「奇術師のためのルールQ&A集」第39回

 

IP-Magic WG

Q:方位磁石を用いてカードを当てるというアイデアについて製品開発中ですが、アイデアの段階で今すぐ特許出願しておいた方がよいですか?

方位磁石を用いたカード当てのマジックを考えました。まず、1組53枚のカードの中から客に1枚のカードを覚えてもらい、この53枚のカードを時計の文字盤のように円形に並べます。その中心に方位磁石を置くと、磁針は北を向いていますが、お呪いをかけると、磁針がぐるぐる回り出してやがて特定の方向を向いて止まります。止まった磁針が指し示すカードが、正に客が覚えたカードである、という現象のマジックです。

このような機能をもった特別な方位磁石の仕組みは、いま、機械工学が得意な友人に考えてもらっている最中ですが、完成したら特許を取得したいと思います。ただ、その友人からは、「開発にはまだまだ時間がかかるので、とりあえず、『方位磁石を用いてカードを当てる』というアイデア段階でも、早めに特許を出願しておいた方がよい。」と言われました。「特許は早い者勝ち」と聞いたことがありますが、今すぐ特許出願をしておいた方がよいのでしょうか?

A:お話を伺った限り、現時点では特許出願は無理ではないかと思います。

現在、このマジックを演じるための「特別な方位磁石」を開発中とのことですが、実際に開発できるのはまだ先のようですね。そうだとすると、現段階で完成しているアイデアは「方位磁石の磁針がぐるぐる回り、止まった時に指しているカードが客の覚えたカードである。」という現象だけであり、そのような現象を実現するための具体的な手段はまだ不明ということになります。

もちろん、あなた自身は、そのような現象のマジックは、これまでにない斬新なアイデアに基づくものだ、という認識をお持ちになっており、だからこそ、特許出願を検討しているものと拝察致します。しかしながら、「奇術の現象」については、これまで誰も考え付かなかった全く新しいものであったとしても、特許を取得することはできません。なぜなら、「奇術の現象」というものが特許による保護対象にはなっていないからです。

「客の覚えたカードを当てる」というマジックは古くから知られており、これまでにも様々な現象でカード当てを行う方法が考案されています。たとえば、ピストルの弾丸を打ち込むと2枚のガラス板の間に客のカードが出現する方法、客の掌に透明な円盤を載せると客のカードの画像が浮き上がる方法、デックの中から客のカード1枚だけが擦り上がってくる方法(いわゆるライジングカード)などは、その代表例でしょう。

もちろん、これらのマジックについては、初めて着想した当時であれば、特許を取得することは可能です。ただ、特許の対象となる発明は、これらの現象自体ではなく、あくまでもその現象を可能にするための具体的な手段(道具の仕組み)です。

すなわち、「ガラス板の間に客のカードが出現する」という現象、「透明円盤に客のカードの画像が浮き上がる」という現象、「デックの中から客のカードが擦り上がる」という現象自体については、特許を取得することはできません。特許の対象となるのは、「2枚のガラス板の間にカードを飛ばす機構」、「カードの画像を浮き上がらせるための透明円盤の表面加工」、「デックの中から1枚のカードを擦り上げるための具体的な機構」といった、その現象を生じさせるための具体的な仕掛けにあります。

ところで、同じ現象を生じさせるにしても、その具体的な仕掛けは様々です。たとえば、「デックの中から客のカードが擦り上がる」というライジングカードの現象を生じさせる仕掛けとしては、糸を使う方式、重りを使う方式、モーターを使う方式など、いろいろなバリエーションが知られています。これらの具体的な仕掛けは、いずれも特許の対象になります。また、同じ「糸を使う方式」であっても、具体的な構造は様々ですから、糸の張り方や糸を引っ張る機構などが異なれば、互いに別な発明になり、それぞれが特許の対象になります。

ご質問のケースの場合も「方位磁石の磁針がぐるぐる回り、止まった時に指しているカードが客の覚えたカードになる。」という現象を実現させるための「特別な方位磁石」の仕掛けは、永久磁石を使う方式、電磁石を使う方式、バネを使う方式など、様々な方式が考えられるでしょう。特許の対象となるのは、特定の方式に用いる具体的な機構や構造ということになります。

現時点では、この「特別な方位磁石」の具体的な機構や構造はまだ不明である(お友達が開発中)ということですから、結局、この発明はまだ開発途上の段階であり、完成していないことになります。たしかに、お友達が言うとおり「特許は早い者勝ち」ですから、同じ発明の出願が競合した場合、1日でも早く出願した者にだけ特許が与えられます。しかし、まだ発明は完成に至っていないので、現段階で特許出願を行っても、未完成発明として拒絶されてしまいます。

したがって、このマジックについて特許を取得したいのであれば、まず、お友達にこの「特別な方位磁石」の開発を急いでもらうしかありません。もっとも、特許出願を行う上では、試作品が完成している必要はありません。試作品を作成するための図面が用意できればOKです。この図面も、正確な寸法の入った設計図である必要はありません。基本的な動作原理がわかれば、ラフなスケッチ程度でも特許出願を行うことが可能です。

したがって、基本原理は頭の中で出来上がっているが、試作品を作成するまでにもう少し時間がかかる、という段階まできたら、その時点で、ラフなスケッチに基づいて特許出願を行うのがよいでしょう。動作原理がわかる簡単なスケッチが書ければOKです。

なお、この「特別な方位磁石」の具体的な機構や構造を考えたのがお友達であった場合、特許出願を行う上では、発明者はあなただけではなく、お友達も共同発明者になる点には留意しておくべきです。このマジックは、まず、あなたが「方位磁石の磁針がぐるぐる回り、止まった時に指しているカードが客の覚えたカードになる。」という基本的な現象を考え出し、そのような現象を実現するために、お友達が「特別な方位磁石」の具体的な機構や構造を考え出したわけですから、二人の共同作業によって生まれた発明ということになります。

したがって、出願時には、二人を共同発明者として列挙する必要があります。この場合、特許が成立した場合、その特許は、二人の共同名義になります。どちらか一方だけの名義で出願した場合、特許が成立しても、他方の者の申し立てによりその特許は無効にさせられてしまうので注意が必要です。

(回答者:志村浩 2021年9月11日)

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