「奇術師のためのルールQ&A集」第33回

IP-Magic WG

Q:我々が実施する「スライハンド検定試験」の合格者だけが「スライハンド修道士」という資格を名乗れるようにすることはできますか?

スライハンドマジックを得意とするマジシャンの仲間を集めて、「スライハンド修道協会」という社会人サークルを立ち上げ、スライハンドの技を切磋琢磨することを目的として活動しています。何名かのプロマジシャンもメンバーになっており、メンバー全体の技術レベルはかなり高いものと自負しています。

このサークルの新企画として、多くの一般参加者を募って「スライハンド検定試験」なるものを年2回ほど実施する予定です。受験を希望する者には、2000円の受験料を支払って実技試験を受けてもらいます。試験科目は、カード、コイン、四つ玉の3種目で、受験者には、各種目とも3分間という制限時間内で任意の演技を行ってもらいます。我々メンバーが審査員となり、優れた技をもっていると認定された合格者には「スライハンド修道士」という資格を与えようと思っています。

この「スライハンド修道士」という資格が世の中に広まれば、有資格者は、一定の技術レベルをもったマジシャンとして評価されるようになるので、奇術活動がしやすくなると思います。また、この資格を取るために日夜練習に励む者が増え、スライハンド技術の向上にも貢献できます。ただ、そうなると、試験を受けずに、勝手に「スライハンド修道士」を名乗るニセモノが少なからず現れてくることが懸念されます。我々が実施した「スライハンド検定試験」に合格した者にだけ、この資格を名乗れるようにするために、何か対策はあるでしょうか?

A:世の中には様々な資格がありますが、奇術に関する資格というのは初耳です。

奇術を「演芸」や「芸能」と考えると、果たして「演芸」や「芸能」に資格が必要なのか?という疑問が生じないこともないですが、スライハンドマジックに関しては、「技術」が必要になるのは確かですから、その「技術」のレベルが一定水準を満たしている者に、何らかの資格を与える、という考えは間違っていないと思います。

そもそも「資格」は、「自分は一定水準以上の技術や能力を有しています」ということを顧客にアピールし、安心して仕事を依頼してもらうためのものですから、「スライハンド修道士」という奇術に関する資格があってもおかしくありません。この資格が世の中に広く認識されるようになれば、マジシャンに奇術を依頼する場合に、「スライハンド修道士」なら安心して仕事を任せられる、という声が聞かれるようになるでしょう。

ただ、問題は、この資格がいわゆる「民間資格」にすぎない点です。弁護士、税理士、建築士などの国家資格は、法律に基づいて定められたものであるため、国家試験に合格するなど、法律上の所定条件を満たさないと資格を得ることができず、無資格者がこれらの資格を名乗ることは違法行為であり、罰金刑に処せられます。

これに対して、「スライハンド修道士」という資格は、ご質問者のサークルが勝手に考え出した民間資格であり、法的な根拠が全くありません。そのため、ご懸念されているとおり、現状では、誰でも自由に「スライハンド修道士」を名乗ることができます。また、誰でも自由に「スライハンド検定試験」なる試験を実施して、合格者に「スライハンド修道士」という資格を与えることもできるのです。

このような事態を防ぐためには、「スライハンド修道士」という資格に何らかの法的根拠を与える必要があります。最も直接的な方法は、「スライハンド修道士法」という法律を制定し、「スライハンド修道協会」に「スライハンド修道士」という資格を与える権原をもたせる方法ですが、これは極めて非現実的な方法です。日本中のマジシャンが束になって、この「スライハンド修道士法」という法律制定を働きかけたとしても、国会に法案を提出することは極めて困難でしょう。

したがって、現実的な方法としては、商標制度を利用する方法しかないと思います。具体的には、「スライハンド修道士」という資格名を商標として出願し、商標権を取得するのです。商標制度を利用したかなり裏技的な方法になりますが、この方法によれば、「スライハンド修道士」という肩書を独占することについて、商標権という法的根拠が与えられることになります。商標権の存続期間は、登録日から10年ですが、10年ごとに更新手続を行えば権利は何回でも更新されるので、半永久的に商標権を維持することができます。

実は、「民間資格を商標権によって保護しよう」と考えた人は過去にも存在し、既にいくつもの商標権が成立しています。もっとも、資格を商標権によって保護するためには、その資格の使用対象となる何らかの業務(商標法上は役務と呼ばれます)を指定する必要があります。参考のため、以下に、商標登録が行われた民間資格と、その使用対象として指定された業務(指定役務)をいくつか列挙しておきます(ここでは、指定役務については、実際に登録されたものの中の代表的なものだけを記載します)。

【温泉ソムリエ】
指定役務は「温泉施設利用者への入浴方法並びに温泉利用法の指導,その他の温泉に関する知識の教授」となっています。おそらく、温泉街において、宿泊客に温泉の入り方や温泉の効能などを説明する仕事をする人のための資格と思われます。この商標の権利者の許可を得た者(たとえば、所定の研修を受けた旅館の従業員)だけが「温泉ソムリエ」という肩書を使って業務を行うことができることになります。

【観光介助士】
指定役務は「主催旅行の実施,旅行者の案内,資格の認定,資格の検定」となっていますので、いわゆる観光ガイドさんに与える資格のようです。この商標の権利者の許可を得たガイドさんだけが、「観光介助士」という肩書を使って業務を行うことができることになります。指定役務には、資格の認定や資格の検定という業務も含まれているので、「観光介助士検定試験」というような試験を実施する行為も当該商標を使用する行為になり、権利者以外は、このような名称の試験を行うことができません。

【印紙税管理士】
指定役務は「経営の診断または経営に関する助言,税務に関する知識の教授,税務に関するセミナーの開催,税務に関する能力検定試験の開催」となっていますので、経営や税務に関して、助言したり、相談に乗ったり、セミナーを開いたりするコンサルタントに与える資格のようです(当然、税理士法には抵触しない範囲内でのコンサルタント業務ということになります)。この商標の権利者の許可を得たコンサルタントだけが、「印紙税管理士」という肩書を使って業務を行うことができることになります。指定役務には、税務に関する能力検定試験の開催という業務も含まれているので、「印紙税管理士検定試験」というような試験を実施する行為も当該商標を使用する行為になり、権利者以外は、このような名称の試験を行うことができません。

【インテリアコーディネーター】
指定役務は「インテリア計画に係わる消費者相談業務に関する知識及び技能の教授」となっています。「インテリアコーディネーター」という肩書は、よく耳にしますが、商標権が取られていたわけです。顧客へのインテリアに関する相談業務について助言を行ったりするコンサルタントに与える資格のようです。この商標の権利者の許可を得たコンサルタントだけが、「インテリアコーディネーター」という肩書を使って助言業務を行うことができることになります。

これらの登録例を参考にすれば、「スライハンド修道士」という資格についても、商標出願することにより商標権が取れることがわかります。具体的には、指定役務として、たとえば「奇術の上演,奇術に関する知識又は技能の教授,奇術に関するセミナーの開催,奇術に関する能力検定試験の開催,資格の認定及び資格の付与」といった業務を入れて商標出願を行えばよいでしょう。

なお、出願人の名義は、個人か法人にする必要があるので、「スライハンド修道協会」というサークルの名義で出願を行うことはできません。したがって、実際には、サークルの代表者の個人名義で出願を行うか、あるいは、「株式会社スライハンド修道協会」もしくは「一般社団法人スライハンド修道協会」のような法人登記を行ってから、当該法人名義で出願を行う必要があります。

上例の指定役務には「奇術の上演」という業務が含まれているので、「スライハンド修道士」という肩書を使って奇術を演じるためには、「スライハンド修道協会」が開催する「スライハンド検定試験」に合格して、協会から正式に「スライハンド修道士」という資格を認定してもらう必要があります。

上例の指定役務には、更に「奇術に関する知識又は技能の教授」や「奇術に関するセミナーの開催」という業務も含まれているので、「スライハンド修道士」という肩書を使って奇術教室を運営したり、レクチャーを開いたり、YouTubeで奇術の解説動画を流す場合も同様に、協会から正式に「スライハンド修道士」という資格を認定してもらう必要があります。

また、上例の指定役務には「奇術に関する能力検定試験の開催」や「資格の認定及び資格の付与」という業務も含まれているので、「スライハンド修道士検定試験」というような試験を開催する行為や、「スライハンド修道士」という資格を認定して付与する行為は、権利者である「スライハンド修道協会」もしくはその許可を得た者しかできないことになります。

法律上は、「スライハンド検定試験」の合格者に対して、「スライハンド修道士」という資格を与えるということは、当該合格者に商標権を与えるわけではなく、商標権に基づく「通常使用権」を許諾する、ということになります。おそらく、合格者には「スライハンド検定試験合格証」のようなものを付与することになると思いますが、この合格証の付与により、合格者は「スライハンド修道士」という商標についての「通常使用権」を得ることになります。

この「通常使用権」の許諾にあたっては、商標使用の範囲を定めることができるので、実用上は、上例の指定役務のうち「奇術の上演,奇術に関する知識又は技能の教授,奇術に関するセミナーの開催」あたりまでを使用範囲とすることを明記しておいた方がよいでしょう。合格者に対しては、「スライハンド修道士」という肩書を使って、奇術を演じたり、奇術を教えたりすることができる旨を説明すればよいかと思います。合格者に許諾する使用範囲に、「奇術に関する能力検定試験の開催,資格の認定及び資格の付与」まで含めてしまうと、その合格者自身が検定試験を開催することまで許してしまうことになります。

必要があれば、「一級スライハンド修道士」や「二級スライハンド修道士」といったランク付けのある資格を商標登録することも可能です。そうすれば、難易度の高い「スライハンド一級検定試験」と難易度の低い「スライハンド二級検定試験」を開催し、それぞれの合格者に対して「一級スライハンド修道士」もしくは「二級スライハンド修道士」という資格を付与することができます。

もちろん、検定試験ではなく、特定の研修を受けた者に資格を与えるような運用も可能です。上述したとおり、第三者への資格の付与行為は、商標法上は「通常使用権」の許諾行為ということになるので、どのような条件で資格を付与してもかまいません。極端な話をすれば、美人なら無試験で資格を与えたり、技術が未熟でも100万円払えば資格を与えたりすることも可能です。ただ、そのようなことをすれば、資格の権威が失墜することは避けられないでしょう。

なお、商標出願は早い者勝ちなので、できるだけ早く出願を行うことをお勧めします。万一、ライバルが先に出願をしてしまうと、商標権はそのライバルに与えられてしまいます。そうなると、「スライハンド修道士」という資格の正当な権利者は、そのライバルになるので、資格を付与できる権原はあなたではなくライバルの手におちてしまいます。

特許権、実用新案権、意匠権については「創作」という概念があり、他人が考えたアイデアやデザイン(他人の創作)を盗んで出願する行為は、冒認出願という違法行為になります。ところが、商標権については「創作」という概念が全くないので、他人が考えた商標を勝手に出願しても冒認出願にはなりません。

商標は、創作物ではなく選択物だ、という基本的な考え方があるので、「スライハンド修道士」という商標はあなたの創作物としては扱われず、文字の組み合わせからなる多数の商標の中から選択された1つの選択物として扱われます。したがって、「スライハンド修道士」という資格名を考えたのがあなただったとしても、それを見たライバルが「スライハンド修道士」という商標出願を行っても冒認出願にはならず、あなたより先にライバルが出願を行った場合、そのライバルに正当な商標権が付与されてしまうのです。

(回答者:志村浩 2021年7月31日)

※2021年8月1日追記

<閲覧者からの質問>
本Q&Aに関連した具体例として、実際に、日本奇術協会が「師範」のような資格を認定していたり、日本マジックファンデーション という団体が「公認マジシャン」という資格を公認していたりする実例があるようです。このような実際の資格の保護についても、本Q&Aと同様ですか?

<回答者からの回答>

ご指摘いただいた具体的事例によると、実際の肩書きの使い方としては、
「日本奇術協会 認定師範」
「日本マジックファンデーション 公認マジシャン」
のように、<団体名>+<認定の事実> という形式になるものと拝察致します。
このような肩書きも、基本的には、Q&Aの回答で説明した通り、「民間資格であり、法的な根拠が全くない」という理由により、商標登録をしていない場合は、知的財産権としての直接的な保護を受けることはできないと思います。

ただ、これらの肩書きが、<団体名>+<認定の事実> という形式であるため、もし、認定を受けていない者が勝手に、「日本奇術協会 認定師範」や「日本マジックファンデーション 公認マジシャン」のような肩書きを自称してプロマジシャンとして営業活動を行い、マジックの依頼を受けて報酬を得たとすると、詐欺罪に問われる可能性があると思います。詐欺罪は「人を欺いて金品等を得る行為」について適用されます。日本奇術協会や日本マジックファンデーションという団体から、実際には認定や公認を受けていない者が、あたかも認定や公認を受けているかのように振る舞ってマジックの依頼を受けた場合は、「人を欺く行為」になり、その結果として、マジックの演技料を貰ったとすると、「人を欺いて金品等を得る行為」を行ったとされる可能性があるからです。このような観点では、ご指摘の肩書きは、刑法により不正利用からの保護が行われていることになります。

もっとも、同一の名称を名乗る団体が複数存在する場合には、若干、問題が生じます。例えば、団体Aが「日本マジックファンデーション」という名称を名乗って活動を行っており、団体Bも同じ「日本マジックファンデーション」という名称を名乗って活動を行っている場合です。この場合、団体A,Bのどちらが本家本元か、一般的には判断できません。団体Aから公認されたaさんが「日本マジックファンデーション 公認マジシャン」という肩書きを使って営業活動を行うことも、団体Bから公認されたbさんが「日本マジックファンデーション 公認マジシャン」という肩書きを使って営業活動を行うことも、いずれも虚偽の活動ではないので、意図的にマジックの依頼者を騙すつもりでなければ、いずれも合法的な営業活動ということになります。

団体Aは、例えば「一般社団法人 日本マジックファンデーション」のような法人登記を行うことも可能ですが、団体Bも、同様に「一般社団法人 日本マジックファンデーション」のような法人登記を行うことができます。それぞれ異なった住所で法人登記の申請を行えば、誤認を誘引する不正目的による登記と判断されない限り、同じ名称の法人が重複登記されることになります。従って、法人登記を行っていることを理由として、一方の団体が本家本元だ!という主張を行うことはできません。

結局、もっとも確実な保護策としては、Q&Aで説明した通り、「日本奇術協会 認定師範」や「日本マジックファンデーション 公認マジシャン」といった言葉を商標登録することかと思います。商標では、重複登録が禁止されているので、同一もしくは類似の商標権を複数の団体がそれぞれ取得することはあり得ません。

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
  • 注3:回答は、執筆時の現行法に基づくものであり、将来、法律の改正があった場合には、回答内容が適切ではなくなる可能性があります。

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