第44回「天海の13のパズル」

石田隆信

どちらかといえば地味なパズル的カードマジックを、天海氏は楽しく笑いが起こるように変えて演じられました。1963年の天海夫妻の金婚式で天海氏が披露されたマジックです。エースからキングの13枚のカードを使い、1枚を下へ移せばトップにA、2枚を下へ移せば2が現れます。これを繰り返して最後の1枚がKになるまで続けます。ここまでは地味な現象です。しかし、この後のセット方法と演じ方を指導する段階からコミカル調となり笑いが生じます。そして、最後は意外な結末となります。

海外では「スペリング・ビー」”Spelling Bee”と呼ばれる教育的ゲームが有名です。1つの単語が言われたら、そのスペルと意味を答えるゲームです。これをカードマジックに使い、O-N-Eと言いながらトップからボトムへ1枚ずつカードを移すと、トップに1のカードが現れます。これを次の数でも繰り返します。海外ではちょっとした変化を加えた方法が多数発表されていますが、カード名や数のスペリングは日本向きではありません。そこで天海氏は、1では1枚、2では2枚を下へ移す方法に変えています。しかも、単調にならず、スピーディーに行えるように工夫されていました。

1963年5月18日に天海夫妻の金婚式が開催され、天海氏がいくつかのマジックを演じられました。その時の3作品が、1965年1月発行の「金婚式記念おみやげ奇術」の冊子に掲載されています。その3作品は、「13のパズル」「ロップを切って接ぐ」「ロップの泡」です。なお、天海氏自身による解説文ですので、ロープがロップ、つなぐが接ぐとなっています。「ロップを切って接ぐ」はバーノンの方法で、天海の方法と交換したものであると紹介されていました。そして、「13のパズル」は金婚式で演じた内容を、もっと笑いが生じるように改良したことを報告されていました。

トップから4-A-K-J-2-10-6-7-3-5-Q-9-8にセットされた13枚を使い、一人の客に前へ出てもらい皿を持たせます。ステージで演じる場合はジャンボカードを使います。Aから順番に取り出したカードを表向きに皿の上に置きます。数える操作はダラダラさせない工夫が加えられていました。1枚ずつボトムへ移すのではなく、右手へ順が変わらないようにカウントして取り、まとめてボトムへ移しています。6まで取り出すと残りが7枚になります。この7枚を大きくファンに広げて、指をトップからカードに当ててカウントする方式に変えていました。最後までカウントした後はトップへ戻ってカウントを続ける方法です。そして、次のカードを抜き出して表を示して皿に置きます。海外の方法のように、ボトムへ移す単調な繰り返しにならないように考えられていたことが分かります。

次にこのセット方法を教える場面で笑いを起こしています。手伝ってもらった客に「お手伝い頂いたお礼に、あなただけにセットの方法をお教えしますから、覚えてお帰り下さい」と言って、カードの表を見せてセットの方法を見せます。なお、セットの動作は客席にもカードの表が見えるように行います。セット動作を素早く行い、終わった瞬間に相手の顔を見て「分かったでしょう」と言います。そして、すぐに客席の方を見て「お分かりになったそうです」と言い、すぐに相手の顔を見直し、そのままのポーズをしばらくの間保つことにより、客席から笑いが起こると書かれています。ただし、これはいつでも笑いが起こるとは思えません。どのような演者が演じるのか、手伝ってもらう客、観客の状況にもよります。天海氏であればどのような状況でも笑いを起こせると思いました。

セットの方法は、左手の表向きのKからAに並んだ13枚を、右手で上から順に下へ重ねて取っています。しかし、トップのKとQを手前へ、Jと10は外側へ、9-8-7-6は中央の位置を保ったまま取っています。5を外側へ、4をKとQの間へ差し込み、3と2は中央の6の下側に取ります。Aは外側の10と5の間へ入れ、外側のJ-10-A-5を引き抜いて、中央の2の下へ置きます。そして、トップのKから3までの8枚全体を外側へ移動させ、突出した状態となる9-8-7-6-3を引き抜いてトップへ置きます。以上の操作により、9-8-7-6-3-K-4-Q-2-J-10-A-5となります。これを素早く行うわけです。もちろん、このセット状態は最初のセットと配列が違っています。

このセットした13枚を裏向けて、もう一度、現象を起こす演技を繰り返します。しかし、今回は楽しいムードで演じられ、途中で意外なクライマックスとなって終わります。1枚をボトムへ移してトップにAを現し、次に右手に2枚を取ってボトムへ移します。この時には、パケットのトップを拳でポンポンと叩いてから表向けて2を現しています。3回目の時には「あなたもやってみませんか?」と言ってパケットを客に渡し、順が変わらないように3枚を取って下へ移し、3つ叩くと教えます。客がそのようにしてトップを表向けると3が現れます。「お上手お上手」と言ってほめたたえ、次は4枚で同様に行わせますが、4ではなく5が現れます。

5と他のカードも受け取り、5を裏向けてトップへ戻します。「間違いなくされましたか」と言って、4枚を下へ移し4回叩くと4が現れます。パケットを客に渡し、5でも同様に行わせると5が現れます。6も客にさせますが、叩くのではなく平手でカードの裏を3回なで回すことを告げます。しかし、この時は8が現れます。「ダメですね」と言って、カードの全てを受け取り、8をトップに戻して、6枚を下へ移して3回なで回し、さらにプッと息を吹きかけて表向けると6が現れます。「次は7ですね」と言った後で「今のカードの順がどうなっているのか見せてくれませんかと望まれることがあります。その時にはお見せすることにしています」と言いつつ、全体を表向けて1枚ずつ見せると、意外にも7-8-9-10-J-Q-Kと並んで現れて終わりとなります。

スペリングで順番にカードを現すスペリング・ビー・タイプのトリックは、歴史を調べますと19世紀からあることが分かりました。1886年のHenri Garenne著”The Art of Modern Conjuring”に”The Spelling Bee Trick”のタイトルで解説されていました。その後、1889年のホフマン著”Tricks With Cards”や、1890年の”More Magic”にも”The Spelling Trick”として同様な方法で解説されています。考案者名の記載はありません。セットはトップから3-8-7-A-K-6-4-2-Q-J-10-9-5で、Jはknaveとスペリングしていました。そのためにJ Q Kの位置が、現在の一般的な方法のセットと違っています。knaveとはトランプのJackを意味しています。Jをjackとしてスペリングする場合は、3-8-7-A-Q-6-4-2-J-K-10-9-5のセットになります。また、スペルの最後のカードを表向けて取り出す場合には、セット方法を変える必要がありますが、その方法も解説されていました。

その後の改案で話題になるのが、1934年のTom SellersのAから10まで使用し、客に渡して操作させた時には常にジョーカーが出現する方法です。1935年にはRalph W. HullがAからKまで使い、同様な現象を発表しています。これらは1937年のヒューガード著”Encyclopedia of Card Tricks”に再録されていました。また、このヒューガードの本では、JをJackとスペルする一般的な方法も解説されていました。

日本の文献では、1938年(昭和13年)の阿部徳蔵著「とらんぷ」に解説されているのを確認しています。英語でスペリングする方法で、JはJackにしていました。また、日本語で行うために「ひとつ、ふたつ、みつ、よつ、いつつ・・・」でスペルする方法も解説されています。ただし、絵札の3枚は現在向きではない言葉が使われていました。その後、よく知られるようになるのが、1956年(昭和31年)の安部元章著「トランプ手品」の本です。デックをセットするための語呂読みとして「ごくどう親父、兵隊にしろ、奥様ひとなやみ」5-9-10-K-J-2-4-6-Q-A-7-8-3を取り上げています。この配列をひっくり返せば英語のスペリング・トリックに使え、この本では「呼出しカード」として解説されています。また、Aから10まで使う英語の方法と、日本語で行う方法も解説されています。日本語は10までの方法だけで、絵札の日本語の使用を避けられたのかもしれません。

今回の作品はパズル的であり、いろいろと改案する面白さがあります。しかし、一般的な方法や改案を演じても思っているほど受けません。順番に現れる面白さは認められても、不思議さや楽しさの面では物足りません。ところが、天海氏の方法はあらゆる点でよく考えられています。ダラダラと単調にさせず、笑える要素を加えて、クライマックスも工夫されています。後は天海氏のように、なごやかなムードで面白く演じることができるかが重要になると思いました。

(2022年2月22日)

参考文献

1886 Henri Garenne The Art of Modern Conjuring The Spelling Bee Trick
1889 Hoffmann Tricks With Cards The Spelling Trick
1890 Hoffmann More Magic The Spelling Trick
1934 Tom Sellers Card Tricks That Work The Persistent Joker
1937 Hugard Encyclopedia of Card Tricks Spelling Effects in Card Magic
1938 阿部徳蔵 とらんぷ 綴字通りに札を現す事
1956 安部元章 トランプ手品 呼出しカード
1965 石田天海 金婚式記念おみやげ奇術 13のパズル

バックナンバー