第7回「天海の3ダイス・トリックについて」

         

 

 

 

 

石田隆信

天海の3ダイス・トリックは、発表するたびに改善されていたことが特徴的です。1934年の最初の解説では問題点が多かったのですが、1953年ではそれらが改善されていました。そして、1958年帰国後の方法ではさらに改善され、その後、より一層素晴らしいものに高められていました。より良いものを常に追求されていた天海の研究心が伝わってきます。

天海の3ダイス・トリックが初めて登場するのは1934年のスフィンクス誌9月号です。そして、これがスフィンクス誌に天海が掲載した最初の作品となります。その冒頭で、このマジックを発表した理由が書かれています。この部分に関しては、天海直筆の日本語文も一緒に掲載されていました。子供の頃に父親から見せられた方法で、父親の話では博徒が使っていたとのことです。博徒とは昔の日本の賭博者です。

30年以上経っても、日本でも米国でも同様な方法を演じている人物に出会わなかったそうです。そこで、昔から日本にあったものとして発表されています。つまり、天海の考案ではないのですが、スフィンクス誌では”The Tenkai Dice”のタイトルとなっていました。天海の日本語文でのタイトルは「三ツノ賽子」(3つのサイコロ)としているだけでした。しかし、その後、次々と改良され、天海原案ではありませんが、天海改案による本当の意味での「天海ダイス」となりました。

1934年の現象では、3個のダイスのトップ面が1、3、4で、3個を取り上げて裏を見せると同じ状態になっています。元に戻してテーブルに置くと、やはり同じ状態のままです。これを数回繰り返して裏を見ると、本来の裏である3、4、6になっています。これを元に戻してテーブルへ置いても3、4、6のままです。そして、その裏を見ると1、3、4に戻っており、テーブルへ転がして終わります。悪くはないのですが、効果的なクライマックスがありません。さらに、解説の問題やダイスを取り上げる時の指の使用にも問題がありました。

解説の問題は、ダイスの目の配列が日本では一般的でないダイスで解説されていたことです。3個のダイスとも左側面を2の目に統一するようになっていますが、それでは解説通りの現象になりません。ダイスの目の配列は、大きく二つに分けることが出来ます。1、2、3が見えるように置いた場合、1、2、3が逆時計回りの配列が一般的です。しかし、たまに時計回りのものがあるようです。私が持っていた10種類以上が全て逆時計回りでした。このスフィンクス誌の解説では時計回りになっていました。一般的な逆時計回りのダイスを使う場合には、左側を5の目にする必要があります。

もう一つの問題が、3個のダイスの内の2個を人差し指と小指ではさんでいることです。それでも行えますが、特別な操作を使いながら裏面を見せる時に、ダイスの保持が安定しない場合があります。小指ではなく薬指の方が安定して操作することができます。

これらの問題が、1953年のロバート・パリッシュ著”Six Tricks by Tenkai ”の本では全て改善されていました。イラストは天海自身が描かれ、一般的な逆時計回りのダイスが使われた状態になっていました。また、3個を持ち上げる時は薬指を使うように変更されています。そして、新たにクライマックスとなる現象が加えられていました。3個のダイスのトップ面を4に変えて、持ち上げて裏面を見せると3個とも1の目になり、元に戻してテーブルへ置くと、3個とも6の目になります。トップが4の3個を取り上げる時に、新たに加えられた操作が必要となります。ここでのタイトルは「スリー・ダイス・トリック」となっているだけでした。

この後、さらに改良されて、1958年の帰国以降には新しい方法で演じられています。しかし、その解説が発表されるのは、天海が亡くなられた1972年から11年後になります。1983年のThe New Magic Vol.21 No.5で「天海のスリーダイス」として最終の方法が紹介されています。なお、帰国当初の方法が、1996年発行の「天海IGP. MAGICシリーズ Vol.1」の56ページで解説されていました。

1953年のシカゴで心臓発作により入院し、1954年には療養生活のためにロサンゼルスへ戻ります。そこでラウンドテーブルを開始し、マジック仲間との意見交換が行われます。その中で天海のダイストリックも改良されていた可能性が高そうです。結局は、クライマックスの部分で、新しく2つの改良がありました。1953年の方法では、わざわざ3個のトップ面をそれぞれ4にする必要がありました。しかし、改良された方法ではトップ面を変える必要がなくなり、前の演技からそのまま続けることが可能となりました。その代わり、3個をまとめて90度逆時計回りに回転させてから持ち上げることになります。もちろん、最初から3個とも左側面は1の目にセットされています。さらに、もう一つの改良が、新たなクライマックスが加わったことです。持ち上げて裏を見ると1、2、3となり、元に戻してテーブルへ置くと4、5、6となる現象です。

帰国当初の方法では上記のような改良が加わりますが、まだいくつかの気になる問題がありました。しかし、1983年に解説された天海の最終の方法では、ムダをなくし、全体を無理のない方法に変えられていました。そして、スッキリと綺麗にまとめられていました。テーブル上でトップ面が2、3、4のダイスを示し、ダイスの目の上と下の合計が7である話をします。3個を持ち上げて裏が3、4、5であることを見せて、元に戻してテーブルへ置くと2、3、4に戻ります。次に取り上げて裏を見せると同じ2、3、4のままで、元に戻しても同じです。再度、裏を見せても同じで、元に戻してテーブルへ置くと3、4、5になっています。この3個を逆時計回りに90度回して取り上げて裏を見せると1、2、3となり、元に戻してテーブルへ置くと4、5、6になります。さらに取り上げて裏を見せると1、1、1に変わり、元に戻してテーブルへ置くと6、6、6になって終わります。

このようなダイス・トリックには特殊なタイプのパドルムーブが必要です。よく知られているパドルムーブでは表裏の2面だけで、裏を見せたようで同じ表面を見せています。ダイスの場合は、元の表面ではなく90度ずれた側面を見せることになります。前方の2個のダイスを人差し指と薬指ではさみ、前面に中指を当てています。そして、手前の1個を親指により前方の2個へ押し付けて持ち上げ、3個の裏面を見せています。この時に特殊なパドルムーブを使うことになります。この操作が日本では昔からあったようですが、文献の記載では見つけることが出来ていません。そして、天海が新たに加えられたのが、3個を持ち上げる時に親指で行う操作です。これにより新しい現象が可能となりました。

西洋ではパドルムーブを使ったダイス・トリックが古くから行われていました。1859年のDick & Fitzgerald発行による”The Secret Out”では、ダイス2個を使った方法が解説されています。なお、それ以前については、私の調査では見つけることが出来ていません。西洋ではダイス2個を使うのが一般的で、その後は1876年の”Modern Magic”や1885年の”Sleight of Hand”、そして、1903年の”Later Magic”にも2個の方法で解説されています。2個のダイスの持ち方は、親指と人差し指の間で、2個を指に沿って並べて持ち、手を返して裏面を見せることになります。

その後は1943年から1952年の間に7作品の発表が続いているのが特徴的です。その中でも代表的なのがDr Theodore Sackの方法です。1948年のThe Phoenix 152に解説されていますが、1975年のPallbearers Review WinterにはSack & Judahの改案が発表されています。なお、ライプチッヒやマルローが1個だけの方法を発表していますが、海外では天海以外の発表で3個を使った改案はないようです。

日本においては、1951年の柴田直光著「奇術種あかし」で「3つのダイス」が解説されています。前方の2個のダイスを親指と薬指で挟んでいますので、1949年の天海が一時帰国された時に教わったのではないかと考えています。その時に東京アマチュアマジシャンズクラブと交流されていたからです。ところで、柴田氏の方法はパズル的な解決法で、柴田氏が考えた方法と書かれています。3個のダイスのトップの目を、パドルムーブで裏を見せた時に、裏も同じ目にするためのダイスの目の配置についてです。転がした3個のダイスで、素早くそれができる方法を紹介されていました。

天海のスリーダイスは上から見下ろす状態で見せるのがベストです。少し離れるとダイスのトップ面が見えにくくなるからです。イスがないパーティー会場で、飲み物を置く小テーブルがあれば、その上で演じると効果的です。立った状態の数名の出席者が、上から見下ろすことになります。ところで、最近になって、野島伸幸氏がジャンボサイズの3個のダイスを使って、パーラーマジックとしても効果的な方法を発表されています。この場合には、ジャンボのダイスを両側から両手で持って演じられていました。今後も発展の可能性があるトリックです。1988年にはオランダのハーグでフロタ・マサトシ氏が、天海の改案をレクチャーされ、レクチャーノートも作られたそうです。しかし、まだまだ天海の最終の方法が海外では知られていないように思います。

(2021年5月25日)

参考文献

1859 Dick & Fitzgerald 発行 The Secret Out ダイス2個
1876 Hoffmann Modern Magic ダイス2個
1885 Edwin Sachs Sleight of Hand Changing Dice ダイス2個
1903 Hoffmann Later Magic Changing Dice ダイス2個
1934 石田天海 The Sphinx 9月号 The Tenkai Dice ダイス3個
1948 Dr Theodore Sack The Phoenix 152 Spotted Sorcery ダイス2個
1951 柴田直光 奇術種あかし 3つのダイス
1953 石田天海 Six Tricks by Tenkai Three Dice Trick ダイス3個
1974 石田天海 The Magic of Tenkai 上記の再録
1975 Sack & Judah Pallbearers Review Winter Dice ダイス2個
1983 石田天海 The New Magic Vol.21 No.5 天海のスリーダイス
1996 石田天海 天海IGP. MAGICシリーズ Vol.1 天海のスリーダイス