第26回「天海も演じた天二の袖抜けカードの謎」

石田隆信

1927年に天海氏がジェラルド・コスキー氏に天二氏の袖抜けカード(カード・アップ・ザ・スリーブ)を見せています。このことは「天海メモ」の中で報告されていました。さらに、「コスキーが言うには、アメリカで初めて見た手法であると。してみると、これは天海がアメリカにもっていったことであるが、天二師は何人から教わってきたのであろうか。それを調べようにも方法がない。」とも書かれていました。

天二(2代目松旭斎天一 1877年~1921年)氏がアメリカから1909年に帰国し、1910年の正月興行から出演していますが、その時には「袖抜けカード」を演じていたと考えられます。その口上と演出に関しては、1962年の奇術研究27号で報告されています。志良以実氏が昔に天二氏の演技を見て、未だに耳に残っている口上と演出を、記憶のままに書きつづられていました。

その口上を元にして、全体の現象をまとめますと、最初に10枚を数え、袖を伝って左懐へ通ってくることを右手を使って説明しています。左手に持ったカードを弾くたびに、1枚ずつ3枚を左懐から右手で取り出します。残りが7枚であることをカウントにより示しています。さらに続けて1枚ずつ2枚を取り出し、残りが5枚になっていることをカウントします。さらに、1枚ずつ3枚を取り出し、4枚目が通わず、脇の下を触って、引っかかっていると言ってから取り出します。最後に残ったのが1枚であることを確認して手の中へ揉み込み、手の裏表をあらためます。そして、最後の1枚を懐から取り出します。結局、最初に5枚をパームし、7枚数える時は5枚の状態でフォールスカウントしています。そして、5枚として数える時に4枚をパームしていたと考えられます。

天海氏のことですから、天二氏の通りに演じられたとは思えませんが、10枚を使って、カウントも使い、懐から1枚ずつ取り出していたことには違いがなさそうです。このような方法が、この頃までになかったのかが気になりました。ところで、ジェラルド・コスキー氏は1907年生まれで、1927年では20才です。彼が言った言葉をそのまま信じてよいのかも気になります。コスキー氏に関しては、彼の父親がアマチュアマジシャンで、6才の時に各種のマジック道具を与えて、使い方も教えています。11才の1918年にライプチッヒのスムーズで紳士的なマジックに魅せられ、その影響で静かで紳士的なやり方を守っています。その頃に大道芸人からもマジックを教わり、父親は1922年に亡くなりますが、その後も多くのマジシャンからの指導を受けています。つまり、20才であっても、かなりのマジックの知識があったようです。コスキー氏については、1983年発行の瀬島淳一郎訳”The Magic of Gerald Kosky”を参考にさせて頂きました。

天海氏は1924年に天勝一座の一員として渡米され、奥さんと共に残る決意をされます。1925年にシカゴから西海岸へ戻り、1年半近く日本人相手の巡業で、弁士をしながらの映画放映と音楽、奇術を演じたのが好評で一定額の収入を得ることができます。1927年春にロサンゼルス郊外に家を借りて、奇術研究中心の生活に入ります。その頃にコスキー氏と会われたようですが、最初に会ったきっかけについての記載を見つけることができていません。

「カード・アップ・ザ・スリーブ」は1868年のロベール・ウーダンの本に初めて解説されます。デックを使って、客のカードが客の指定枚数目より左袖を上がって左懐から取り出されます。残りのデックは数枚ずつ取り出しています。その後も同様な解説が続き、1902年のアードネス著”Expert at The Card Table”もデックを使った同様な現象です。大きく変わるのが、1902年のラング・ネイル著”The Modern Conjurer”です。チャールズ・バートラムの方法が解説されています。12枚だけが使われ、多く数えるフォールスカウントも使われるようになります。ただし、袖を通って、右ズボンのポケットから取り出す現象に変わっていました。1909年の”The Art of Magic”の本も同様です。12枚使用して、ズボンのポケットから取り出しています。1920年のStanyon著”Card Tricks”の本では、12枚使用でベストから取り出していますが、少しマイナーな本です。フォールスカウントを使わない単純な方法になっていました。1922年のデバント著”Lessons in Conjuring”では、12枚使用のズボンのポケットからの取り出しです。つまり、天海氏が演じた1927年頃までは、12枚使って、ズボンのポケットから取り出すのが一般的であったようです。

ところで、1927年よりターベルによる通信講座「ターベル・システム」が開始されます。そのレッスン12には、このマジックの2つの方法が解説され、2番目が12枚を使った上着の左内側から取り出す方法になっていました。1番目は12枚を使って右ズボンのポケットより取り出す方法です。いずれもフォールスカウントが使われています。その後もズボンのポケットからの取り出しが中心で、1950年までの上着の内側からだけの取り出しは、「ターベル・システム」での方法が再録されていた1945年の「ターベルコース第4巻」だけでした。1940年頃からは、10枚使用でズボンのポケットからの取り出しが解説され始めます。そして、1950年の「スターズ・オブ・マジック」で、Dr Daleyが新しい考えと技術を取り入れ、10枚を使った上着内側からの取り出しを発表されて話題となります。客が指定したマークのA~10を使い、Aから順番に取り出されます。このDr Daleyの方法を元にした宮中桂煥氏の方法が、2015年発行の宮中桂煥著「図解カードマジック大事典」に解説されています。また、アードネスやバーノンの方法も解説されていますので参考にされることをお勧めします。

日本においては、大正14年(1925年)の「図解説明奇術種あかし」に「袖抜きカード」が解説されていたことを、2020年の「近代日本奇術文化史」で紹介されていました。天二氏は1921年に亡くなっており、彼の演技を元に解説されている可能性が高そうです。また、1935年頃には久世喜夫編集「奇術教本」に、ターベルシステムを元にされたと思われる「そで抜けカード」が解説されます。そして、よく知られるようになる解説が、1943年の坂本種芳著「奇術の世界」の「袖を抜ける札」です。1955年にもこの本が部分的に改訂されて再版されています。この解説では、天二氏の方法を簡略化して、フォールスカウントを使わない方法になっていました。

ところで、2015年のフレンチドロップのコラムで「カード・アップ・ザ・スリーブの意外性と歴史」として取り上げています。この時は海外の歴史が中心で、天二氏のことには触れていませんでした。上口龍生氏より、天二氏の口上と演出が奇術研究27号に記載されていることを教えて頂きました。さらに、2017年に大阪中之島図書館の「天海メモ」を調べていた時に、天海氏がコスキー氏へ見せた時の記載が見つかりました。この図書館の「天海メモ」では、第12巻の297ページに掲載されていました。この中之島図書館は、現在、書庫の耐震工事のために、「天海メモ」を含めた多くの書籍が他へ移され、取り寄せに日数がかかる状態になっています。なお、2016年の上口龍生氏による「ターベルシステム・ガイドブック、レッスン11~20」では、レッスン12にカード・アップ・ザ・スリーブに関しての様々な説明がされています。歴史に関しては海外だけでなく、天二氏のことにも触れられていました。

結局、天二氏の方法は、海外の12枚をズボンのポケットから取り出す方法のままでなく、10枚にして、本来の上着の内側から取り出す方法にアレンジされていた可能性が高そうです。または、既にそのように演じていた人物が、アメリカではなくヨーロッパにいたのかもしれません。日本ではズボンからの取り出しよりも、上着からの取り出しの方が紳士的で見栄えがして好まれそうです。それを天海氏がアメリカで演じられましたが、天二氏のままではなかったと考えられます。特に最後の1枚をどのように扱われていたのかが気になります。コスキー氏がアメリカで初めて見た手法と言ったのは、天二氏の10枚を上着から取り出すことであったのか、天海氏のアレンジが加わった手法のことであったのかが分かりません。これをカードが好きなマニアには見せていたと考えられます。そのことで少し気になることがありました。

1934年頃の天海氏は、ニューヨーク郊外でマジックの研究が中心の生活をされており、Dr Daleyとも交流していました。彼の「カップ・アンド・ボール」を見せてもらったり、彼が考案した「糸を切ってつなぐ奇術」を教わっていたことが「奇術五十年」の「忘れ得ぬ人びと」で報告されています。その代わりに、Dr Daleyが興味を持ちそうな天二氏の10枚使う方法を見せていたことが十分に考えられます。天海氏がどのようにアレンジされていたのか分かりませんが、「スターズ・オブ・マジック」のDr DaleyのA~10を順番に取り出す方法に何かの影響を与えていたのではないかと想像してしまいました。

(2021年10月5日)

参考文献

1868 Robert Houdin Les Secrets de la Prestiditation et de la magie
1877 Hoffmann The Secrets Conjuring and Magic(上記英訳)
The Cards Passing up the Sleeve
1877 Edwin T. Sachs Sleight of Hand The Traveling Cards
1902 S. W. Erdnase The Expert at the Card Table The Traveling Cards
1902 Lang Neil The Modern Conjurer Passing Cards up Sleeve
1909 T. Nelson Downs The Art of Magic The Cards up the Sleeve
1920 Ellis Stanyon Card Tricks The Cards Passing up the Sleeve
1922 David Devant Lessons in Conjuring The Cards up the Sleeve
1927 Harlan Tarbell Tarbell System The Cards up the Sleeve
1935頃 久世喜夫 奇術教本 そで抜けカード
1939 Jean Hugard Modern Magic Manual The Cards to the Pocket
1943 坂本種芳 奇術の世界 袖を抜ける札
1943 Hugard & Braue Miracle Methods No.4
1945 Tarbell Tarbell Course in Magic Vol.4 The Cards up the Sleeve
1948 Hugard & Braue The Royal Road to Card Magic
1950 Dr. Jacob Daley Stars of Magic Cards up the Sleeve
1962 志良以実 奇術研究27 追憶の奇術 天二の袖抜けカード
1983 Gerald Kosky The Magic of Gerald Kosky(瀬島淳一郎訳)
2015 宮中桂煥 図解カードマジック大事典
2015 石田隆信 第70回フレンチドロップコラム
2016 上口龍生 ターベルシステム・ガイドブック、レッスン11~20
2020 河合勝 長野栄俊 森下洋平 近代日本奇術文化史 袖抜きカード

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