第43回「天海の紙幣チェンジ」

石田隆信

10ドル紙幣の裏表をあらためて8分の1に折り、それを広げると2枚の5ドル紙幣にチェンジします。両手はなにげなく何もないことをあらためつつ操作しています。現在ではビル・スイッチの名前で、サムチップを使う方法がよく知られ、多くのマニアやマジシャンにより演じられています。天海の方法ではサムチップを使わず、それ以外の仕掛けも使っていません。

海外では1974年の”The Magic of Tenkai”に解説されているだけです。2006年に350ページほどもあるJohn Lovick著の紙幣チェンジの本”Switch”が発行されていますが、なぜかその中には天海の方法が掲載されていませんでした。日本では1971年のフロタ・マサトシ著”The Thoughts of Tenkai”に「紙幣の復活」として解説されています。日本ではドル紙幣で演じても効果が少ないので、ニセ紙幣とスイッチして燃やす方法に変えています。そして、元の紙幣が封筒の中から取り出されます。

天海の方法は、紙幣の裏表のあらためが巧妙なだけでなく、その後の折りたたんだ紙幣とのスイッチ部分の策略が大胆です。裏表のあらためは単純な1方向の回転でなくひねりも加えています。横に返して裏を示し、90度向きを変えて縦方向にしてひっくり返して横向きに戻しています。

準備として、2枚の5ドル紙幣を重ねて8分の1の大きさに折りたたんで左指にフィンガーパームしています。折り方は中央で横に折り、さらに、もう一度横に折ります。次に端の部分が内側になるように上半分を下へ折りたたみます。つまり、紙幣の裏の中央部分が両面に見える状態です。ドル紙幣は5ドルも10ドルも同じ大きさで色も同じです。5と10の数字や顔の絵が見えなければ区別がつきにくい状態です。このことを天海氏はうまく使っています。なお、最近の5ドルと10ドル紙幣は少し色の違いがあるようになっています。

客によく調べさせた10ドル紙幣を受け取り、顔の絵がある面を客に向けて紙幣の両端を左右の指で持ちます。右手を離して右指の背部で紙幣の右端を弾いて、再度、右手に持ちます。次に左指を紙幣から離し、指の背部で弾かずに中央付近を押して紙幣を右回りに回転させ裏側を示します。左指は紙幣の上側の中央付近をつまみ、右手で紙幣を逆時計方向へ90度回転させて縦状態にし、左指を紙幣の下端までずらして持ちます。紙幣の下端を右指に持ちかえ、右親指でタネの紙幣を押さえて10ドル紙幣を縦方向にひっくり返し、右手を右側へ持ってきて紙幣を横長状態に戻します。

左手は紙幣の左半分を前方へ折りたたみ、タネ紙幣は右親指で押して左親指側へ移して保持します。この半分になった紙幣の右半分を右手で前方へ折りたたみ、縦長の4分の1状態で、タネ紙幣は演者側の下半分にきています。紙幣を前方回転させ、タネが客側の上になるようにします。タネ紙幣との中央部での境目は左右の指で隠す状態にします。両指を使って紙幣の下半分を手前側に折り上げます。右手を紙幣から離し、手には何もないことを示して右手で紙幣を取り、右親指で10ドル紙幣を左手へ押し戻します。タネ紙幣を両手を使って開き、2枚の5ドル紙幣に変わったことを示します。

この作品の解説はジェラルド・コスキー氏で、イラストはボブ・ワグナー氏により描かれています。天海氏の1954年から1958年3月までのロサンゼルスでの療養生活時代に、コスキー氏が教わったものと思われます。イラストを描いたボブ・ワグナー氏は数学教師で1954年からはセミプロマジシャンとしても活躍しています。40年以上前に来日され、多数の興味深い作品のレクチャーをされました。この作品のイラストは1971年の”The Thoughts of Tenkai”を元にされているようですが、書き直されて少しの違いがみられます。なお、1974年の”The Magic of Tenkai”の本は、ジェラルド・コスキー氏が編集に関わっていますが、既に海外で発表された天海作品だけでなく、新たにコスキー氏解説による14作品が加えられています。そのイラストを二川滋夫氏が9作品、ボブ・ワグナー氏が4作品で担当されていました。

1971年に日本で解説された”The Thoughts of Tenkai”の方法では各所に違いがあります。日本の紙幣を使い、それとスイッチするニセ紙幣を使っています。解説ではニセ紙幣としか書かれていませんが、法的問題もあり、8分の1に折った両面が紙幣に似た状態であれば使えます。スイッチ方法は基本的に同じですが、途中から微妙な操作の違いがあります。コスキー氏の解説では、紙幣を横向きから縦にかえるのは右手で行なっていますが、こちらでは左指を紙幣の左端まで移動させ、右手を離して左手で紙幣を縦方向にしていました。下端部を右指に持ち替えますが、左指は紙幣を挟んで持ったままで、右手で下端部を上方へ引き上げて左指から抜いています。そして、紙幣を横向きにして、折りたたむ操作に続けていました。

さらに、コスキー氏解説の最後の折りたたまれた紙幣を右手に取る操作も違っています。右手掌を客側へ向けた時に、左親指で手前側の本物の紙幣を左手内へ引き戻しています。右手はタネの紙幣を取った後、手を返して紙幣の裏を見せて左手へ戻します。この時に右手中指と薬指で左手内の紙幣を挟んで右手内へ取っています。この右手でテーブル上の割り箸を取り、その先に左手のニセ紙幣を挟みます。割り箸の先は挟みやすいように、前もって切れ込みが入れられています。ライターを左手で取り、紙幣に火をつけ、割り箸を左手に持ちます。右手は上着の左内側に吊るしていた封筒の切れ込みに紙幣を差し込み、封筒を取り出します。もちろん、紙幣には客に印を書かせるか、紙幣番号を控えさせておく必要があります。

紙幣チェンジの原案者が誰であるのかは分かりませんが、アル・ベーカーが大きな影響を与えたと考えられます。1935年の”Al Baker’s Second Book”に”Baker’s Bill Switch”が掲載されています。折り方が天海と違い、最初に細長くなるように半分に折りたたみ、その後で横に折っています。そして、この状態で筒状にして右薬指にはめて、別の広げた紙幣を折りたたむ操作の中でスイッチしています。その後、1938年のグレーターマジックや1939年のJinx誌、そして、1943年のターベルコース第3巻のScarneの方法などがありますが、いずれも天海氏の方法と大きな違いがあります。ただし、共通点はサムチップや特別な仕掛けを使わずに行なっていたことです。

今回の紙幣のあらためや折りたたむ操作時に、タネの紙幣を持っている手を、左、右、左、右と変化させていました。この動きは「天海のハンカチとコイン」の時の隠していたコインの動きを思い出します。このような数回の移しかえの是非の問題は別にして、これが天海流と言ってもよいのではないかと思います。天海氏のようにスムーズに自然に行えればよいのですが、かなりの熟練を必要とします。アメリカにおいて、体格やスタイルで負けているからこそ、技術面での努力とこれまでになかった見せ方の工夫で勝負されていたのではないかと思いました。

(2022年2月15日)

参考文献

1935 Al Baker Al Baker’s Second Book Baker’s Bill Switch
1938 Hilliard Greater Magic Switching A Bill 2つの方法(作者不明)
1939 L. Vosburgh Lyons The Jinx Money Method
1943 John Scarne The Tarbell Course in Magic Vol.3 John Scarne’s Bill Change
1971 フロタ・マサトシ The Thoughts of Tenkai 天海の紙幣の復活
1974 Kosky & Furst The Magic of Tenkai Ten Changes to Two Fives
2006 John Lovick Switch

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