「奇術師のためのルールQ&A集」第36回

IP-Magic WG

Q:学生の頃に通った「幻魔堂」というマジックショップの店主が亡くなり閉店となりました。私が勝手に「幻魔堂」という店を復活させて、「幻魔堂」という商標を使ってもかまいませんか?

高校生の頃、学校の近くに「幻魔堂」という小さなマジックショップがあり、下校途中によく立ち寄っていました。この店の商品パッケージには、「幻魔堂」と書かれたシルクハットからウサギが顔を出しているロゴが描かれています。店主のG氏は、「幻魔堂って、いい名前だろ。商標登録してるからウチしか使えないんだ」と言ってました。

あれから十数年が経過し、私は脱サラをして、個人事業主としてマジックショップを開設することになりました。ショップの名前には、高校時代から憧れていた「幻魔堂」という名称を使い、シルクハットとウサギのロゴもそのまま使いたいと思っています。そこで、許可をもらうために高校近くの幻魔堂を訪ねたところ、店主のG氏はとっくに亡くなっており、店は10年ほど前に閉店してしまったそうです。したがって、もはや許可をもらうことはできなくなりましたが、学生の頃のファンの一員として、「幻魔堂」を復活させたいと思います。

このような場合、赤の他人である私が許可なしに「幻魔堂」という名前の店を開くと、G氏の著作権などを侵害することになりますか? G氏は「幻魔堂」という商標も取得していたようですが、この商標権を譲り受けるにはどうすればよいでしょうか。シルクハットとウサギのロゴを勝手に使うと問題ありますか? また、このロゴについて、これから私が商標出願を行うことは可能ですか?

A:このようなケースで法的に問題になるのは、商号、商標、そして著作権です。

まず、商号というのは、会社や個人が営業を行う場合に自己を表示するために使用する名称で、○○商事とか、○○株式会社といったものです。個人商店の場合、屋号とも呼ばれており、○○酒店、そば処○○庵、○○食堂、サロン○○など様々な形式の商号を街で見かけることでしょう。「幻魔堂」も、マジックショップの店名として使用すれば、商号ということになります。

昔は、商号登記は早い者勝ちであり、同業者によって、同じ区域内に同一の商号が先に登録されていた場合、後から申請した者は登記を受けることができませんでしたが、現行法では、住所が異なっていれば、同一の商号を重複して登記することも可能です。たとえば、奇術町1丁目2番3号という住所で「株式会社幻魔堂」という商号が登記されていたとしても、奇術町1丁目2番4号という別な住所であれば、同じ「株式会社幻魔堂」という商号登記が可能です。

もっとも、会社の場合は、商号登記が義務づけられていますが、ご質問者のような個人事業主の場合は、商号登記は必要とされていません。したがって、個人事業主は、自分の店名を自由に選び、商号登記などの手続を一切行わずに、これを使用することができます。業種によっては、特定の団体に商号の届け出が必要なケースもありますが、マジックショップであれば、届け出も必要ありません。したがって、あなたが「幻魔堂」という名前の店を新規開店しても、一般的には、商号上の問題は生じません。

商法には「何人も、不正の目的をもって、他の商人であると誤認されるおそれのある名称又は商号を使用してはならない」との規定があり、不正競争防止法にも同様の規定があります。しかし、ご質問のケースでは、あなたが開設するマジックショップは、G氏の店から十分に離れているようですし、そもそもG氏の店は10年ほど前に閉店してしまっているので、あなたが「幻魔堂」という名前の店を新規開店しても、不正の目的と判断されることはないでしょう。ただ、「あの幻魔堂が復活しました」のようなキャッチフレーズを用いることは避けた方がよいでしょう。「G氏の店と誤認させる不正の目的がある」と判断されると困りますからね。

通常、商号には著作権は発生しません。もちろん、詩のような長い名前の商号であれば、著作権が発生する可能性があるかもしれませんが、「幻魔堂」という短い語句については著作物性は認められないでしょう。この「幻魔堂」という店名はG氏が考案した名前かもしれませんが、著作権による保護は及ばないので、G氏が考案した商号をあなたが無断で使っても、著作権侵害などの問題は生じません。

このように「商号」は「店の名前」であり、他の店と誤認されるようなことがなければ、日本全国で複数の者がそれぞれ同一の商号を使用しても問題はありません。同姓同名の人間が複数存在するのと同じです。たとえば、「田中商店」という名前の店は、日本全国に多数存在することでしょう。「幻魔堂」という名前の店が複数あっても問題はないのです。

これに対して、「商品のブランド名」である「商標」の場合は事情が異なってきます。商標の場合、同種の商品について登録される商標は1つだけです。

たとえば、「手品用具」という商品について「幻魔堂」という商標が登録されていると、もはや誰も「手品用具」に「幻魔堂」という商標権を取ることはできません。この場合、日本全国で「幻魔堂」という商標のついた「手品用具」を販売できるのは、「幻魔堂」という商標権をもつ商標権者もしくはその許可を得た者に限られます。したがって、あなたが「幻魔堂」という名前のマジックショップを開店し、そこで「幻魔堂」という商標が付された商品を販売する予定であるなら、商標権を取得しておいた方が好ましいでしょう。

G氏は生前「幻魔堂って、いい名前だろ。商標登録してるからウチしか使えないんだ」と言っていたとのことなので、その当時は、おそらく「手品用具」という商品について「幻魔堂」という商標権をG氏が取得していたのだと思います。この商標権が現在も有効であるなら、この商標権を譲り受けることは可能です。G氏は既に亡くなられているので、実際には、その遺族に話をして、商標権譲渡契約を締結する必要があります。もし、遺族が見つからないと、実務上、商標権を譲り受けることはできなくなります。

ただ「G氏の店は10年ほど前に閉店していた」とのことなので、このG氏の商標権は消滅している可能性が高いです。商標権は、一度取得しておけば、半永久的に存続させることができるのですが、10年おきに更新手続を行うことが義務づけられています。G氏の店が10年ほど前に閉店していたのであれば、おそらく、過去10年以内に更新手続は行われていないでしょう。更新手続を行わないと、商標権は消滅します。

G氏の商標権が消滅していれば、あなたは「幻魔堂」という3文字からなる言葉について新たな商標出願を行うことにより、新たに商標権を取得することができます。特許権の場合、一度消滅すると再取得できないのですが、商標権の場合、消滅していれば、元の商標権者とは無関係の他人であっても、同じ商標について権利を再取得できるのです。「幻魔堂」という言葉は、もともとG氏が考案したものなのですが、商標法上は、言葉は創作物と見なされていないので、赤の他人が「幻魔堂」という言葉について商標権を再取得しても問題はないのです。

なお、「幻魔堂」という商標が付された商品を販売するには、必ずしも商標権が必要なわけではありません。G氏の商標権が消滅していれば、誰でも「幻魔堂」という商標(未登録商標ということになります)を自由に用いることができます。しかし、今あなたが商標出願を行っておかないと、将来、誰か別な人間が「幻魔堂」という商標を取得してしまうおそれがあります。そうなると、その別な人間の許可を得ないと、「幻魔堂」という商標を使えなくなる可能性があります。そのような事態を防ぐためには、やはり、あなたが早めに商標出願を行っておくべきです。

結局、「幻魔堂という3文字からなる商標」を使用することは、G氏の商標権が消滅しているという前提では自由であり、これを商標出願することも自由です。「幻魔堂」という3文字の言葉には著作権は発生しないため、著作権上の問題も起こりません。これに対して、シルクハットとウサギのイラストには著作権が発生しています。したがって、「シルクハットとウサギのイラストに幻魔堂という3文字を重ねたロゴ」を使用したり、商標出願したりするには、G氏の遺族の許可が必要になりますので注意が必要です。

(回答者:志村浩 2021年8月21日)

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