「奇術師のためのルールQ&A集」第37回
IP-Magic WG
Q:私が学生時代に考えたマジックの道具が勝手に販売され、特許まで取られてしまいました。これに対する対策はありますか?
開業したばかりの新米のプロマジシャンです。学生時代は、学校のマジックサークルに所属して奇術に没頭した生活を過ごしていました。卒業後は就職して社会人になったのですが、サラリーマン生活に馴染めず、先月、会社を退職してプロマジシャンに転向しました。学校のマジックサークルの発表会では、いくつものオリジナルマジックを演じておりましたので、プロ転向後は、これらのオリジナルマジックを主な演目として活動してゆこうと思っています。
ところが、先日、学生時代の友人から、私が学生時代に考えたマジックの道具がネット販売されていると聞きました。早速、その道具をネット通販で取り寄せてみたところ、どう見ても、私が学校の発表会で演じたオリジナルマジックの道具をパクったとしか思えない商品でした。しかも、パッケージには、「製造販売元:M社」という表示とともに、特許第*******号と書かれています。学生時代は、特許のことなど考えもしなかったのですが、プロとして活動する場合、このM社の特許に何か対策が必要ですか?
A:まず、基本的な事項として、特許が取得されている奇術用具があった場合、正当な権原なく、この奇術用具を製造したり、販売したり、この奇術用具を使って演技を行ったりすると、権利を侵害する違法行為になります。
ご質問の奇術用具の場合、M社が特許権を保有しているので、M社自身がこの奇術用具を製造販売することは、当然ながら、特許権者としての正当な権原の下に行われる行為であり違法性はありません。また、M社から許可を得た者が、この奇術用具を製造販売することも、実施権者としての正当な権原の下に行われる行為であり違法性はありません。
更に、「M社またはその許可を得た者が製造した正規の商品」であれば、この正規品を販売したり、この正規品を使って演技を行っても、正当な権原の下に行われる行為であり違法性はありません。正規品である以上、それを販売したり、それを用いて演技を行ったりする際に、いちいちM社の許可を得る必要はないのです。
これに対して、M社の許可を得ていない者が、この奇術用具を製造することは、模造品を製造する行為であり、特許権を侵害する違法行為になります。また、この模造品を販売することや、この模造品を使って演技をすることも、特許侵害行為になります。
但し、特許権の侵害行為が成立するのは、「業としての実施」に限定されます。たとえば、小学生が学芸会で奇術を演じる場合は「業として」には該当しません。したがって、その小学生が自分で模造品を作り、それを使って学芸会で演技を行っても、M社の特許を侵害することにはなりません。同様に、大学生や社会人が、アマチュアマジシャンとして発表会で演じる場合も、一般的には「業として」には該当せず、自作したM社の模造品を使って演技を行ったとしても、M社の特許を侵害することにはなりません。
ただ、「プロ」なら「業として」に該当し、「アマチュア」なら「業として」に該当しない、という単純な図式が成り立つわけではなく、たとえば、「アマチュア」であっても、あちこちのパーティーに呼ばれて頻繁にその奇術を演じる場合は、たとえ無償のボランティア活動であったとしても、「業として」に該当すると認定され、特許権侵害の問題が生じる可能性があるので注意が必要です。一方、「プロ」でも、家庭で自分の子供に奇術を演じる場合は、「業として」には該当しません。
このような点において、学生時代のあなたと、プロマジシャンになったあなたとでは、法律上の取り扱いが大きく異なるのです。特許権侵害には、賠償請求という民事的制裁だけでなく、十年以下の懲役もしくは一千万円以下の罰金という刑事罰による制裁もあるので、他人の特許に対しては、プロとして十分に留意しておく必要があります。プロマジシャンが演技を行った場合に、それなりの出演料をとるのは、もちろん、アマチュアに比べて卓越した演技力を有しているという理由もありますが、プロの出演料には、業務上の法令を遵守するための経費も含まれていると考えるべきでしょう。
さて、ご質問のケースでは、M社の製品は、あなたが学生時代に作った道具をパクった商品のようだ、との感想をお持ちのようですが、M社が特許権を取得している以上、とりあえず、この特許を有効なものとして取り扱う必要があります。したがって、この道具の模造品を作ったり、その模造品を使って演技を行うことは避けた方が賢明です。どうしてもこの道具を用いた演技を行いたいのであれば、M社から正規品を購入し、この正規品を使って演技するのが一番簡単です。M社の正規品であれば、M社の特許を侵害する心配は全くありません。
ただ、M社の正規品はアマチュア向けであるため、プロの演技には使えないという事情があるかもしれません。たとえば、正規品はステージで用いるには小さすぎるとか、耐久性に乏しく壊れやすいといった問題があるかもしれません。その場合は自作した道具を用いて演技せざるを得ないので、M社にいくらかのロイヤリティーを支払って、道具を自作する権利(実施権)を許諾してもらう必要があります。
あるいは、もし学生時代に制作した古い道具がまだ残っているなら、この古い道具であれば使える可能性があります。具体的には、M社の特許の「出願日」よりも、この古い道具の「制作日」の方が先であれば、この古い道具については、M社の特許出願日に既に存在していた品物であるという理由で、「先使用権」という正当な使用権原が与えられます。したがって、この古い道具を用いて演技を行えば、特許侵害の問題は生じません。
もっとも、あなた自身としては、自分が学生時代に考えた道具なのだから、それをパクったM社の行為は許せない、という気持ちがあるでしょう。もし、あなたの言うとおり、M社の特許があなたの学生時代の道具をパクったものであった場合、法的には、M社の特許出願は、正当な権原のない者による違法な出願(冒認出願と呼ばれます)ということになり、特許無効審判を請求して特許を無効にしたり、特許権移転請求訴訟を行って特許をあなた名義に書き換えることも可能です。
ただ、「M社がパクった」ということを立証するのは、現実的には極めて難しいと思われます。立証責任は原告である「あなた」にあるので、「M社によるパクリ」があったことを示す客観的な証拠を提出しなければなりません。学生時代に描いた設計図やメモ、発表会のビデオなどは、一応の状況証拠にはなりますが、M社側も製品の設計図や商品企画書などを証拠として提出して、M社が独自に開発した製品だ!という反論を行うことになるでしょう。「M社によるパクリ」があったか否かの真相は、M社の開発者(特許出願書類で発明者として記載されている人)の心の中を覗かないとわからないのです。
M社の特許を無効にする別な方法としては、特許無効審判において「M社の発明は、特許出願時に公知であった、あるいは、公然実施されていた」と主張する方法もあります。この方法では「M社がパクった」と主張するわけではなく、「M社の特許発明は、その出願前に、不特定多数の者に知られていた(公知)、あるいは、不特定多数の前で上演されていた(公然実施)」と主張することになります。もし、学生時代に描いたこの道具の設計図が、マジックサークルの会報などに掲載されていれば、この会報を公知事実の証拠として提出することによりM社の特許を無効にできます。出願前に内容が不特定多数に知られていた場合、その特許は無効になるのです。
あるいは、学生時代の発表会が不特定多数の者を観客とする会であり、その発表会で、あなたがこの道具を用いて演技を行った様子を撮影したビデオがあれば、このビデオを公然実施の証拠として提出することによりM社の特許を無効にできる可能性があります。ただ、発明の公然実施が認められるためには、そのビデオを見た当業者(この場合、奇術に関する平均的な知識をもったプロやアマチュアのマジシャン)が、ビデオから発明の仕組み(タネ)が理解できることが前提となります。一般的なマジシャンが、演技を見ただけではタネの想像が全くつかない、というような場合は、公然実施にはなりません。このような点を考慮すると、M社の特許を無効にするには、かなりハードルが高そうです。
(回答者:志村浩 2021年8月28日)
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