「奇術師のためのルールQ&A集」第87回

IP-Magic WG

Q:助手の女の子を使ってナイフ投げの演技を行いビデオに収録しました。このビデオをYouTubeに公開する際には、助手の承諾が必要ですか?

助手の女の子を使った演技を行うプロマジシャンとして活動しております。1年程前に、助手の女の子を使ってナイフ投げの演技を行いビデオに収録しました。今回、このビデオの内容をYouTubeに公開する予定ですが、このビデオに出演していた助手に何らかの承諾が必要になりますか? 実はこの助手は半年前に辞めてしまい、現在は連絡がとれずに困っています。

A:助手の女の子を雇用していた場合、承諾は不要です。

プロマジシャンの方であれば助手を使った演技も少なくないと思います。この場合、助手の方には、一般の素人客とは異なり、プロの助手として、それなりの演技を行うことが要求されることでしょう。たとえば、登場する際には、両腕をテンポよく動かしながらダンスを踊るような仕草でステージを歩きまわったりするかもしれません。また、ナイフ投げの的として立つときには、腰をくねらせながら、観客に向かってにこやかに微笑み、投げキスをするかもしれません。

このような助手の演技は、あなたの演技と同様に著作物となります。そうなると、助手の演技の著作権はその助手が保有することになるのでしょうか? これはケースバイケースで考える必要があります。たとえば、助手の動作や振り付けをすべてあなたが考え、助手が一挙手一投足まであなたの指示どおりに動いたとすると、その助手の動作や振り付けはあなたの創作物ということになり、助手の演技の著作権はあなたが保有することになります。

しかしながら、現実問題として、一挙手一投足や笑顔の振り撒き方まであなたが指導することは困難でしょう。たとえあなたが助手に動作や振り付けを指示したとしても、助手の行う演技には、その助手の考え方や癖などが少なからず入り込むと思われます。そうすると、現実的には、助手の演技は、あなたと助手の共同作業によって生まれた共同著作物ということになるでしょう。結局、あなた自身の演技はあなたの著作物であり、助手の演技はあなたと助手との共同著作物ということになります。

そうなると、著作権法上、共同著作物についての著作権は全員の合意がなければ行使できないと規定されているので、助手の演技が入ったビデオをYouTubeにアップする(公衆送信権の行使)には、その助手の合意が必要になってしまいます。このような原則を厳格に貫くと、著作物の円滑な利用が妨げられてしまいます。そこで、著作権法には「職務著作」という規定が設けられています。この規定を簡単に説明すると、従業員が雇い主からの職務命令の下で創作した著作物については「職務著作」として取り扱い、この「職務著作」についての著作者は、従業員ではなく雇い主とする、という例外規定です。

今回のケースの場合、助手の動作や振り付けなどの演技が、「職務著作」と認定されれば、この「職務著作」についての著作者は助手ではなく、雇い主であるあなたということになり、結果的に、助手の演技を含めたナイフ投げの演技全体の著作者はあなた単独ということになるわけです。別言すれば、このナイフ投げの演技を収録したビデオの著作権者はあなただけになるので、このビデオをYouTubeにアップする場合、助手の承諾を得る必要はなくなります。

ただ、ある著作物を「職務著作」と認定するには、次の4つの条件が必要とされています。
条件1:雇い主の発意に基づいて作成される著作物であること。
条件2:雇い主の業務に従事する者が職務上作成する著作物であること。
条件3:雇い主が自己の著作の名義の下に公表する著作物であること。
条件4:契約や勤務規則などに別段の定めがないこと。

そこで、今回のケースについて、上記4つの条件が満たされているかを順番に見てゆきましょう。まず、条件1「雇い主の発意に基づいて作成される著作物であること」ですが、助手の演技は、あなたがナイフ投げの演技を行うために必要な演技ですから、当然、あなたの発意に基づいて作成される著作物と言えます。よって、条件1は満たされています。

次に、条件2「雇い主の業務に従事する者が職務上作成する著作物であること」ですが、あなたが助手を一定期間雇用しており、奇術の助手という業務に従事させていたとすれば、助手は「雇い主の業務に従事する者」に該当します。そして、ナイフ投げの助手としての演技は、「職務上作成した著作物」に該当します。よって、条件2は満たされています。

なお、助手との間に雇用契約がない場合、条件2は満たされない可能性があります。たとえば、このナイフ投げの演技のために、どこか別のプロダクションなどからダンサーの派遣を要請し、このダンサーに助手の役割を依頼したような場合、そのダンサーとの間に雇用契約はないので、「雇い主の業務に従事する者」に該当しません。よって、このような場合は、条件2は満たされません。また、助手の代わりに観客の中から1人の客をステージに上げ、この客に助手の役割を依頼した場合も、その客は「雇い主の業務に従事する者」に該当しないので、条件2は満たされません。

次の条件3「雇い主が自己の著作の名義の下に公表する著作物であること」はどうでしょうか。あなたが行ったナイフ投げの演技は、あなた自身のマジックショーとして行ったものであり、あなた自身の名義の下に公表したものです。助手の女の子はあくまでも助手であり、あなたの共演者ではありません。よって、条件3は満たされています。

最後の条件4「契約や勤務規則などに別段の定めがないこと」はどうでしょうか。ここで、「別段の定め」というのは、「職務著作についての著作者は助手ではなく、雇い主である」という規定に反する定め、ということです。別言すれば、「助手の演技の著作者は助手とする」というような取り決めが契約や勤務規則にあった場合は、条件4は満たされないことになります。今回のケースの場合、そのような契約や勤務規則はないと思われますので、条件4も満たされています。

結局、今回のケースでは、「職務著作」に該当するための4つの条件がすべて満たされていると思われます。したがって、「職務著作」の規定どおり、ナイフ投げの演技を収録したビデオの著作者はあなた単独ということになり、著作権者もあなた単独となるので、このビデオをYouTubeにアップする場合、助手の承諾は不要です。たとえ助手の女の子が自分で動作や振り付けを考えたとしても事情は同じです。この場合、助手の演技の本来の著作者は、動作や振り付けを創作した助手ということになるのですが、上述した「職務著作」の規定により、著作者は雇い主であるあなたになるのです。

なお、著作者があなたになるので、あなたは著作権だけでなく著作者人格権も保有することになります。この「著作者人格権」というのは、氏名表示権や同一性保持権などのことです。著作者は、著作物に氏名を表示するよう求める権利を有しており、これを氏名表示権と言います。もし助手がこの権利を行使すると、ビデオに助手の氏名を表示しなくてはならなくなります。また、著作者は、著作物の改変を認めない権利を有しており、これを同一性保持権と言います。もし助手がこの権利を行使すると、助手の演技の一部をカットして利用するような改変ができなくなります。今回のケースでは、著作者人格権も助手ではなくあなたが保有することになるので、助手がこのような権利を行使することはありません。

(回答者:志村浩 2022年8月27日)

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