「奇術師のためのルールQ&A集」第72回
IP-Magic WG
Q:ライバルのR社が、弊社の奇術用具を大量に仕入れ、これを改造して別な商品として販売しています。弊社の奇術用具については特許を取得しておりますが、R社の行為は弊社の特許を侵害する違法行為になりますか?
弊社は、カード当てを行うオリジナル商品として「騎士は語る」という製品を販売しています。この製品は、発信機となるペンと、受信機となるチェスの駒(騎士の駒)によって構成され、客の抜いたカードを当てる演技に用いることが可能であり、既に特許を取得しております。
発信機となるペンには、単一指向性の赤外線発信機が組み込まれており、特定の方向にだけ、目に見えない赤外線を発射することができます。一方、受信機となるチェスの駒には、赤外線を受信すると光るLEDが組み込まれています。たとえば、客の抜いたカードを含む5枚のカードをテーブルの上に並べ、上着の胸ポケットに差したペンから、客のカードの方向に赤外線を送信するようにしておきます。そして、客に、チェスの駒を5枚のカードの上に順に置いていってもらうと、客のカードの上にチェスの駒を載せたときにだけ、チェスの駒が発光する、という演技を行うことができます。
ところが最近、ライバルのR社が、似たような製品を販売していることがわかりました。発信機となるペンの部分は弊社製品と全く同じですが、受信機がチェスの駒ではなく、小さな熊のぬいぐるみに変更されています。ペンからの赤外線を受信すると、熊のぬいぐるみの両目が光るようになっており、チェスの駒の代わりに熊のぬいぐるみを用いて、弊社製品と同じような現象を見せることができます。
調査した結果、このR社は、弊社の販売代理店から弊社製品を大量に仕入れ、これを改造してR社の独自製品を製造していることがわかりました。R社の熊のぬいぐるみには、弊社のチェスの駒がそのまま内蔵されており、赤外線を受けてチェスの駒が光ると、その光がぬいぐるみの両目から漏れ出し、熊の両目が光って見えるような仕組みになっておりました。
実際のところ、チェスの駒を使った弊社製品よりも、熊のぬいぐるみを使ったR社製品の方が人気が高く、弊社の売上は激減してしまいました。この場合、R社に対して、弊社の特許を侵害する行為として製造販売の中止を求めることはできますか? また、弊社が、受信機として熊のぬいぐるみを用いる改良製品を販売した場合、法的問題は生じるでしょうか?
A:R社の製造販売行為は、あなたの会社の特許権を侵害することにはなりません。あなたの会社が、熊のぬいぐるみを用いた改良製品を販売する場合は、不正競争防止法上の商品形態模倣行為に該当しないよう留意する必要があります。
特許法では、権利者の承諾なしに、業として、特許製品を製造したり、譲渡したり、使用したりする行為を違法行為として禁止しています。ここで、譲渡には、有償譲渡(つまり販売)だけでなく、無償譲渡(つまり贈呈)も含まれています。もっとも、これらの行為には「業として」という制限が課されているので、個人的に使用する範囲で、特許製品の模造品を作って、これを使ったり、人にプレゼントしたりする限りは、特許権侵害の問題は生じません。
もっとも、「業として」の解釈はかなり広く、アマチュアマジシャンが、模造品をいくつか作ってマジッククラブのメンバー10人ほどに配布したとすると、「業として」の行為と認定され、特許権侵害を問われる可能性があります。今回のケースの場合、あなたもR社も、奇術用具を製造販売するメーカーですから、当然、その行為は「業として」に該当すると判断されます。
今回のケースを特許権侵害の有無を判断すべきケースとして捉えると、考慮すべき特殊な事情がいくつか存在します。まず、第1に、R社があなたの会社が製造販売している「騎士は語る」という商品を大量に仕入れている点です。つまり、R社は、あなたの会社の正規品を合法的に仕入れているわけです。第2に、R社は、この正規品をそのまま販売しているわけではなく、受信機として機能するチェスの駒の部分を熊のぬいぐるみに置き換えた改造品を販売している点です。つまり、R社は、改造品を、あなたの会社の製品ではなく、自社製品として販売しているわけです。
ここで、もしR社が、改造品ではなく、あなたの会社の製品「騎士は語る」を、仕入れたままの状態で販売していた場合はどうかを考えてみましょう。この場合、R社の販売行為には、何ら違法性がないと言えるでしょう。R社はあなたの会社から仕入れた正規品をそのまま販売しているわけですから、デパートや玩具店で奇術用具を販売するのと同様に、ごく普通の商行為を行っていることになります。
ただ、おかしなことに、この場合のR社の正当な商行為は、特許法の規定をそのまま適用すると、違法行為に該当してしまいます。前述したとおり、特許法では「権利者の承諾なしに、業として、特許製品を販売する行為」を違法行為として禁止しています。R社が、あなたの会社の特許製品「騎士は語る」を、仕入れたままの状態で販売する場合、いちいちあなたの許可を得ることはしないでしょう。したがって、R社の行為は、「あなた(権利者)の承諾なしに、業として、特許製品を販売する行為」ということになるので、法律の文言上は、違法行為に該当してしまいます。デパートや玩具店で、この特許製品を小売する場合も、同様に、文言上は、違法行為に該当してしまいます。
このような法解釈上の矛盾を解消するために、学説上は「消尽説」という説が一般に受け入れられています。この「消尽説」というのは、「特許の正規品がいったん適法に流通に置かれたときには、その正規品についての特許権は消尽するため、この正規品を更に第三者に販売する行為については、特許権の効力は及ばない」という考え方に立脚したもので、現在では特許法の上記条文を解釈する上での定説になっています。
したがって、今回のケースの場合、あなたの会社が特許製品「騎士は語る」を販売代理店に販売して正規の販売ルートに提供した段階で、この正規品についての特許権は消尽してしまったことになります。このため、この正規品に関する限り、あなたの会社に無断で転売しようが、使用しようが、特許権侵害の問題は生じないことになります。ということは、R社が、あなたの会社の製品「騎士は語る」(正規品)を、改造せずに、仕入れたままの状態で販売していた場合は、あなたの特許権は消尽してしまっているので、特許権侵害の問題は全く生じないことになります。
R社は、この正規品を仕入れた段階で、既にその代金を支払っており、その代金の一部は、販売代理店を通じてあなたの会社の売上になっているわけです。通常、商品の価格には、特許の使用料も含まれているわけですから、R社は、既に特許の使用料をあなたの会社に支払っていることになります。したがって、R社は、この正規品(特許の使用料は支払い済み)を第三者に販売しようが、自分で使用しようが、自由なわけであり、一々、あなたの会社の承諾を得る必要がないことは、直感的に理解できると思います。
ところが、今回のケースの場合、R社が自社製品として販売している商品は、正規品そのままではなく、改造品となっている点が問題になります。一般に、正規品を改造して販売した場合、その改造行為が「特許製品の再生産」と言えるがどうかが特許権侵害となるか否かの争点になります。「特許製品の再生産」とみなされるほどの大改造の場合は、特許権侵害となります。なぜなら、そのような改造品は、もはや「特許権が消尽している正規品」とは言えず、新たな製品(模造品)と言えるからです。
具体的に、どの程度の改造を行うと、「特許製品の再生産」に該当するのでしょうか? たとえば、R社が、あなたが販売した正規品の受信機(チェスの駒)の外装部分に白色のスプレーをかけ、元々の茶色い駒を白い駒にした場合を考えてみましょう。この場合、その改造行為は「特許製品の再生産」とは言えないでしょう。なぜなら、白色に塗り替えた程度では、このチェスの駒の受信機としての技術的機能に何ら影響が及ばないからです。したがって、この場合は、R社の行為に違法性はありません。
それでは、R社が、正規品の受信機(チェスの駒)を捨ててしまい、新たに受信機となる電子回路を設計し、これを熊のぬいぐるみに組み込んで、チェスの駒の代用品として機能するようにし、正規品のペンとこの代用品の熊のぬいぐるみをセットにした改造品を自社製品として販売した場合はどうでしょう。
この場合は、その改造行為は「特許製品の再生産」とみなされるでしょう。なぜなら、受信機の電子回路は、この特許の重要な技術的構成要素の1つであり、そのような重要な技術的構成要素を入れ替える改造は、特許の重要部分を新たに作る行為になるからです。したがって、この場合、R社は権利者(あなたの会社)の承諾を得ることなしに、特許製品を製造(再生産)したことになり、あなたの会社の特許権を侵害する違法行為を行ったことになります。
一方、今回のケースの場合、実際には、R社は、あなたが販売した正規品の発信機(ペン)の部分はそのまま利用して、受信機となる「チェスの駒」を「熊のぬいぐるみ」の中にそのまま埋め込んでいるようですね。ペンからの赤外線を受信したときに、熊の両目が光るのは、新たにLEDライトなどを組み込んだわけではなく、埋め込まれたチェスの駒から発せられる光が、熊の両目から漏れ出しているわけです。
そうなると、チェスの駒の受信機としての技術的機能は改造前と全く変わらないことになるので、この改造行為は「特許製品の再生産」には該当しません。R社の改造品は、あなたの会社が販売した正規品「ペン+チェスの駒」をそっくりそのまま含んでおり、いわば「ペン+チェスの駒+熊のぬいぐるみ」という構成をとっています。別言すれば、R社の改造品は、あなたの会社が販売した正規品を部品として利用した製品ということができます。
このように、他社の特許製品(正規品)をそのまま丸ごと部品として利用して新たな製品を製造する行為は、当該特許製品を再生産したわけではないので、特許権を侵害する行為にはならないのです。たとえば、特許が取得されている液晶パネルを部品として仕入れ、この液晶パネルを用いてパソコンという新たな製品を製造する行為が、液晶パネルの特許権を侵害する行為にならないことは常識的に理解できるでしょう。今回のケースでは、R社が仕入れた正規品の特許は既に消尽しており、この正規品をそっくりそのまま用いて製造した改造品は、正規品を1つの部品として製造した商品になるので、R社の製造販売行為は、あなたの会社の特許権を侵害することにはならないわけです。
結局、特許製品を仕入れて、これを再販売する場合、「特許製品の再生産」とみなされる可能性のある改造を施すことは避けた方が無難ですが、その特許製品をそっくりそのまま部品として用いて新たな製品を生み出して販売する限りは、特許の問題は生じないということになります。
なお、チェスの駒を使った製品「騎士は語る」よりも、熊のぬいぐるみを使ったR社の製品の方が人気が高いので、あなたの会社も熊のぬいぐるみを用いた改良製品を販売したい、とのことですが、その場合、不正競争防止法による商品形態模倣行為にならないように留意する必要があります。不正競争防止法では、「他人がある商品を最初に販売してから3年以内に、その商品の形態を模倣した商品を販売する行為」を不正競争行為の一形態として定義して禁止しています。
したがって、R社が販売している製品の熊のぬいぐるみとそっくりのぬいぐるみを受信機として用いた商品を、あなたの会社が販売する行為は、商品形態模倣という違法行為になる可能性があるので避けた方が無難です。実際には、熊のぬいぐるみではなく、犬のぬいぐるみ等にした方がよいでしょう。もちろん、商品形態模倣が違法となるのは、R社が最初にその製品を販売してから3年間という期間に限られるので、この3年間という期間が経過した後は、R社製品にそっくりの熊のぬいぐるみを用いた商品を販売しても、不正競争防止法違反にはなりません。
(回答者:志村浩 2022年4月30日)
- 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
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