第36回「天海の空中からシルク」

石田隆信

1937年8月のスフィンクス誌に”Silks from the Air”のタイトルで発表されています。右手の裏と表をあらため、再度、裏を見せた後で空中からシルクを取り出します。さらに、このシルクを空中で振ると2枚のシルクになります。

この時のスフィンクス誌は特別で、日本特集号ともいえる内容です。坂本種芳氏の「香炉と紐」、「新聞紙の中のハンカチの切断と復元」、イリュージョン作品の「2つの塔」の3作品が解説されています。そして、天海氏の「空中からシルク」と、日本の江戸時代の奇術書の内容が簡単に紹介されていました。

1937年といえば、7月7日に日本軍と中国軍との戦火が拡大し、アメリカ国内での日本の人気が落ちて排日気分が盛り上がっていた時期です。それにも関わらず、編集者のマルホランド氏は日本特集にされていたわけです。

ここでの天海の作品はオープニングのためのマジックです。丸めた1枚のシルクを右耳の後部に隠しています。もう1枚のシルクも丸めて、その端に黒い糸をつけてループ状にして、その中に右人差し指と親指を通しています。

右向きになり、右手を上げて背面を客側にして、丸めたシルクは手掌の糸のループに付いて隠された状態です。右中指と薬指を曲げて伸ばすことによりシルクを手背側へ移して手掌を客席に向けています。この逆の操作により手の裏を示しつつシルクを手掌側へ移して、親指で糸を切り、シルク端を持ってシルクを出現させます。このシルクを振り上げて示しつつ右耳後部のシルクを取り、2枚目のシルクも出現させています。

「天海の空中からシルク」は簡単には行えません。いくつかの工夫すべき点と、かなりの練習が必要です。これを当時の天海氏が演じられたことのすごさを感じます。1枚のシルクを丸めて耳の後部に挟むと書かれていますが、それだけでは挟めずに落ちてしまいます。また、丸めたシルクを暴露させずに手の裏表を見せるのは簡単でありません。なぜこのような難しさのある作品を掲載されたのかを、この頃の状況から考えてみました。

天海氏は1933年の後半から1935年の夏までニューヨーク郊外に住み、マジックの研究活動を中心にされていました。この時にスフィンクス誌編集者のマルホランド氏と親しくなります。スフィンクス誌掲載用のマジックの依頼を受け、1934年9月号には天海氏による「日本からの3トリック」のタイトルで解説されます。「天海ダイス」、「首を通り抜けるロープ 」”Rope Decapitation”、「天海のハンカチとコイン」 “Tenkai Coin Production”の3作品です。この時に「天海の空中からシルク」も掲載候補作品であった可能性が考えられます。なお、これらの解説文やイラストは天海氏ではなく、マルホランドやスフィンクス誌関係者によるもののようです。

天海氏は1935年8月に2回目の一時帰国され、1936年7月にロサンゼルスに戻り、10月から1937年5月までハワイに滞在されています。つまり、東部に住んでいるマルホランドは天海と会う機会がありません。しかし、1937年8月号の日本のマジック特集で天海の作品も含めるべきと考えられたと思います。そして、もう一つの重要な掲載理由が、1937年3月頃にヒューガード著のシルクマジックの本 “Silken Sorcery” が発行されたことです。その中に「天海の空中からシルク」に似たアイデアがありました。天海の方法を早急に発表すべきと考えられたと思います。ヒューガードの本の発行月に関しては、The Linking Ring誌に広告が最初に掲載された月を元にしています。

“Silken Sorcery”は83ページの本で、1974年にはDover社から “Handkerchief Magic” のタイトルで再販されています。1枚のシルクの取り出しでは、耳の後部に隠していたシルクを使う方法がありました。小さいソーセージ状にしたシルクをワイヤーで巻き付けて、ワイヤーの端をT字状にして耳にひっかけています。右袖を左手で引き上げて何も隠していないことを示す時に、右肘を曲げて右手で右耳のシルクを取ることになります。その後でシルクを出現させています。ヒューガードの報告では、フランスのマジック書(雑誌?)のM. Remi Cellierが解説していた方法で、英語の文献には発表されていないと報告しています。

また、手の裏から出現させる方法では、シルクの端に黒い糸を付け、シルクの反対の端から丸めて、さらに糸を巻き付け、糸の先を人差し指につけています。このシルクを右人差し指と小指の間に挟み、右手は空中へ伸ばして何かをつかむ動作を行い、右を向きつつシルクを手の後部になるようにして手掌を開き、何もないことを見せます。その状態からシルクを出現させています。

天海の方法の解説で奇妙なのが、丸めたシルクを単に耳の後部に隠すとしか書かれていなかったことです。実際に試してもシルクを止めることができず落下しました。天海の耳であれば可能であったのか、頭髪もうまく利用すればできたのでしょうか。それとも、ヒューガードの解説のようにワイヤーを使うか、糸でループを作って耳に引っ掛けていたのかもしれません。

天海ノートは1970年代中頃から一部分を再編集した冊子で発行されますが、1975年の「シルクマジック編」と1976年の「続シルクマジック編」があります。その両者ともに耳の後部に隠すことや、手の裏表をあらためてのシルク取り出しの記載がありません。もっと楽で効果的な方法があることから使われなくなったとも考えられます。しかし、これらのアイデアは、そのままの使用だけでなく、応用することにより面白い現象が可能だと思いました。

(2021年12月21日)

参考文献

1937 Hugard Silken Sorcery From Behind the Ear From Back Hand
1937 Tenkai The Sphinx 8月 Silks from the Air

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