硬貨を手の中で揉むと、金ピカの500円硬貨に変化する、というような奇術を演じることができます。しかしながら、500円硬貨にメッキ加工を施すことは、貨幣を損傷する違法行為になります。もっとも、コインに両面テープを貼り付ける行為や、コインをレモンの中に埋め込む行為などは、コインが傷つくわけではないので、「損傷する」ことにはならないと思われます。

同法には「貨幣は~」と記載されていますが、ここでいう「貨幣」とは「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」において、現在のところ、「五百円、百円、五十円、十円、五円及び一円の六種類の貨幣および記念貨幣」と定義されています。したがって、天皇陛下御在位六十年記念硬貨などの記念硬貨も「貨幣」とされ、ギミックコインの加工に用いることは違法です。同法には「鋳つぶしてはならない。」という規定もあるので、たとえば、高温の坩堝の中にコインを入れて溶かし、これを復活させるような奇術を行う場合、本当に貨幣を溶かしてしまう行為は違法です。同法によると「この規定に違反した者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金」となっているので、違法行為を行わないように注意が必要です。

一方、外国のコインは「貨幣」の定義に入っていないので、日本国内でハーフダラーやクォーターコインなどを加工してギミックコインを作ったり、金メッキを施して金ピカのコインを作ったりしても、貨幣損傷等取締法には違反しません。もちろん、民間業社が発行する記念コインも「貨幣」の定義には入っていないため、自由に加工できます。

貨幣損傷等取締法は、日本の法律なので、外国では効力はありません。コインの加工を法律で禁止するか否かは、個々の国の政策によって様々ですが、米国では、コインの加工は禁止されていません。したがって、米国では、ハーフダラーやクォーターコインなどを加工してギミックコインを作ることが合法なのは勿論のこと、500円硬貨や100円硬貨などの日本の貨幣を加工してギミックコインを作ることも合法です。

但し、米国で作ったギミックコインを日本に輸入する場合は注意が必要です。それは、関税法において「貨幣の偽造品、変造品及び模造品」を「輸入してはならない貨物」としているからです。多くのギミックコインは「偽造品」ではないですが、「変造品」に該当すると思われます。ここでいう「貨幣」は、やはり「五百円、百円、五十円、十円、五円及び一円の六種類の貨幣および記念貨幣」ですから、米国コインの変造品は、「輸入してはならない貨物」にはなっていません。したがって、ハーフダラーやクォーターコインのギミックコインを輸入することは違法ではありませんが、500円硬貨や100円硬貨などの日本の貨幣のギミックコインを輸入することは違法になります。

なお、マジシャンの中には、日本の貨幣のギミックコインをマジックショップから購入して所持している、という方もいるでしょう。上述したように、500円硬貨のシガレットスルーコインを国内で製造する行為や、海外から輸入する行為は、貨幣損傷等取締法や関税法に違反する違法行為になります。しかし、これを所持する行為や、これを使って演技を行う行為は、違法行為としては規定されていないので、所持していたり、演技を行ったりしても、それを理由に罰則を受けることはありません。ただ、製造や輸入という違法行為を行った者がどこかにいるわけですから、犯罪捜査として事情聴取を受ける可能性や、製造や輸入を行ったと疑われる可能性があるので、演技は避けた方が無難でしょう。

結局、米国では、どんなギミックコインでも合法なのに、日本では、日本の貨幣を用いたギミックコインは違法ということになります。米国がコインの加工に対して寛容な政策をとっている本当の理由はわかりませんが、米国における奇術界の地位が日本に比べて高い、ということも関係しているのかもしれません。日本のマジシャンの多くの方々は、「ギミックコインは、通貨を偽造するために加工しているわけではなく、娯楽の道具を作るために加工しているのだから許されるべきだ」という意見をお持ちのことでしょう。500円硬貨のシガレットスルーコインを作るための費用は、当然ながら500円以上かかりますから、通貨の偽造という観点では全くワリの合わない話です。しかし、このようなマジシャンの声は、政治の世界には届いていないのが実状です。

刑法には、通貨偽造の罪という章が設けられており、たとえば「行使の目的で、通用する貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、無期又は三年以上の懲役に処する。」といった条項や、「行使の目的で、日本国内に流通している外国の貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、二年以上の有期懲役に処する。」という条項があります。これらの条項には「行使の目的で」という前提条件が記載されています。「行使の目的で」というのは、「偽造や変造した通貨をお金として使う目的で」ということです。したがって「奇術用具を製造する目的で」行った行為は、これら刑法の条項には該当しない行為と解釈できます。

これまでも、日本の貨幣を使ってギミックコインを製造したマジックショップなどが摘発を受けた事件が数件起きていますが、いずれも上記刑法の通貨偽造の罪ではなく、前述した貨幣損傷等取締法違反あるいは関税法違反の容疑で起訴されています。やはり当局も、通貨偽造という重い刑法犯だという認識はしていないようですが、米国では普通に販売されている物が日本では違法とは、マジシャンとして、なんとも歯痒い思いです。

このようなマジシャン達の思いが、最高裁まで争われたケースもあります。被告人となったのは、日本の硬貨を台湾に送って加工を依頼し、加工後のギミックコインを日本に輸入しようとした3人のマジシャンです。貨幣損傷等取締法違反および関税法違反として起訴され、地裁で執行猶予付きの懲役刑が言い渡され、高裁への控訴を経て最高裁に上告されました。弁護側は「さりげなく取り出した日本のコインだから客は不思議に思う。外国のコインでは効果が半減。日本の硬貨のギミックコインを禁じることは、憲法上保証されている表現の自由の侵害だ」という主張を行いましたが、最高裁の5人の判事は、この主張を認めませんでした(平成21年12月9日)。

マジシャンに否定的な司法判断がなされたのを受け、行政庁に対しての働きかけも行われています。財務省に提出した「貨幣損傷等取締法の適用除外による手品用コインの制作認可」という要望書において、「手品用コインであることが認識出来るような一定の要件を満たしている場合には、貨幣損傷等取締法の適用をしない。」という運用を求めましたが、「手品だけ例外として認めると、その他の工芸品についても同様の要望がなされ、貨幣の損傷、鋳つぶしが一般的に是認され、大量に行われる可能性がある」等の理由により、要望は認められませんでした。

なお、紙幣は、上記定義における「貨幣」には含まれておりません。つまり、貨幣損傷等取締法では「紙幣を損傷してはならない」とは言っていないのです。現行法では、紙幣を損傷しても、何ら罰則は規定されていないので、違法か合法か?という観点では、合法ということになるでしょう。したがって、客の目の前で1万円札を実際に破ったり、燃やしたりして、これを復活させる奇術を演じても違法ではないことになります。ただ、国立印刷局のQ&Aには、「お札を折り紙として使ったり、落書きをしたりすると、何か問題になるのでしょうか?」という質問に対して、「法令上、直ちに違法な行為とは言い切れませんが、(中略)お札はみんなで使うものですから、大切に使ってください。」との回答が掲載されています。

(回答者:志村浩 2021年4月24日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
  • 注3:回答は、執筆時の現行法に基づくものであり、将来、法律の改正があった場合には、回答内容が適切ではなくなる可能性があります。

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