第45回「天海の偶然の一致」

石田隆信

シンプルな原理のカードマジックを、ステージ用に面白く変えられていました。二人の客が覚えたカードが、二つの山から配ったカードで同時に現れます。覚えたカードが現れたら立ち上がって拍手をするようにお願いすると、二人が同時に立ち上がり拍手する面白さがあります。

1957年の「奇術研究7号」で天海氏が「ステージマジック偶然の一致」として解説されていました。この頃の天海氏は、まだ、ロサンゼルスに住われており、奇術研究の読者へのプレゼント奇術として贈られたものです。本来はテーブルの上で演じる奇術ですが、現在のアメリカのプロがステージで演じて喝采を得ていることを報告されていました。天海氏のことですから、かなり天海流のアレンジが加わっていると思います。

まずは元になった作品を調べました。1956年に発表されたフレッド・スミスの”Smith Myth”「スミス・ミス」です。Mythには作り話や神話の意味があります。これは本やマジック誌に掲載されたものではなく、Gene Gordonマジックショップから販売された”The Five O-Fetsch”の冊子タイプの商品です。Hen Fetschの5つのカードマジックと、ボーナストリックとしてFetschの友人の作品の「スミス・ミス」が加えられていました。フレッド・スミスはゴードンの店の客でもあり、彼が店を訪れた時に彼が考案したマジックの話を聞いて、「スミス・ミス」の名前で解説されました。彼が実演するのを見たことがないそうですが、マジックの知識は驚くべきものであったそうです。

この方法の1番の特徴が、二人の客は別々のカードを覚えたと思っていますが、実は同じカードを覚えさせられていたことです。そして、二つに分けた山から同時にそれぞれ1枚ずつ表を示して、二人のカードが同時に現れるコウインシデンス”Coincidence”現象として見せていました。客にシャフルさせた後で二つの山に分けたのに、二人のカードが同時に現れる不思議さがあります。その後、このような例のものを「スミス・ミスの原理」または「ラショウモンの原理」と呼ばれるようになります。ラショウモンはもちろん黒澤明監督の映画「羅生門」からマックス・メイビン氏により付けられた名前です。

「スミス・ミス」では、客にシャフルさせたデックから二人の客に数枚のカードを取らせ、何枚あるかを自分だけが分かるように数えさせています。二人のパケットを重ねてシャフルさせて演者が受け取ります。残りのデックは使いません。Aの客に向けて、左手パケットのトップから右手で1枚取り上げて表を示し「1」を数え、パケットのボトムへ表向きに重ねます。次のトップカードを「2」と数えて表を示して表向きにボトムへ重ねます。これを繰り返し、客が覚えていた数の位置にあるカードを覚えてもらいます。この操作を表向きカードが見えるまで続けて、最後のカードだけは表向けてパケットの上へ重ねます。次に全体をひっくり返して裏向け、Bの客に向けて同様の操作を行い、Bの客が覚えた枚数目のカードを覚えてもらいます。このパケットを客に渡してシャフルさせ、2つの山に配り分けてもらいます。2つの山から同時に1枚ずつ表向け、客のカードが現れたらストップを言わせるか拍手をさせます。すると、二人が同時にストップを言うことになります。

天海の方法ではステージの演技として解説されています。そして、見せ方の点で各所に違いがありますので、その点を中心に報告します。3つのピンポンボールにAとBとCを書いて、客席の別々の場所に向けて投げて受け取らせます。Aのボールを取った客に手を上げさせ「あなたは近い将来に思わね幸運に恵まれる方です」と言い、BとCの客も手を上げさせて同様なことを言って笑わせ、気持ちよく手伝ってもらいます。

Aの客に輪ゴムで止めたデックを渡し、輪ゴムを外してデックから4分の1を取らせ、残りに輪ゴムをかけさせます。この輪ゴムをかけたデックをBの客に渡してもらい、Bの客も4分の1を取らせて残りを輪ゴムで止めさせます。AとBの客には、取らせたカードの枚数を数えて覚えてもらいます。Cの客には、AとBの客のカードを重ねて受け取らせ、輪ゴムで止めたカードも受け取り、ステージに上がってもらいます。Cの客にAとBを重ねたカードをシャフルさせ、それを演者へ渡してもらいます。ここからは、AとBの客には別々に1枚ずつ表を示して、客が覚えた数の枚数目になるカードを覚えてもらうことになります。この点は「スミス・ミス」と同じですが、操作方法に違いがあります。

客に表を示したカードはパケットのボトムではなく、テーブルの上へ裏向きに置いています。次の表を示したカードはその上へ重ねることになります。この操作を繰り返すのですが、最後の1つ前のカードをインジョグしてテーブルカードに重ね、最後のカードはその上へ置きます。テーブルへ配ったカードを取り上げて左手へ置く時に、トップから2枚目の下へブレークを作ります。次に別の客に向かってカードを示す時に、最初のカードだけ2枚を取り上げて表を示してテーブルへ置き、その後も表を示す操作を続けています。

この後の両手のカードを同時に示す操作は、ステージ用に天海氏が改良された方法ではないかと思っています。Cの客にカードの山を渡してシャフルさせ、演者の左右の手の上へ交互に配り分けてもらいます。AとBの客に向かって、両手に持っているカードを同時に表を示すので、覚えたカードが現れたら立ち上がり、拍手を3回するように伝えます。両手のカードの山を表向きにして両方のカードを示し、両手を返して手背を上にして、両方の親指で示したカードをテーブルの上へ落とします(上記イラスト)。また、手首を戻して次の両手のカードの表を示します。これを繰り返すと、ある時点で二人が同時に立ち上がり拍手することになります。

今回の方法の問題点は、二人の客へ別々に表を示し続ける操作があることです。そのために間延びした印象になります。その後の発表作品の多くが、順番に表を見せる操作を1回だけにして、二人一緒に覚えた数の枚数目のカードを覚えさせています。この場合は別々のカードを覚えることになり、全く違った数理原理が使われることになります。もちろん、カードを覚えさせた後はシャフルできません。それでも、同時に現れる面白さがあります。特に話題になるのが、1962年のハリー・ロレイン著「クロースアップ・カードマジック」の本に解説された方法です。サム・シュワルツの”Sam-Ultaneous”は、面白い数理原理が使われていました。

ところが、それよりももっと後になると、元のフレッド・スミスの考えが見直され、「スミス・ミスの原理」や「ラショウモンの原理」として再浮上して、いろいろな人物により改案が発表されます。最初に覚えさせたカードを二人目にもフォースする方法や、余分な1枚を加えて、その同じカードを離れた二人にフォースすることも発表されています。この後、客にシャフルさせて二つの山に分けさせて表を示す操作は同じです。これであれば大幅に時間短縮できます。私の考えでは、天海氏が解説された方法でも、二人には5枚以上取ることを指示しておけば時間短縮できます。この場合は、最初の5枚を裏向きのまま素早く数えて配り、6枚目から表を示して配り続け、残りが5枚ほどになれば重ねたまま配ったカードの上へ置いてしまいます。

天海氏の記載では、プロマジシャンがこれを演じて喝采を博していると書かれていました。しかし、天海氏のこれまでの作品を見ますと、常に大幅な改良を加えられていますので、他のプロマジシャンの演技をそのまま解説されたとは考えられません。天海氏がこの新しい原理を取り入れて改案されたのか、また、演出面の新しい考えを加えられたのかも分かっていません。ただし、原案との違いであるボトムへ置かずにテーブルへ配り、ダブルリフトしている点は天海氏の考えかもしれません。また、最後の部分の両手の上へカードを配らせ、両方のカードの表を示して、手を返してカードを落とす操作は天海氏の方法ではないかと思いました。

(2022年3月1日)

参考文献

1956 Fred Smith The Five O-Fetsch Smith Myth
1957 石田天海 奇術研究7号 ステージマジック偶然の一致
1962 Harry Lorayne Close-Up Card Magic Sam Schwartzの作品
1980 Gene Gordon Magical Legacy The Smith Myth
1997 松田道弘 メンタルマジック事典 ラショーモン・プリンシプル
2007 松田道弘 タロットカード・マジック事典
:ラショーモン・プリンシプル パーフェクト・マッチ

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