第28回「天海の染め分けシルク(Dye Tube)」

石田隆信

紙の筒にシルクを入れ、色が変わって出てくるのを「シルク・ダイニング」や「ダイ・チューブ」と呼ばれています。ダイには染めるの意味があります。手の中で色が変わるシルクは「カラーチェンジシルク」とか、日本では「カメレオンハンカチ」と呼ばれて、違った分類になります。

1953年の”Six Tricks by Tenkai”の冊子に解説されていますが、天海の現象は他と少し違っていました。ここでのタイトルは「ダイ・チューブ・テクニック」とされており、技術的に難しい数カ所を改良され、楽に行える方法になっています。3枚の白シルクを使うのですが、2枚は紙筒の中へ入れ、3枚目は紙筒の上へ被せています。紙筒の下側から息を吹くと白シルクが吹き上がりますが、その中には色が変わった2枚のシルクが包まれた状態となります。もちろん、紙筒を開くと白シルクは残っていません。この解説が、1958年の奇術研究10号に「ハンカチの染め分け」として翻訳されて掲載されています。

天海の方法はタネのダイ・チューブの扱いが素晴らしく、ミスディレクションや白シルクのカバーで、タネのチューブの存在を感じさせていません。ここでの解説の開始状態は、タネのチューブをテーブル上に立てて置いています。このチューブの中には、色がついたシルクが2枚セットされています。そして、そのタネのチューブをおおい隠すように紙筒をかぶせ、テーブル上で立てた状態にしています。上着の左右のポケットに白シルクが1枚ずつ入れてあり、3枚目の白シルクを右手に持った状態で開始されます。

左手でテーブルの紙筒の最下部を持って少し持ち上げ、左手の中指で中に隠されたタネのチューブを持ちつつ、この紙筒を持ち上げて右手へ渡しています(上記イラスト)。左手はタネ・チューブを持ったまま右手のシルクを取り、シルクによりタネ・チューブがカバーされた状態にしています。右手で紙筒の内側を客席に向けて空であることを示し、その中へ左手のシルクを入れるのですが、先にタネ・チューブを入れて、その中へ白シルクを入れています。次に左手は、左ポケットから白シルクを取り出し、これも紙筒の中のチューブへ入れています。この押し込みにより、タネ・チューブにセットされていた2枚の色シルクが紙筒の中へ押し出されます。

3枚目の白シルクを左ポケットから取り出そうとしますが、ないことが分かります。この時に、紙筒からタネ・チューブを右手へ落とし、右手に保持します。左手で右手の紙筒を受け取り、右手は右ポケットへ入れてタネチューブを処分し、白シルクを取り出しています。この白シルクを紙筒の上へ被せて、紙筒の下側から息を吹き上げています。

ここに解説された方法は、優しくできる1つの完成形の作品にすぎないことが天海メモを読むと分かります。ところで、16巻のボリュームのある天海メモを、天海氏が亡くなられた後、石田天海追悼の会より1970年代中頃に、新たな冊子としての「天海メモ」が発行されています。印刷可能なように最小の編集が加えられた冊子で、本来の「天海メモ」の1部分をまとめなおされていました。その中の「天海メモ4」がシルク編で、「天海メモ5」が続シルク編として発行され、それぞれにダイ・チューブのことが掲載されています。

「天海メモ4、シルク編」の63ページ「紙筒吹き上げシルクの染め変え」では、熟練したマジシャン的な方法で解説されています。紙筒を開いて改め、紙筒の状態に戻し右手に持ち、左手で白シルクを1枚入れて下から吹くと、白シルクのまま紙筒から吹き上がります。この時に左手は、上着から色シルクが入ったタネ・チューブを秘かに取り、上から落ちてきた白シルクを受け取っています。この白シルクをもう一度紙筒へ入れる時に、先にタネチューブを入れて、その中へ白シルクを入れて色変わりさせています。3枚目を吹き上げて色が変わったシルクを、タネチューブを持った左手で受け取り、他の色が変わったシルクと共に全てをアシスタントへ渡しています。なお、途中の詳細な解説がありません。

「天海メモ5、続シルク編」の23ページには、ロングビーチ大会で見たダイ・チューブの演技が紹介されています。これが、解説された天海の方法の元になるものではないかと思える内容でした。3枚の白シルクを使い、1枚を胸ポケットに、残り1枚ずつを上着の左右のポケットに入れています。紙筒の上をゼムクリップで止めて、内側にタネチューブが入っている状態で右手に持ち、左手で胸ポケットのシルクを取って紙筒へ入れます。しかし、タネ・チューブに入れずに上方へ吹き上げ、落ちてきた白シルクを左手で受け、その間にタネ・チューブを右手に抜き取っています。右手の紙筒を少し投げ上げ、内部には何もないことを示しつつ、右手のタネ・チューブを左手のシルクの陰で渡しています。シルクを紙筒へ入れる時に、先にタネ・チューブを入れて、その中へ入れて、反対側から色シルクを取り出して口にくわえます。2枚目のシルクを左ポケットから取って同様に行い、この時にタネ・チューブを右手に抜き取っています。右手をポケットに入れてシルクを取り出しつつタネを処理して、そのシルクで紙筒の外側を結んでいます。口にくわえた2枚の色シルクをテーブルへ置き、紙筒に巻いた白シルクを上側へ滑り上げて抜き取ります。この時にゼムクリップが外れ、紙が開く状態となり、床へ落とします。怪しさのある白シルクを開いて終わっています。

このロングビーチの大会が開催された年を調べますと、1952年7月のPCAM大会であることが分かりました。もちろん、天海夫妻がゲスト出演されています。上記の紹介記事の後で、いくつかの改案も解説されていました。改案として、”Six Tricks”に解説された方法に関わりのあるものでは、白シルクを入れるたびに色変わりさせないことや、3枚目の白シルクを紙筒の上から被せる方法のことも紹介されていました。

このダイ・チューブのマジックが最初に演じられたのは、1893年の英国の劇場でデビッド・デバントとされています。1枚ずつ3枚の白シルクを取り出し、それを紙筒に1枚入れるたびに色が変わり、3枚とも変えています。その後、別の現象に続けています。デバントの方法の特徴は、身体に取り付けたサーバントにより、ダイレクトにタネ・チューブを処理していた点です。1903年のホフマン著”Later Magic”の本にデバントの方法が初めて解説されています。また、1922年のデバント著”Lessons in Conjuring”では10ページを使って全体の演技が解説されています。日本では1975年発行の松田道弘著「シルク奇術入門」(日本文芸社発行)に「デバントの色変りシルク」として8ページかけて解説され、その後、12ページかけてバリエーションが紹介されていました。

ダイ・チューブの参考文献としては、1953年の”Rice’ Encyclopedia of Silk Magic Vol.2”が有名です。”Silk Dyeing”としての章が100ページほどあり、100に近い作品やアイデアが掲載されているからです。この本が、天海氏の”Six Tricks”と同じ年に発行されていたのが興味深い点です。デバントの方法が最初に解説されているのですが、それ以外で印象的な作品がアル・ベーカーの方法です。天海の方法やロングビーチで見た方法に関連があるからです。アル・ベーカーは天海氏のように、毎回色変りさせていません。3枚目のシルクをポケットから取り出す時にダイ・チューブを処理し、そのシルクで紙筒の外側を結んでいます。そのようにする理由が、ステージに上がらせた子供のアシスタントに紙筒を渡し、その中から色が変わったシルクを取り出させるためです。拍手喝采で盛り上がる場面です。結ばれたシルクを外して、紙筒を開いても何も残っていません。ロングビーチの演者の方法では、3枚目のシルクを紙筒に結ぶ目的がはっきりしていない問題がありました。

アル・ベーカーの方法が最初に発表されたのは、1938年の「グレーターマジック」の本です。それが上記の方法です。1951年には「ペット・シークレット」の本が発行され、その中では、さらに改善した方法が発表されていました。3枚目も色変りさせ、タネ・チューブもうまく処理されています。もちろん、最後は客に紙筒を渡して、色変りしたシルクを取り出させています。右手に紙筒を持って左手掌を叩くと、色変りしたシルクが出てくる見せ方が加わっていました。天海氏もアル・ベーカーと同様に、”Six Tricks”の本に発表された方法だけでなく、いろいろな方法を考えられていたようです。そして、さらに新しい考えを取り入れて改善させる努力も続けられていたと思います。

(2021年10月19日)

参考文献

1903 Hoffmann Later Magic Colour Changing by the Aid of a Paper Tube
1903 Hoffmann Later Magic Devant’s Handkerchief Trick
1922 David Devant Lessons in Conjuring The Dyed Handkerchiefs
1938 Al Baker Greater Magic Al Baker’s Dyeing Silks
1951 Al Baker Pet Secrets Finesse with the Dye Tube
1953 Harold Rice Encyclopedia of Silk Magic Vol.2 Silk Dyeing
1953 Robert Parrish Six Tricks by Tenkai Dye Tube Technique
1958 石田天海 奇術研究10号 ハンカチの染め分け
1974 Tenkai The Magic of Tenkai Dye Tube Technique
1975 松田道弘 シルク奇術入門(日本文芸社発行)デバントの色変りシルク
1975 石田天海 天海メモ4、シルク編 紙筒吹き上げシルクの染め変え
1976 石田天海 天海メモ5、続シルク編 ダイ・チューブ

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