「奇術師のためのルールQ&A集」第60回

IP-Magic WG

Q:オリジナルマジックについて実用新案を取得したところ、大手のマジックショップから権利を買い取るか、ライセンス契約をしたい、との申し入れがありました。このような契約についてアドバイスをいただけますか?

一般企業に勤務する会社員のアマチュアマジシャンです。一年ほど前に、オリジナルの手品用具を自作してネット通販する副業を始めました。最近、空のシルクハットから大量のシルクを取り出す道具を考案したので、これについて実用新案登録出願を行ったところ、正式に登録になりました。現在、この道具も通販商品のリストに加え、販売を行っています。

私のネット通販サイトは、知名度が低いため、各商品はまだ数個程度しか売れておらず、とてもビジネスと言える状態ではありません。ところが先日、マジックショップのM社から、私の取得した実用新案権を買い取るか、あるいは実施権を設定するライセンス契約を締結したい、との申し入れがありました。

M社は大手のマジックショップなので、もし、私の考えた道具をM社ルートで販売することができれば、売上は格段に向上すると思われます。そこで、M社の申し入れを受諾する予定ですが、実用新案権を買い取ってもらうのと、実施権を設定するライセンス契約を行うのと、どちらがよいか迷っています。この件に関して、何かアドバイスをいただけますか?

A:実用新案権に関する契約にも、いろいろな形態があるので、あなたの権利が不当な制限を受けないよう留意する必要があります。

実用新案が正式に登録されると、特許庁から登録実用新案公報が発行されます。おそらくM社は、この公報を見て、あなたが考案したシルクを取り出す道具に十分な商品価値があると判断し、今回の申し入れを行ってきたものと思われます。

公報の考案者の欄と実用新案権者の欄には、いずれもあなたの名前が記載されていると思います。つまり、現在のところ、この実用新案を考えた人(考案者)は「あなた」であり、この実用新案の権利を保有する人(実用新案権者)も「あなた」ということです。ここで、「考案者」は将来もずっと変わることはありません。この道具を考えた人が「あなた」である、ということは、変わりようのない事実ですからね。これに対して、実用新案権者は、将来、変わる可能性があります。なぜなら、実用新案権は、商品と同様に売買することができるからです。

今回のケースでは、M社は「実用新案権を買い取る」という提案と、「ライセンス契約を結ぶ」という提案を行っており、あなたはどちらの提案を受け入れるべきか迷っているということですね。そこで、以下、これらの提案のそれぞれについて、その実態を説明してゆきます。

まず、「実用新案権を買い取る」という提案ですが、これは、実用新案権を売買する契約を結ぶことを意味しています。たとえば、M社が「100万円で買い取る」という提案を行ったのであれば、この提案を受諾すると、あなたの実用新案権をM社に100万円で売却することになります。あなたは100万円を手にすることができますが、実用新案権は失うことになります。

売買契約を締結する場合、その証として、特許庁に権利の移転登録を行う必要があります。この移転登録を行うと、特許庁の原簿上、実用新案権者があなた名義からM社名義に移転した旨の記録がなされます。したがって、それ以降、この実用新案権の権利者はM社ということになるので、M社は、あなたの考案した道具を自由に製造して販売することができます。また、M社は、この道具の製造販売に関して、別な会社にライセンス(実施権)を与えて、ロイヤリティーを徴収することもできるようになります。

ここで問題となるのは、すべての権原がM社に移転したことになるので、あなた自身がこの道具を製造販売する場合でも、M社の許可が必要になり、M社が要求すれば、M社に対してロイヤリティーを支払う義務が生じるという点です。この道具は、もともとあなたが考案したものですが、権利を売ってしまった以上、あなたの手元には実質的に何の権利も残りません。

あなたは、現在、通販でこの道具を販売しているそうですが、もし今後も通販を続けるのであれば、M社に権利を売り渡してしまうことはお勧めできません。上述したとおり、権利を売却してしまうと、あなた自身がこの道具を勝手に製造販売することができなくなるからです。

M社がどうしても権利の買取りにこだわるのであれば、権利の一部譲渡という形をとることもできます。たとえば、「実用新案権の持分の半分をM社に売却する」という契約を結ぶこともできます。この場合、実用新案権は、あなたとM社との共有物になるので、M社がこの道具を自由に製造販売できるのと同様に、あなたもこの道具を自由に製造販売できることになります。

ただ、権利が共有物になると、第三者に実施権を与える際には、共有者の同意が必要となります。たとえば、あなたが別なマジックショップP社とロイヤリティー契約を結んで、このP社に実施権を与えたいと思っても、もし権利の共有者であるM社が同意しないと、そのような契約を締結できなくなります。このような点を考慮すると、M社が提示した売却額がかなり高額で、今後いろいろな制約を受けることになっても納得できる金額であるならば、「実用新案権を買い取る」というM社の提案を受け入れてもよいかもしれませんが、そうでなければ、この提案は受け入れるべきではないでしょう。

次に、「ライセンス契約を結ぶ」という提案を受け入れる場合について考えてみます。この場合、法律上は、あなたがM社に対して「実施権」を与えるという行為を行うことになり、この道具を製造したり、販売したりすることをM社に許可することを意味します。製造販売を許可するだけですから、権利は依然としてあなた名義のまま残ります。つまり、実用新案権者の名義がM社に移転することはありません。

ただ、注意しなければならないのは、この「実施権」には、「通常実施権」と「専用実施権」という種類がある点です。M社に「通常実施権」を与える契約を締結した場合、M社はこの道具を自由に製造販売できることになりますが、もちろん、あなた自身も権利者として、この道具を自由に製造販売できます。ところが、M社に「専用実施権」を与える契約を締結した場合、この道具を製造販売できるのは、M社だけになり、あなたは、権利者でありながら、この道具を自由に製造販売できなくなってしまいます。つまり、M社に「専用実施権」を与えてしまうと、実質的には、M社に実用新案権を売り渡したのと同じ状態になってしまいます。

したがって、「ライセンス契約を結ぶ」場合は、「専用実施権」ではなく「通常実施権」を与える契約を結ぶように留意すべきでしょう。「通常実施権」を許諾する契約書では、通常、ロイヤリティーの額や支払条件などを記載します。ロイヤリティーの額や支払条件としては、たとえば「毎年年初に50万円支払う」というように自由な内容を決めることもできますが、一般的には、支払額として「道具の販売額の何%を支払う」という取り決めを行うことが多いです。

具体的な%値をいくらにするかは、M社との交渉で決めるべき問題ですが、だいたい2%~10%程度のケースが多いようです。たとえば、ロイヤリティーを「販売額の10%」に設定した場合、M社がこの道具を1万円の価格で販売し、毎月50組程度の道具が売れたとすると、あなたには、毎月「1万円×50組×10%=5万円」のロイヤリティーが支払われることになります。

「通常実施権」を許諾する契約書には、ロイヤリティーの額や支払条件だけでなく、種々の条件を記載することも可能です。たとえば、「許諾期間は、本契約の締結日から5年とする」という条件を記載しておけば、M社に製造販売が許可されるのは5年間だけ、ということになります。また「販売は日本国内のみとする」という条件を記載しておけば、M社が販売できるのは国内のみになり、外国へ輸出することは許可されないことになります。

「通常実施権」を許諾する契約書に特別な記載がなければ、あなたはM社以外の業者にも別な「通常実施権」を許諾することができます。たとえば、M社との通常実施権許諾契約では、ロイヤリティーが10%だったのに、別なP社からロイヤリティー12%で契約したい旨の打診があった場合、P社に対しても「通常実施権」を許諾することができ、あなたはM社とP社の両方からロイヤリティー収入を得ることができます。もちろん、あなた自身の通販からも収益を確保することができます。

ただ、「通常実施権」を許諾する契約書に「独占的通常実施権とする」というような条項が入っている場合は、「M社以外には通常実施権を許諾しない」という条件を課す契約になってしまうので、上例のように、別なP社に対して通常実施権を許諾することはできなくなるので注意してください。

(回答者:志村浩 2022年2月5日)

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