「奇術師のためのルールQ&A集」第71回

IP-Magic WG

Q:野外ステージで行ったマジックの演技をYouTubeで公開したいと思います。公開予定の動画には、手前に観客が写っていたり、背景にポスターやスカイツリーが写っていたりしますが、問題はないでしょうか?

先日、公園に設営された野外ステージにおいて、不特定多数の観客の前でマジックの演技を行いました。この演技の内容をビデオ撮影してもらったので、この動画をYouTubeなどにアップして公開する予定でおります。ただ、公園の野外ステージで収録した動画になるため、観客が一緒に写ってしまっております。これらの観客は、たまたま公園を通りがかった人なので、所在不明であり、今から動画の公開について了承を得ることはできません。

また、ステージの近くにある建物には、化粧品の広告ポスターが貼ってあったので、動画には、このポスターも写っています。更に、背景には、スカイツリーも写っています。スカイツリーの画像は商標登録されているので勝手には使えない、ということを聞いたことがあります。

このような点を考慮すると、この動画を勝手に公開すると、後で文句を言われるような気がしてなりません。この動画をこのまま無断で公開しても問題はないのでしょうか?

A:あなたの演技を主とする動画になっていれば、無断で公開しても問題はありません。

まず、あなたが気にかけている観客についてですが、確かに人物には肖像権というものがあります。この肖像権というものは法律で規定されている権利ではないのですが、判例上、尊重すべき権利とされています。具体的には、他人の容貌をみだりに撮影する行為は、その他人の肖像権を侵害するものとされます。

ただ、他人を撮影することがすべて違法となると、街中でうっかり記念撮影もできなくなってしまいます。そこで、判例上は、「無断撮影された画像が公表されたときに受ける精神的苦痛が、社会通念上、受忍限度を超える場合に肖像権侵害となる」という基準が設けられています。このような抽象的な基準はなかなかわかりにくいので、具体的な事例に基づいて、判断基準を見てゆきましょう。

第1の具体的基準は、撮影が行われた場所です。一般に、自宅などの私的領域にいる他人を撮影する行為は肖像権を侵害するものとされますが、公的領域での撮影は許される傾向にあります。たとえば、自宅にいる他人を窓ごしに撮影するような行為は、私的領域での撮影として許されませんが、観光地や公園などの公的領域での撮影は問題ないことが多いでしょう。

第2の具体的基準は、写っている他人が誰であるかを特定できるかどうかです。多数の人間が遠くに写っているような場合は、個々の顔が小さく、個人個人を特定することが困難でしょう。このような場合は、肖像権の問題は生じないと考えてよいでしょう。

第3の具体的基準は、他人がメインの被写体として写っているかどうかです。たとえば、他人が画像の中心位置に大きく写っているような場合は、その他人をメインとした画像ということになるので、肖像権侵害となる可能性が高いです。これに対して、メインの被写体は別にあり、脇に小さく他人が写ってしまっているような場合は、問題ないでしょう。

これらの基準をあなたの事例にあてはめてみると、観客についての肖像権の問題は生じないと思われます。撮影場所は公園という公的領域なので、第1の具体的基準はクリアします。しかも個々の観客は大勢の中の一人ということになるので、個人の特定が困難であり、第2の具体的基準もクリアしています。更に、メインの被写体はマジックを演じているあなた自身であり、観客ではありません。したがって、第3の具体的基準もクリアしています。

次に、背景に写っている化粧品の広告ポスターについて考えてみましょう。ポスターは、その制作者の著作物であるため、当然、著作権の対象となります。したがって、原則として、このポスターを撮影し勝手に公開することは、ポスター制作者の著作権を侵害する行為になります。ただ、このような原則を厳格に適用すると、街中での撮影が自由にできなくなる可能性があります。そこで、著作権法では、本来撮影すべきものに付随して意図せずに写り込んでしまった著作物を「付随対象著作物」と呼び、これを自由に利用可能とする例外規定が設けられています。

たまたま写り込んでしまった著作物が、付随対象著作物として扱われるための第1の具体的基準は、あなたの著作物(マジックの演技の動画)に対して、写り込んでしまった著作物がメインの構成物にはなっておらず、軽微な構成部分である、というものです。あなたの事例の場合、メインの構成物はマジックを演じているあなた自身であり、ポスターではありません。ポスターは背景の一部として写り込んでいるだけであり、軽微の構成部分といえます。したがって、この第1の具体的基準はクリアしています。

付随対象著作物として扱われるための第2の具体的基準は、あなたの著作物から、写り込んでしまった著作物を分離することが困難である、というものです。あなたの事例の場合、ポスターの部分を分離すると、その部分が白抜きになってしまい、画像全体として不自然になってしまいます。したがって、この背景画像からポスターの部分のみを分離することは困難であると言えます。したがって、この第2の具体的基準もクリアしています。

更に、第3の具体的基準として、写り込んでしまった著作物の著作権者の利益を不当に害しないこと、という条件が課せられます。あなたの事例の場合、YouTubeなどに、ポスターが写り込んた動画を公開したとしても、このポスターの制作者の利益を不当に害する、とまでは言えないでしょう。したがって、この第3の具体的基準もクリアしています。

結局、背景画像に写っているポスターは、いわゆる「写り込み」と呼ばれる著作物であり、著作権法上の「付随対象著作物」に該当します。よって、このビデオ動画をYouTubeなどにアップして公開した場合、背景に写り込んだポスターについての著作権侵害の問題は生じません。

最後に、背景に写っているスカイツリーについて考えてみましょう。スカイツリーが著作物として認められたとすると、これは建築の著作物の範疇に含まれます。有名な建築家が設計した建物なども、創作性が認められれば、建築の著作物ということになります。一般に、街中で撮影を行えば、建築物の多くが背景として写ってしまうでしょう。そこで、建築の著作物については、自由に利用してよい、という著作権法上の例外規定が設けられています。したがって、スカイツリーを撮影することは自由にでき、あなたのビデオ動画において、背景としてスカイツリーが写っていても全く問題はありません。

一方、美術館に展示されている絵画や彫刻などは、その美術館が許可をしていない限り、自由に撮影することはできません。これは、絵画や彫刻などの美術の著作物は、著作権法の原則どおりの扱いを受けるためです。これに対して、建築の著作物については、上記のような例外規定が設けられているため、自由に撮影することが可能です。観光客が、スカイツリーや東京タワーなどを撮影しても問題がないのは、この例外規定の適用を受けるためです。

なお、ご懸念のとおり、スカイツリーについては複数の商標登録がなされています。具体的には、「東京スカイツリー」という文字列のほか、そのイラストやシルエットなどが商標登録されています。ただ、この商標登録によって生じる権利は著作権ではなく商標権です。商標権は、登録された商標を特定の商品などについて用いる権利であり、撮影を禁止する権利ではありません。

スカイツリーに関する商標権が問題になるのは、たとえば、饅頭や煎餅などの包装にその商標のロゴを表示して販売するような場合です。今回のケースでは、単に、ビデオ画像の背景にスカイツリーが写っている、というだけのことであり、スカイツリーを商標として用いているわけではないので、スカイツリーの商標権は全く問題になりません。

以上のことから、このビデオ動画をYouTubeなどにアップして公開したとしても、著作権や商標権に関する法的問題は生じないと言えるでしょう。

(回答者:志村浩 2022年4月23日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
  • 注3:回答は、執筆時の現行法に基づくものであり、将来、法律の改正があった場合には、回答内容が適切ではなくなる可能性があります。

ご意見、ご質問は、こちらからお寄せください。
その際、メール件名に【ip-magic】を記載願います。