「奇術師のためのルールQ&A集」第38回

 

IP-Magic WG

Q:スマホアプリを使った奇術を考えました。著作権の登録や特許の申請を行うことはできますか?

スマホを使った奇術を開発し、商品として販売する予定です。商品と言っても、実体のある品物ではなく、単なるコンピュータ-プログラムです。ユーザーには、アプリの形式で提供し、ダウンロード時に課金を行うことにより商品代金を回収します。ユーザーがこのアプリを起動すると、スマホの画面上にトランプカードの画像が表示され、客と対話しながら数理マジックやセルフワーキングマジックの現象を見せることができます。このスマホの画面上で行われるマジックの内容は、完全に私のオリジナル作品ですが、販売前に著作権の登録や特許の申請を行うことはできますか?

A:スマートフォンは、もはや日常生活に完全に溶け込んだ必需品になっているので、さりげなくマジックを見せる道具としては最適ですね。

テーブルに実体のあるカードを広げるマジックのように仰々しくないので、見る方もリラックスした気分でマジックを楽しむことができるでしょう。ご質問によると、数理マジックやセルフワーキングマジックの現象を見せる、ということですから、演技者は難しい技法を覚える必要もなく、予め定められた手順にしたがって演技を進めてゆけば、コンピューターが画面上で自動的に不思議な現象を提示してくれるようなアプリになっているものと推察します。

コンピュータープログラムをどのような法律によって保護すべきか、という問題については、実は40年以上も前から専門家の間で議論されていました。コンピューターは文芸の分野というよりも産業の分野に属するものなので、基本的には、文化の発展を目的とする著作権法による保護よりも、産業の発達を目的とする特許法による保護の方が向いています。

しかし、コンピュータープログラムは、いわばコンピューター言語で書かれた指令書というべきものなので、その実体は、発明というよりも、小説や随筆などに近く、その点では、著作権法による保護の方が適している、という見方もできます。このため、現在では、コンピュータープログラムは、著作権法と特許法の両方の保護対象になっています。ただ、保護の形態は両者で大きく異なります。以下、この点も踏まえて、著作権法による保護と特許法による保護との違いを説明します。

まず、著作権法による保護について説明しましょう。著作権の保護対象となる著作物には、昔から小説、音楽、演劇、絵画、写真、映画などがありますが、現在は、これに「プログラムの著作物」というものが付加されており、著作権法上、コンピュータープログラムが著作物として保護される旨が明記されています。残念ながら、著作権法上には「奇術」についての明文の規定はありませんが、「演劇」に準ずるものと考えてよいでしょう。

さて、あなたが開発したプログラムは、スマホ用のアプリとしてオンラインで提供しているようですが、このアプリを構成するプログラムコード、画像データ、音声データなどのデジタルデータは、いずれも著作権法によって保護されます。したがって、他人がこのアプリを無断複製して販売する行為は、あなたの著作権を侵害する違法行為になります。

プログラムの著作物は、文化庁長官が指定する登録機関に登録することができます。ただ、著作権法は、権利の発生に無方式主義を採用しているので、文化庁への登録は、権利の発生とは無関係です。あなたがプログラムを創作した時点で、登録手続などを行うことなしに、著作権は自動的に発生します。

もっとも、登録しておけば、このプログラムが、いつ、誰の名義で登録されているか、という事実が明確になるので、第三者との間にトラブルが起こったときに、立証が容易になります。ただ、あなたのプログラムは、スマホ用のアプリとして提供されるので、必要があればアプリを提供する業者(アップル社やグーグル社など)に証明してもらえばよいので、現実的には、著作権登録をしなくても十分でしょう。

結局、あなたが開発した奇術アプリは、何ら法的な手続を行うことなしに、著作権による保護を受けられることになります。そうすると、特許権による保護は不要なのでしょうか? 特許権は、特許庁に対して特許出願を行い、審査にパスしてはじめて付与される権利です。特別な手続なしに著作権が得られるのだから、わざわざ面倒な手続を経て特許権を得る意味はないのでしょうか?

実は、著作権法による保護と特許法による保護では、保護内容が全く異なるのです。簡単に言えば、著作権法による保護は、他人があなたのプログラムをそっくりコピーすることを禁じることはできますが、他人が新たに類似のプログラムを作成することを禁じることはできません。

したがって、他人が新たにプログラムを作成した場合には、たとえ、スマホの画面上で同じような奇術の現象が起こっていたとしても、その他人のプログラムにはあなたの著作権は及ばないのです。その他人が作成したプログラムはあなたのプログラムとは別個の新たな著作物とされるわけです。このような点では、著作権による保護範囲は比較的狭いと言えます。

これに対して、特許を取得していた場合、その保護範囲はより広がります。特許は、アイデアを保護するものなので、他人があなたのアイデアを真似することを禁じることができるのです。たとえば、客に、スマホ画面に表示された5枚のカードの中から任意の1枚を選んで心の中で思ってもらい、その後に表示されるいくつかの質問に回答してもらうと、スマホが客のカードを当てる、という現象の奇術アプリがあったとします。

このとき、この奇術アプリが、客の回答を利用した所定のアルゴリズム(数学的原理)に基づく演算によって、客のカードを当てるようにプログラムされていたとしましょう。このような「カード当てのアルゴリズム」が、これまでに知られていない新しいものであった場合、この奇術アプリのプログラムは特許の対象になります。

そして、あなたがこのような特許を取得した場合、他人が、この特許で使われている「カード当てのアルゴリズム」を用いた奇術アプリを勝手に作成して販売することは禁じられます。その他人が、全く独自に新たなプログラムを作成していた場合、あなたのプログラムとその他人のプログラムとは、全く別の著作物になるので、あなたは著作権に基づいて「著作権侵害だから真似するな」と主張することはできません。しかし、その他人のプログラムが、あなたのプログラムの「カード当てのアルゴリズム」を用いていれば、あなたは特許権に基づいて、その他人に対して「特許権侵害だから真似するな」と主張することができるのです。

要するに、著作権は、あなたが作成した「プログラム」自体をそっくり真似することを禁じる効力しかありませんが、特許権は、あなたが創案した「カード当てのアルゴリズム(数学的原理)」を用いたどのようなプログラムであっても、その販売を禁じる効力があるのです。

ここで留意すべき点は、数理マジックやセルフワーキングマジックの原理やアルゴリズム自体は特許の保護対象にはなっていないのですが、その原理やアルゴリズムを用いた奇術を、スマホ用のコンピュータープログラムを用いて具現化すれば、そのプログラムは特許の保護対象になるという点です。プログラムについての特許を取得するには、特許庁の指針に沿った書き方をする必要があるため、若干の専門的なテクニックが必要になりますが、特許が認められれば、著作権とは比べ物にならない広い保護が受けられます。

もっとも、この特許は、あくまでもプログラムについて与えられたものであり、マジックの原理やアルゴリズム自体に与えられたものではありません。したがって、スマホなどの機器を用いずに、人間が1組のカードやメモ用紙を使って数理マジックやセルフワーキングマジックを演じることは、たとえ特許された原理やアルゴリズムを使っていても、特許権侵害の問題は生じません。

なお、コンピュータープログラムの保護政策は、個々の国によって異なります。これまで述べた内容は、すべて我が国に限定した話です。国によっては、特許によるコンピュータープログラムの保護を認めない国もあります。たとえば、欧州では、特許となり得るコンピュータープログラムは、センサやカメラなど、特別なハードウェアと結びついていることが条件とされているため、上述したスマホ用の奇術アプリなどのプログラムは、特許の対象にはなっていません。

(回答者:志村浩 2021年9月4日)

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