「奇術師のためのルールQ&A集」第61回
IP-Magic WG
Q:江戸時代の駕籠を使って人体交換を演じる演出を考えましたが、この演出を勝手に真似されないようにする対策はありますか?
舞台の下手から、2人の駕籠かきが「エッホ!エッホ!」という掛け声をかけながら、駕籠を担いで登場します。駕籠の中には、着物を着た女中が客として乗っていることが確認できます。駕籠が舞台の中央付近まで到達した頃に、女中が駕籠かきに何か声をかけると、駕籠かきはうなずいて駕籠を舞台の床に降ろします。駕籠に乗った女中は、眉の上に掌をかざして、客席の方を見回します。
やがて、2人の駕籠かきは、駕籠の屋根の上に巻き上げられていた「垂れ」(割竹を編んだすだれ)を降ろし、女中を駕籠の中に隠します。駕籠かきは、舞台の床に腰を降ろし、キセルを取り出して一服した後、駕籠内の女中に声をかけますが、返答がない様子。不審に思って「垂れ」を巻き上げると、女中の代わりに侍が乗っています。侍は駕籠から降りて太刀を抜いて空中を斬る仕草をし、大見得を切って舞台上手に退場。駕籠かきも一礼をした後、空の駕籠を担いて上手に退場。
だいたい、こんな演出を考えています。人体交換を行うための駕籠の仕掛けについては、現在検討中です。竹でできた駕籠に仕込む仕掛けなので、通常の人体交換箱とは若干違う仕掛けになりそうです。できれば、「駕籠を使った人体交換」という演技を私のお家芸として定着させ、他人には真似させたくないのですが、何か対策はありますか?
A:このような演技内容を知的財産として保護する法律としては、特許法と著作権法が考えられます。
「駕籠を使った人体交換」という広い概念は、著作物というよりはアイデアの範疇に入るものです。一般に、新しいアイデアの保護は、特許法の範疇になります。しかしながら、「駕籠を使った人体交換」という広い概念だけでは、特許法による保護は受けられません。特許の保護対象は、新しい技術的アイデアに限られているので、「人体交換の演技に駕籠を使う」という広い概念だけでは、特許による保護を受けることはできません。
一般的には、マジックの分野で特許による保護を求めるには、そのマジックに用いる具体的な道具が必要になる、と考えてよいでしょう。通常、マジックに関する特許の保護対象は、そのような道具の仕掛けの部分ということになります。人体交換という奇術に関しては、既にいろいろな仕掛けを用いた道具が知られています。もちろん、一般の観客には、具体的な仕掛けの内容は知られていないでしょうが、プロマジシャン、アマチュアマジシャン、マジック道具の販売業者などには、古典的な人体交換の道具の仕掛けを知る人が少なからずいるでしょう。
特許は、これまでにない新しい技術的アイデアに対して付与されるものなので、その業界の人たち(当業者と言います)に公然と知られている仕掛けについては、特許を取得することはできません。今回のケースの場合、従来の箱型の道具を駕籠型の道具に変えたわけですが、箱型から駕籠型に変えるにあたって、新たな仕掛けを開発した、ということであれば、この新たな仕掛けについて特許を取得できます。
たとえば、駕籠の奥側の「垂れ」を2重構造にして、この2重構造の間に人間が隠れる空間が形成されるようにし、「駕籠かき棒」を操作することにより、この奥側の2枚の「垂れ」のうち、手前の「垂れ」を巻き上げたり、引き下げたりできるような仕組にしておけば、駕籠かきが「駕籠かき棒」を操作することにより、奥側の2枚の「垂れ」のうち、手前の「垂れ」を密かに上下させることができ、駕籠の中で女中と侍が入れ替わることができます。
もし、このような仕掛けが組み込まれた駕籠を人体交換の箱の代わりに用いるのであれば、そのような駕籠を新たなアイデアが組み込まれた人体交換の道具として出願することにより、特許を受けることができるでしょう。「駕籠かき棒」なるものは、従来の人体交換の箱には存在しなかった固有の構成要素であり、この「駕籠かき棒」を利用して、駕籠の中の「垂れ」を密かに上下させ、人が入れ替われるようにした、という点が、これまでにない新たな技術的アイデアとして認められるからです。
あるいは、駕籠の底部に人が隠れることができる秘密の小部屋を設けておき、駕籠を舞台の床に降ろしたときに、その重みで小部屋の裏側の秘密扉が自動的に開くような仕掛けを組み込んでおくことが可能かもしれません。従来の箱型の人体交換の道具では、箱を床から持ち上げたり、床に降ろしたりする動作は想定されていません。これに対して、駕籠の場合、床から持ち上げたり、床に降ろしたりする動作は自然な動作です。この動作を秘密扉の開閉と連動させる、というアイデアは、駕籠の性質を巧みに利用した新しい技術的アイデアとして認められ、特許付与の対象になるでしょう。
それでは、床の上に置かれた駕籠をカムフラージュとして使い、ステージ背面の暗幕の割れ目から侍が密かに駕籠の裏面に近づき、駕籠の奥の「垂れ」を少し持ち上げて女中と入れ替わり、女中が暗幕の割れ目からステージの裏側へと移動するようにした場合はどうでしょう。残念ながら、このような方法で人体交換を行う場合は、特許を取得できません。なぜなら、この人体交換に用いる道具は、通常の駕籠であり、そこには、何ら新しい仕掛けは組み込まれていないためです。
別言すれば、暗幕を利用した入れ替わり方法の場合、用いる駕籠は通常の駕籠(たとえば、時代劇の撮影に利用される駕籠)であり、ステージ奥の暗幕も通常の黒い幕であるため、既存の道具しか用いていないことになるからです。もちろん、これらの既存の道具を用いて、「駕籠を使った人体交換」という新しい奇術を演じることになるのですが、前述したとおり、「駕籠を使った人体交換」という広いアイデアは、特許の保護対象にはならないのです。
駕籠の仕掛けは、現在検討中とのことですが、具体的な仕掛けを組み込んだ駕籠ができた段階で、その仕掛けが、従来の箱型の人体交換の道具の仕掛けとは異なる仕掛けであった場合には、その仕掛けを組み込んだ駕籠を「奇術用人体交換装置」のような形で特許出願するとよいでしょう。権利期間は若干短くなりますが、特許ではなく、取得費用が安価な実用新案を取得することも可能です(特許権は原則として出願から20年、実用新案権は出願から10年が権利存続期間になります)。
もっとも、特許は、駕籠に組み込まれた具体的な仕掛けの構造に対して付与されているので、ライバルマジシャンが、別な原理で動作する仕掛けを組み込んだ駕籠を用いてあなたの演技を真似した場合、そのライバルの行為を特許権に基づいて阻止することはできません。特許権は、あくまでも同じ原理の仕掛けが組み込まれた道具に対してのみ効力をもつことになります。
次に、著作権による保護を考えてみます。特許権を取得するには、特許庁に出願を行い、審査を経て登録手続を行う必要がありますが、著作権は何ら法的手続を行うことなしに、あなたが演技を完成した時点で自動的に発生します。ただ、著作権はアイデアを保護するものではなく、「創作的表現」を保護するものなので、「駕籠を使った人体交換」という広い概念について、独占権を主張することはできません。
あなたが思い描いている演出としては、次のようなストーリー展開になっているようですね。まず、2人の駕籠かきが舞台下手から「エッホ!エッホ!」と言いながら、着物を着た女中が乗っている駕籠を担いで登場し、女中の指示を受け、舞台中央で駕籠を降ろす。そして、手前の「垂れ」を降ろして女中を隠し、キセルで一服した後に「垂れ」を巻き上げると、女中は侍と入れ替わっている。侍が太刀を抜いて空中を斬り、大見得を切って舞台上手に退場。駕籠かきも一礼をした後、空の駕籠を担いで上手に退場。
上述のような具体的な人体交換の演技は、創作的表現と言えるでしょう。したがってライバルマジシャンが、上述のような演技をそのまま利用して演技を行ったとしたら、あなたの著作権を侵害する違法行為になると思われます。特許と違って、著作権の場合は、駕籠に組み込まれた仕掛けは不問です。そのライバルが、どのような仕掛けの駕籠を用いていたとしても、上述のような具体的な演出をもって人体交換を演じたとすれば、あなたの創作的表現を真似する違法行為を行ったことになります。
上述した例のように、駕籠自体に何ら仕掛けがなく、暗幕を利用して入れ替わりを行った場合も同様です。要するに、観客席から見た演技の表現が著作権保護の対象になるので、演技表現が似ていれば、あなたの著作権を侵害する行為になります。
それでは、ライバルマジシャンが、あなたの演出とは若干異なる演出で、「駕籠を使った人体交換」を演じた場合はどうでしょうか? この場合、ライバルマジシャンの演出があなたの演出とどの程度類似しているかが問題となるでしょう。法律上は、あなたの創作的表現をライバルが真似したかどうかが問題になりますが、その判断は専門家でも難しいと思います。
たとえば、ライバルマジシャンが、駕籠の女中を商家の若旦那に変更し、侍をお寺の坊さんに変更し、入れ替わった坊さんが数珠を手にして「南無阿弥陀仏」と唱えて退場する、というような演出で演じた場合、著作権侵害と言えるでしょうか? あるいは、駕籠として、町人が乗る「町駕籠」ではなく、大名が乗る「大名駕籠」に変更し、「垂れ」を上下させる代わりに「引き戸」を開閉する動作に変更した場合、著作権侵害と言えるでしょうか?
ライバルマジシャンとの間の法的争いになった場合、全体的な演技を通しての類似性が争点となり、最終的な判断は裁判官に委ねられることになりますが、「駕籠を使った人体交換」という奇術は、これまでにない特異な演出をもった奇術と言えるので、創作的表現の範囲もかなり広く認められるように思われます。
おそらく、今回のケースの場合、2人の駕籠かき、駕籠に最初に乗っている客(女中)、これと入れ替わる人物(侍)、がいずれも時代劇の衣装を纏っており、移動する駕籠が舞台中央に置かれた状態で人体交換の現象が起こる、という点が創作的表現の重要な要素と認定されると思われます。したがって、入れ替わる人物を若旦那と坊さんに変えたり、駕籠を「町駕籠」から「大名駕籠」に変えたりしても、創作的表現に大差はないとされ、ライバルマジシャンの演技はあなたの演技を真似たものであるから違法である、という判断が示される可能性が十分にあると思われます。
このような観点では、あなたが演技を行う際に、何通りかのバリエーションを作っておくとよいでしょう。具体的には、2人の駕籠かき、駕籠に最初に乗っている客、これと入れ替わる人物、がいずれも時代劇の衣装を纏っており、移動する駕籠が舞台中央に置かれた状態で人体交換の現象が起こる、という重要な要素については変えることをせず、駕籠に最初に乗っている客と入れ替わる人物を、女中、侍、若旦那、坊さんなどと適宜変え、用いる駕籠も「町駕籠」や「大名駕籠」に適宜変えたバリエーションを用意しておき、様々なバリエーションの演技を行うようにすれば、ライバルがこれらのバリエーションとは異なる演出で演技を行うこと(つまり、あなたの演技を真似したわけではない!と主張すること)は困難になるでしょう。
(回答者:志村浩 2022年2月12日)
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