「奇術師のためのルールQ&A集」第53回

IP-Magic WG

Q:古典的な和妻である袖玉子について、最近、特許が取得されてしまいましたが、そんなことがあるんですか?

もう50年近くも趣味でマジックを研究しているアマチュアマジシャンです。先日、友人から袖玉子の道具について特許が成立しているとの話を聞き、ネットで特許庁から特許公報を入手しました。内容を読んでみましたが、昔から知られているタネがそのまま図面として掲載され、タネが説明されていました。奇術家なら誰でも知っている昔からのタネであり、現在も奇術ショップで販売されている道具と何ら変わりがありません。

特許公報には、発明者および特許出願人として、A氏という個人名が記載されていました。しかし、この袖玉子は古典的な和妻のひとつであり、明治時代から知られていた古典芸能でありますから、発明者がA氏であるわけありません。どう見ても、A氏が嘘をついて特許を取得してしまったように思えます。

私は、袖玉子を販売したり、演じたりするつもりはありませんから、こんな特許が成立していたとしても、私には実害は全くありません。ただ、このような古典的な和妻の道具に特許が認められるのはおかしいと思います。奇術研究家として、このような特許が存在していることが許せません。こんなことが許されれば、将来、水芸や胡蝶の舞といった和妻についても、特許を取得する者が出てきそうで心配です。このような特許を取り消すことはできますか?

A:古典的な仕掛けを用いた袖玉子の道具について特許が成立したとすれば、特許庁の審査ミスと言わざるを得ません。

一般論として、袖玉子という古典的な道具についても、古くから知られた仕掛けではなく、全く新しい仕掛けを思いついたのであれば、これから特許を取得することは可能です。水芸や胡蝶の舞といった古典的な和妻に使う道具についても同様です。「着物の袖から玉子が出現する」とか、「扇子の先から水が飛び出る」とか、「紙の蝶が空中を舞う」といった現象自体は、特許や著作権の対象にはなっていないので、誰でも自由に、これらの現象の奇術を演じることができますし、新しい仕掛けを用いた道具を使うことができます。そして、これまでに知られていない新しい仕掛けを考えた場合、その仕掛けについて特許を取得できます。

これに対して、古典的な和妻の道具のように、古くから知られた仕掛けをそのまま用いた道具については、これから特許を出願しても、特許は認められません。これは、特許を取得するには、新規性(これまで公に知られていない新しい技術であること)という要件が要求されるためです。もちろん、一般の観客は、袖玉子、水芸、胡蝶の舞といった和妻について、タネまでは知らないでしょう。そういう意味では、古典的な袖玉子の仕掛けは、「一般公衆には知られていない技術」と言えます。

ただ、特許法における新規性とは、「一般公衆が知っているか否か」が問題になるのではなく、「当業者が知っているか否か」が問題になります。ここで、当業者とは、「発明が属する技術分野の通常の知識を有する者」とされていますので、奇術の道具に関する発明の場合、当業者とは、プロマジシャン、アマチュアマジシャン、マジックショップ関係者、奇術研究家といった奇術界の人たちになります。

そうすると、古典的な袖玉子の道具の仕掛けは、一般観客には知られていないとしても、奇術界の人たちには既に知られている内容ですから、新規性という特許要件を満たしておらず、特許は付与されないことになります。また、古典的な袖玉子の道具は、既にマジックショップでも不特定多数の客に販売されていた商品ですから、この販売という行為によっても新規性が失われています。既刊の奇術雑誌などに仕掛けが解説されていれば、当該雑誌の刊行によっても新規性が失われています。

このように、新規性が失われている発明について特許出願を行っても、通常は、審査により拒絶され特許は成立しません。したがって、この袖玉子の特許出願についても、本来であれば、特許庁の審査ではねられてしまうはずです。ところが、今回のケースでは特許が成立している、とのことですので、これは特許庁における審査ミスが原因と考えられます。

このような審査ミスは、本来、あってはならないのですが、現実的には、このような審査ミスは少なからずあります。特許庁の審査官は全知全能の神様ではありませんから、審査対象となる発明が新規性を失っていた事実に気づかないこともあります。特に、マジックに関する出願については、担当する審査官が奇術を趣味としている者でない限り、このような審査ミスが起こる可能性は否定できないでしょう。

通常、審査官は、過去の出願事例や、技術書籍、科学論文などを調査して、同じような発明が既に存在しないかどうかを調査します。ところが、マジックの分野では、そもそも特許出願するケースが少なく、しかも発行部数の少ない奇術雑誌などは調査の対象には含まれないことが多いでしょう。今回の袖玉子の場合も、過去に特許出願した例はなかったと思われます。古くから知られている道具なので、これまで、誰も特許出願しなかったのは当然です。

そのような状況の下で、おそらく、審査を担当した審査官は奇術を趣味とする人ではなかったため、袖玉子を新しいマジックと思い込んでしまったのでしょう。実際、過去の特許出願事例を検索しても、袖玉子に類似する出願は見当たらなかったので、そのまま特許を許可してしまったものと推察されます。

なお、A氏が特許出願を行った理由としては、次の2通りのケースが考えられます。第1のケースは、A氏が古典的な袖玉子の存在を全く知らずに、自分自身で袖玉子のタネを考え(このタネは、古典的な袖玉子のタネと偶然一致していたことになりますが)、この自分自身で考えたタネについて、特許を取得するために出願を行ったというケースです。このケースの場合、A氏は、自分で考えたアイデアについて特許出願を行ったわけですから、全く違法性はありません。

一方、第2のケースは、A氏は古典的な袖玉子の存在およびその仕掛けを知っており、発明者が自分ではないにも拘らず、自分を発明者と偽って出願を行ったというケースです。あえて古典的な袖玉子について、A氏の名義で特許出願した意図はわかりませんが、この第2のケースの場合、自分が真の発明者ではないのに、自分を発明者と偽って虚偽の特許出願を行ったことになります。この場合、特許法上では、冒認出願という違法行為となり、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する、という規定がなされています。

いずれにしても、この袖玉子の特許は、新規性欠如を見落とした審査ミスにより成立した特許なので、無効理由を含む特許ということになります。したがって、もし、この古典的な袖玉子の道具を販売したり、この道具を用いて演技を行ったりしたために、A氏から特許侵害の警告を受けたとしても、A氏に対しては「この特許は無効理由を含む瑕疵ある特許だ!」という抗弁を行えば足り、販売や演技を中止する必要はありません。

もっとも、あなたは、趣味でマジックを研究しているアマチュアマジシャンであり、今後、袖玉子を販売したり、演じたりすることはないそうですから、このA氏の特許が成立していたとしても、何ら実害はないわけですね。したがって、実利上は、A氏の特許の存在を、そのまま黙認しておけば済む話です。ただ、奇術研究家として、この特許の存在自体が許せない、という気持ちをお持ちのようなので、この袖玉子特許を法的に葬り去る方法を以下に述べておきます。

上述したように、特許庁における審査ミスを皆無にすることは、実務上は不可能です。そこで、このような審査ミスによって特許が成立してしまった場合を想定して、特許法上、「特許異議申立」と「特許無効審判」という2つの手続が用意されています。以下、この2つの手続について簡単に説明しておきます。

まず、「特許異議申立」という制度ですが、「こんな特許が成立するのはおかしい」と思った人であれば、誰でも異議を申し立てることができる制度で、いわば一般公衆に審査を手伝ってもらおう、という趣旨の制度になっています。特許庁に対して、証拠を添付した特許異議申立書(2万円程度の印紙を貼る必要があります)を提出することにより、特許庁審判部において書面による審理が行われます。

今回の袖玉子特許の場合、昔から販売されていた袖玉子の道具やその説明書の実物を証拠として提出し、特許出願前から販売されていた商品であり、袖玉子特許は新規性を有していない、との主張を行えばよいでしょう。場合によっては、「昔から販売されていた」ことを立証するために、購入時の領収書やカタログなども証拠として提出する必要があります。これらの証拠に基づいて、袖玉子特許が新規性欠如と認定されれば、取り消し決定がなされ、袖玉子特許は取り消されることになります。

ただ、この「特許異議申立」という手続は、特許公報発行から6ヶ月以内に行うべし、という規定が設けられています。ネットで特許庁から特許公報を取り寄せた、ということですので、この特許公報の発行日を見て下さい。もし、発行日から6ヶ月経過していなければ、「特許異議申立」を行うことが可能ですが、6ヶ月を過ぎてしまっていた場合は、次の「特許無効審判」という手続を行わないと、袖玉子特許を取り消すことはできません。

この「特許無効審判」という手続は、上記「特許異議申立」という手続に比べて、若干、ハードルが高くなります。審理は特許庁審判部で行われるのですが、基本的に、裁判所における訴訟手続と同様に当事者対立構造を採ります。つまり、あなたが原告(審判請求人)、A氏が被告(審判被請求人)となり、両者が審判廷で対決することになります。しかも、原告(審判請求人)になれるのは利害関係人である必要があります。

上述したように、「特許異議申立」制度は、一般公衆に審査を手伝ってもらおう、という趣旨の制度(いわば、特許庁にタレコミする制度)なので、誰でも異議申立を行うことができました。しかも、特許庁では書面に基づく審理が行われます。これに対して「特許無効審判」は、利害関係に衝突を生じた当事者同士の紛争を解決する制度なので、特許庁審判廷において当事者が向かい合った口頭審理が行われます。したがって、利害関係のない第三者には、特許無効審判を請求することが認められておりません。

あなたの場合、アマチュアの奇術研究家であり、袖玉子を販売したり、演じたりすることはないそうですから、袖玉子特許の存在によって利害が生じるわけではありませんね。したがって、袖玉子特許についての利害関係人ではありませんから、残念ながら、あなたの名義でこの「特許無効審判」を請求することはできません。したがって、どうしても「特許無効審判」で袖玉子特許を潰したいと考えている場合には、利害関係のある誰かに原告(審判請求人)となってくれるように頼むしかありません。

利害関係人になれるのは、たとえば、プロマジシャンやマジックショップの経営者です。プロマジシャンであれば、袖玉子の演技を行うとA氏の特許に抵触してしまうので、利害関係が生じております。マジックショップの経営者であれば、袖玉子の道具を販売するとA氏の特許に抵触してしまうので、やはり利害関係が生じております。たとえば、プロマジシャンのB氏があなたに賛同して「袖玉子特許はけしからん!潰すべきだ!」という意見を持っているのであれば、B氏を名義人として「特許無効審判」を請求することが可能です。この場合、特許庁審判廷で、A氏とB氏が一騎打ちをすることになります。

「特許無効審判」の提起には、期限は設けられておりませんので、いつでも請求を行うことができます。具体的には、特許庁に対して、証拠を添付した無効審判請求書(5万円程度の印紙を貼る必要があります)を提出することにより、特許庁審判部における審理が行われます。今回の袖玉子特許の場合、上述した「特許異議申立」手続と同様に、昔から販売されていた袖玉子の道具やその説明書の実物を証拠として提出し、特許出願前から販売されていた商品であり、袖玉子特許は新規性を有していない、との主張を行えばよいでしょう。

この「特許無効審判」の審理は、両者が特許庁審判廷に出廷して陳述を行う口頭審理の形式を採るため、裁判所の審理と同様に証人を申請することも可能です。したがって、証拠としては、書面を提出するだけでなく、証人による証言を利用することもできます。袖玉子特許のケースでは、何人かのマジシャンに証人として出廷してもらい、袖玉子は明治時代から知られている和妻の道具である、という証言や、袖玉子特許に記載されている道具は、何十年も前からマジックショップで販売されていた道具である、という証言をしてもらうとよいでしょう。この審判廷による審理により、袖玉子特許が新規性欠如と認定されれば、特許無効審決がなされ、袖玉子特許は無効にされることになります。

なお、「特許異議申立」で特許が取り消されたり、「特許無効審判」で特許が無効にされたりした場合、特許はその後に消滅するのではなく、特許ははじめから無かったものとみなされることになります。つまり、袖玉子特許なんてものは、もともと無かったことにされるわけです。そうなれば、あなたの怒りも収まることでしょう。

(回答者:志村浩 2021年12月18日)

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