「奇術師のためのルールQ&A集」第29回

IP-Magic WG

Q:M社が特許を保有するライジングカードを改良した改良版を販売予定ですが、M社の特許について問題はありますか? また、改良版ライジングカードについて特許は取れますか?

マジックショップのM社が開発したライジングカードは、無線リモコンを操作すると、グラスの中に入れたデックから1枚のカードがせり上がってくる現象を実現する道具です。グラスの底に電池が内蔵されており、グラスの飲み口の部分に埋め込まれた電磁石を起動して、鉄片が埋め込まれたカードを上方へ動かす画期的なアイデアを採用しており、特許を取得しているそうです。

このM社の道具では1枚のカードしか出現させられませんが、これを改良して、3枚のカードを1枚ずつ順番にせり上がらせる改良版ライジングカードの試作に成功しました。その原理は、1枚目のカードには3枚の鉄片、2枚目のカードには2枚の鉄片、3枚目のカードには1枚の鉄片をそれぞれ埋め込んでおき、電磁石に流す電流量を増やすことにより、1枚目、2枚目、3枚目のカードを順に動かすというものです。

この改良版ライジングカードを量産して、ネット通販を利用して販売する予定です。私が考案した改良版は3枚のカードを順番に出現できるので、1枚のカードしか出現できないM社の特許には抵触しないと思いますが、特許上の問題はありますか? また、この改良版ライジングカードについて特許は取れますか?

A:M社の特許を詳細に検討してみないと正確な回答はできませんが、おそらくM社の特許は、仕掛けのあるグラスと、鉄片カードを含むデックと、無線リモコンと、を構成要素とする特許と拝察されます。

仕掛けのあるグラスの底には電池が埋め込まれており、飲み口の部分には電磁石が埋め込まれており、無線リモコンのボタンを押すと、電池から電磁石のコイルに電流が流れ、飲み口付近に磁界が発生する仕組みになっているのでしょう。鉄片カードの中央部分には鉄片が埋め込まれており、飲み口付近に磁界が発生すると、この鉄片が飲み口付近に引き寄せられ、鉄片カードが1枚だけせり上がってくるわけですね。

これに対して、あなたが考案した改良版ライジングカードの場合、やはり、仕掛けのあるグラスと、鉄片カードを含むデックと、無線リモコンと、が構成要素になっているものと思います。ただ、無線リモコンによって、電磁石に流す電流量を可変にできるわけですよね。

たとえば、無線リモコンのボタンを1回押すと、電磁石に小電流が流れて小磁界が発生し、3枚の鉄片が埋め込まれたカードがせり上がり、もう1回押すと、電磁石に中電流が流れて中磁界が発生し、2枚の鉄片が埋め込まれたカードもせり上がり、更にもう1回押すと、電磁石に大電流が流れて大磁界が発生し、1枚の鉄片が埋め込まれたカードもせり上がる、といった原理であるものと拝察いたします。

たしかに、M社の発明では1枚のカードしか出現させられないのに対して、あなたの発明では3枚のカードを順に出現させられるので、M社の発明とあなたの発明は異なる発明と言うことができます。しかしながら、特許法上、あなたが考えた改良版ライジングカードの発明は、M社の特許を「基本発明」とする「利用発明」に相当し、両発明は特別な関係をもつ発明になります。

すなわち、M社の「基本発明」は、あなたの発明とは無関係に単独で実施することができるのに対して、あなたの「利用発明」は、M社の「基本発明」を利用しないかぎり実施できないことになります。要するに、あなたの発明を実施すると、必ずM社の「基本発明」も実施してしまうことになるのです。

このような関係になることは、M社の特許の構成を考えてみればわかります。上述したとおり、M社の特許は、仕掛けのあるグラスと、鉄片カードを含むデックと、無線リモコンと、を構成要素としており、グラスの底には電池が埋め込まれており、飲み口の部分には電磁石が埋め込まれている点に特徴がありました。

そうすると、あなたの発明もM社の特許の特徴を備えていることになります。あなたの発明でも、グラスの底には電池が埋め込まれており、飲み口の部分には電磁石が埋め込まれていますよね。そして、あなたの発明でも、鉄片カードを含むデックと無線リモコンとが構成要素になっていますよね。つまり、あなたの発明も、M社の特許と同様に、グラスの飲み口付近に発生させた磁界によって、鉄片カードを引きつけるという原理を使っているわけです。

M社の特許は、正に、この原理についての特許ですから、あなたの発明は、必ず、M社の特許を利用することになるのです。したがって、あなたがM社に無断で、改良版ライジングカードを製造したり、販売したりする行為は、M社の特許権を侵害する違法行為ということになってしまいます。

あなたの気持ちとしては、鉄片の数を変えた複数枚のカードを用意し、電磁石に供給する電流量を変えることにより、複数枚のカードを1枚ずつせり上がらせる、という仕組みをあなた自身が考えたのだから、改良版ライジングカードの製造販売は、自由にできるはずだ、と考えるかもしれません。しかし、もとになる原理はM社の発案であり、その原理を利用する以上、M社の許可なしに改良版ライジングカードを製造販売することはできないのです。

なお、この改良版ライジングカードについて特許出願を行い、特許を取得することは可能です。既にM社が基本特許を取っているわけですが、改良版ライジングカードは、この基本特許にはない新たな特徴、すなわち「鉄片の数を変えた複数枚のカードを用意し、電磁石に供給する電流量を変えることにより、カードを1枚ずつせり上がらせる」という特徴を有しているので、この新たな特徴について特許を取得することができます。もちろん、この特許を「取得」するにあたっては、M社の許可を得る必要はありません(上述のとおり、この特許を「実施」するにあたっては、M社の許可が必要です)。

あなたが、この改良版ライジングカードについて特許を取得した場合、M社の特許とあなたの特許は、それぞれ別な特許になります。ただ、上述したとおり、M社特許は「基本発明」、あなたの特許は「利用発明」という関係になるので、M社は自分の特許(1枚のカードだけがせり上がるもの)を自由に実施できるが、あなたが自分の特許(3枚のカードがせり上がるもの)を実施するためには、M社の許可が必要になります。

もっとも、M社の立場からすると、M社は自分の特許(1枚のカードだけがせり上がるもの)を自由に実施できるものの、あなたの特許(3枚のカードがせり上がるもの)を実施するためには、あなたの許可が必要になります。ちょっとややこしいですが、整理すると、次のようになります。

<M社の場合>
自分の特許(1枚のカードだけがせり上がるもの)は、自由に実施可能。
あなたの特許(3枚のカードがせり上がるもの)は、あなたの許可がないと実施できない。
<あなたの場合>
M社の特許(1枚のカードだけがせり上がるもの)は、M社の許可がないと実施できない。
自分の特許(3枚のカードがせり上がるもの)も、M社の許可がないと実施できない。

ただ、製品としては、あなたが考案した改良版ライジングカード(3枚のカードがせり上がるもの)の方が、M社のオリジナル版ライジングカード(1枚のカードだけがせり上がるもの)よりも優れていると言えるでしょう。したがって、M社としては、あなたが考案した改良版ライジングカードの製造販売も行いたいと考えることでしょう。このような場合、一般産業界では、お互いに自分の特許を相手に使わせる契約(クロスライセンス契約と言います)を結ぶことがよく行われます。

あなたとM社との間でクロスライセンス契約を結ぶと、あなたはM社から、M社特許の実施許諾を受け、M社はあなたから、あなたの特許の実施許諾を受けることになります。両者が実施できる内容を整理すると、次のようになります。

<M社の場合>
自分の特許(1枚のカードだけがせり上がるもの)は、自由に実施可能。
あなたの特許(3枚のカードがせり上がるもの)も、許諾を受けているので実施可能。
<あなたの場合>
M社の特許(1枚のカードだけがせり上がるもの)は、許諾を受けているので実施可能。
自分の特許(3枚のカードがせり上がるもの)も、許諾を受けているので実施可能。

このように、クロスライセンス契約を締結すれば、それぞれが製品の種類を増やすことができ、ビジネスチャンスが増えることになります。なお、M社が、M社特許の実施をどうしても許可してくれない場合は、特許庁長官に対して裁定を請求することにより、強制的に実施を許可させる強制実施権制度を利用することができます。

(回答者:志村浩 2021年7月3日)

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