「奇術師のためのルールQ&A集」第27回

IP-Magic WG

Q:四つ玉に使う特殊ギミックを考えました。その構造は秘密にしておきたいのですが、特許などを申請しておいた方がよいですか?

スライハンドを得意とするプロマジシャンです。私の四つ玉の演技では、上着の裾に装着する特殊ギミックを使います。この特殊ギミックには、最大30個の玉を装填しておくことができ、手首につけた磁石と連動することにより、腕を下げるだけで、玉を1つずつ掌へローディングすることが可能になります。この特殊ギミックは、私が考案して自作したものであり、他人に真似されたくないのですが、その構造は秘密にしておきたいと思います。特許などを申請しておいた方がよいのでしょうか?

A:この特殊ギミックは、特許や実用新案の対象になるので、必要なら、特許出願や実用新案登録出願を行うのが好ましいと言えます。

ただ、「その構造は秘密にしておきたい」という点が問題です。特許出願や実用新案登録出願では、発明の内容を書類に記載する必要があります。しかも、出願書類に記載した内容は、一部の例外(軍事的に秘密にすべき特許など)を除いて、特許庁が発行する公報に掲載されます。残念ながら、奇術の特許は、秘密にすべき例外にはなっておりません。

具体的には、特許出願を行った場合は、出願から1年半経過した時点で、特許公開公報に内容が掲載され、実用新案の場合は、出願から数ヶ月した時点で、登録実用新案公報に内容が掲載されてしまいます。これらの公報は、誰でも特許庁のWebページからダウンロードして見ることができ、そこには、あなたが発明した特殊ギミックの構造や動作原理が図面付きで掲載されています。このように、あなたの特殊ギミックについて特許や実用新案の出願を行うと、その構造や動作原理が不特定多数の者に公開されてしまうわけです。

結局、ご質問の事例の場合、「他人に真似されたくない」という要望に応えるためには出願すべきだが、「構造は秘密にしておきたい」という要望に応えるためには出願は避けるべき、というジレンマに陥ってしまうことになります。これは、特許制度や実用新案制度が、発明の内容を公開する代償として、一定期間独占権を与える、という法体系をとっているため、やむを得ないことなのです。

実際、産業界でも、新たな発明が生まれた場合に、特許や実用新案の出願を行わずに、ノウハウとして秘匿する戦略を採るケースがあります。一般的な製品では、市場で販売することにより、その内容は知られてしまいます。購入者が製品パッケージを開封して製品を取り出せば、その構造や動作原理がわかります。このように、市場に流通する一般的な製品の場合、遅かれ早かれ内容が知られてしまうので、公報に掲載されることになっても特に支障はないわけです。売れ行きがよければ、これを真似した類似品も流通することになるでしょうから、この類似品を抑えるためにも、特許や実用新案を出願していた方が得策です。

これに対して、自社工場の内部だけで用いる装置の場合はどうでしょうか。通常、工場内は部外者以外は立入禁止なので、工場に設置する新たな装置を開発したとしても、社外の人間がその存在を知ることはありません。このような装置について特許などを出願すると、やがて公報が発行された時点で、ライバル企業に内容を知られてしまいます。

もちろん、特許を取得しておけば、法律上は、ライバル企業がこの装置を真似して使うことはできませんが、なにしろライバル企業の工場の中での出来事なので、こっそり真似して使っているのかどうかを確かめることはできません。そうなると、出願によって、わざわざライバル企業に内容を教えてやっただけで、実質的に特許は役に立たないことになります。このようなケースでは、特許や実用新案の出願を行わずに、ノウハウとして秘匿しておいた方がよかったことになります。

ご質問の特殊ギミックについても同様のことが言えます。このギミックは、「上着の裾に装着する」とのことですが、当然ながら、観客からは見えないように、上着の内側部分に装着することになるわけですね。そして、手首につけた磁石と連動して、玉を掌へローディングできる仕組みが備わっているようですが、おそらく、手首につける磁石は袖口で隠れるようになっており、観客には見えないような配慮が施されていますよね。そうだとすると、この特殊ギミックの構造や動作原理は、観客には全く知られないことになります。したがって、事情は、上述した自社工場の内部だけで用いる装置の場合に似てますね。

つまり、特許などを出願しなければ、特殊ギミックの構造や動作原理は秘密の状態に保たれ、タネの秘密が外部に漏れることはないわけです。逆に言えば、もし特許などを出願すると、やがて公報が発行された時点で、タネの秘密が公開されてしまうわけです。もちろん、出願して権利が成立すれば、ライバルがこの特殊ギミックを勝手に使うことを禁止できるわけですが、その立証は非常に困難です。ライバルの演技を見て、「どうもこの特殊ギミックを使っていそうだ!」と思ったとしても、ライバルの演技中にステージに登って無理やり上着を脱がせるようなことは犯罪になりますから、ライバルが権利侵害を行っていたとしても、その確証を得ることはできません。

そうなると、せっかく出願して権利が得られても、実用上は役に立たない権利になってしまいます。しかも、公報の発行によりギミックの構造や動作原理まで公開されてしまうことになるので、正に踏んだり蹴ったりですね。このような観点では、この特殊ギミックについては、特許や実用新案の出願を行わずに、ノウハウとして秘匿しておいた方がよいと言えます。もちろん、タネの秘密は自分自身で厳重に守る必要があるので、道具の管理には十分に気をつけてください。

ただ、場合によっては、特許や実用新案を出願しておいた方がよいケースもあります。たとえば、この特殊ギミックを商品として販売する予定がある場合は、出願をしておいた方がよいでしょう。将来、あなた自身により、あるいは、どこかのマジックショップに依頼して、この特殊ギミックを量産して販売する計画があるのなら、出願を行って権利を取得しておいた方がよいでしょう。このギミックの構造や動作原理は、販売することによって知られてしまうわけですから、公報が公開されても特にデメリットはありません。

また、他人による類似品販売を防ぐには、特許や実用新案が有効です。もしライバルが類似品を売り始めた場合、ライバルの類似品を1個購入してきて調べてみれば、その構造や動作原理は容易に把握できるので、その類似品があなたの権利を侵害しているか否かを容易に確認できます。権利を侵害する違法な製品であることが判明すれば、ライバルに警告状を送付して、侵害行為を中止するよう求めたり、損害賠償を求めたりすることができます。

特許や実用新案を出願しておいた方がよいと思われるもう1つのケースは、ライバルのマジシャンや奇術用具メーカーによって、この特殊ギミックの構造や動作原理が容易に類推されてしまう可能性がある場合です。上述したとおり、一般の観客であれば、あなたの四つ玉の演技を見ても、特殊ギミックの存在に気づくことはないでしょう。しかし奇術専門家であれば、あなたの演技中の腕の動きなどを解析することにより、手首の磁石と連動して玉をローディングできる仕組みを類推できるかもしれません。もしそうだとすると、ライバルのマジシャンが、類推した仕掛けを用いた類似品を使って演技を行ったり、奇術用具メーカーが類似品を製作して販売したりするかもしれません。

あなたが、出願を行わずにノウハウとして秘匿する道を選択した場合、このような類似品の使用や販売を阻止することはできません。しかも、この場合、次のような最悪の事態も起こり得ます。それは、ライバルのマジシャンや奇術用具メーカーが、この類似品について、あなたに代わって特許や実用新案を取得してしまうことです。

このような行為は、あなたのアイデアを盗んで出願する違法行為と思われるかもしれませんが、ライバルの行為には違法性はありません。なぜなら、ライバルは、あなたの演技を見て、頭を働かせてこのギミックの仕組みを類推(発明)したわけですから、「ライバルのギミック」が「あなたのギミック」に似ていたとしても、「ライバルのギミック」は「ライバルの発明品」です。ライバルはあなたの道具を見たわけではないので、あなたの発明を盗んだことにはなりません。

「ライバルのギミック」が「あなたのギミック」に類似していた場合でも、それぞれが独自に発明を行い、たまたま両発明が類似した発明であったものとして取り扱われます。しかも、特許や実用新案は先願主義を採用しているため、類似した発明の出願が競合した場合、「先に発明した者」ではなく、「先に出願した者」に権利が与えられてしまいます。この場合、特殊ギミックの真の権利者は、先に発明した「あなた」ではなく、先に出願した「ライバル」ということになってしまいます。

この最悪の事態が起こった場合、あなたの演技には重大な支障が生じます。なにしろ、真の権利者はあなたではなくライバルなので、基本的に、第三者がこの特殊ギミックを製造したり、販売したり、使用したりするには、ライバル(真の権利者)の許可が必要になります。もっとも、あなたには、ライバルが取得した権利に関して「先使用権」という特別な権利が認められます。これは、あなたが、ライバルの出願前から、この特殊ギミックを使って演技を行っていたという個別の事情を考慮し、特別に、そのまま使い続けることを認めようという権利です。

この「先使用権」が認められれば、ライバルに許可を求めることなく、今までどおり、特殊ギミックを使った演技を行うことが可能です。ただ、現実問題として、「先使用権」の存在を立証することは困難です。立証すべき事項は、「ライバルの出願前から、この特殊ギミックを使って演技を行っていた」という事実なのですが、何しろ、あなたは、出願を行わずにノウハウとして秘匿する道を選択しているため、この特殊ギミックの存在は秘密にされており、「この特殊ギミックを使って演技を行っていた」という事実を知るのはあなただけなのです。したがって、予め何らかの証拠を用意しておかないと(たとえば、公証人に依頼して公正証書を作成しておく)、あなたの証言だけで「先使用権」を認めてもらうことは困難でしょう。

いろいろなケースについてお話しましたが、要するに、「他人に真似されたくない」という要望に応えるためには出願すべきだが、「構造は秘密にしておきたい」という要望に応えるためには出願は避けるべき、というジレンマがある点を理解する必要があります。その上で、あなたの演技を解析しても、特殊ギミックの構造や動作原理の秘密を類推することができないであろう、と考えられる場合は、出願を行わずにノウハウとして秘匿する道を選択するのが好ましいと言えます。

逆に、あなたの演技を解析すれば、特殊ギミックの構造や動作原理の秘密が類推されてしまうだろう、と考えられる場合は、特許や実用新案の出願を行っておくのが好ましいと言えます。また、将来、この特殊ギミックの販売を計画している場合も、特許や実用新案の出願を行っておくのが好ましいと言えます。

(回答者:志村浩 2021年6月19日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
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