第46回「天海のペネトロコイン」

石田隆信

コインがハンカチを貫通して下のグラスへ落下します。もちろん、コインもハンカチもグラスもあらためができます。1975年の「奇術研究73号」が「天海奇術特選集」の特集で、大矢定義氏により解説され、イラストも描かれていました。その中の1つが今回の「ペネトロコイン」です。1960年代中頃以降の考案と考えられます。

元になる作品を調べましたが、同様な方法の貫通現象は見つかりませんでした。しかし、「ペネトロコイン」のタイトルの商品が、「奇術研究」の発行元である力書房から1964年に発売されていることが分かりました。「アメリカで今大流行のマジック」と宣伝されています。ルーバー・フィドラーのゴムシートによる貫通トリックです。この当時はアメリカでも日本でも作者名が分からない状態で販売されていました。時代的にもこの商品を、天海氏はゴムシートを使わずに、ハンカチに変えて考案されたと考えられます。現在では、テンヨー社から「ペネトロコイン」の商品が発売されていますが全く違うものです。そちらでは客のサインのあるコインが、数枚重ねの円盤状の容器の中の小さい袋から取り出される現象です。

天海の方法では、ゴムシートに代わるタネが必要です。秘かにもう1枚のコインを使い、1枚にはマグネットのシートをくっつけ、他方のコインはマグネットにくっつくコインが使われています。この当時の日本の50円玉は、マグネットにくっつくだけでなく、マジックに使用しやすい大きさのあるコインでした。つまり、当時、この50円玉があったことから、この方法を考案された可能性も考えられます。もちろん、このタネだけでなく、天海氏の巧妙な操作が重要です。

マグネットにくっつくコインを使った作品として、1965-66年度版”Ireland Year Book”には、ジェラルド・コスキーの方法が発表されています。マグネットが入った少し厚いハガキをグラスに乗せて、その下にコインをくっつけ、もう1枚の同じコインを上から叩きつけます。コインが貫通してグラスに落下したように見せることができます。そのままハガキを取り上げてひっくり返せば、叩きつけたコインが下側にくっついて隠れた状態になっています。

また、1966年発行の「ニュー・モダンコインマジック」には、U.F.Grantの小さいトレイをグラスに乗せて貫通させる方法が解説されています。トレイの上に置かれたマッチ箱にはマグネットが仕込まれ、その上へクイーンのカードとサインさせたコインを包んだ紙が置かれます。コインは既に抜き取られてトレイの下にあり、トレイの上にある全体を持ち上げるとコインが落下します。そして、この本にはもう一つの興味深い貫通現象がありました。それにはマグネットは使われていません。4分の1に切った男性用シルクハンカチをグラスの口に輪ゴムで止めて、シェルコインを使って貫通させる現象です。数枚重ねたコインで1枚をそれらの下へ差し込むと、1枚がハンカチを貫通してグラスへ落下します。これは根本毅氏とエド・マルローの共作となっていました。天海氏の方法が考案された年数がこれらよりも後であれば影響を受けられていたかもしれません。いずれにしても、天海氏のような貫通現象は他では見つかりませんでした。

天海の方法では、各部分のハンドリングに天海流が感じられます。グラスからハンカチを取り出し、ハンカチを広げて裏表を示しつつ、ハンカチにセットしたコインを左手へ落とし、ハンカチを広げて裏表を示す操作でコインを秘かに右手へ移していました。ハンカチの準備は、4分の1にたたんで、それを三つ折りにしてタネのコインをはさみ、さらに、半分に折ってグラスへ入れています。左手でグラスを持ち上げ、右手でハンカチを取り出し、グラスをテーブルへ置きます。右手でハンカチの上部を持って、三つ折りを開く時にコインを左手へ落としてパームします。左手でハンカチの上部の左端を持ち、ハンカチの上辺を右手で左から右へしごいて広げて示します。ハンカチの右上を右手で前方へ投げて裏面が見えるようにした時に、右手を左手下方へ近づけ、左手から落下させたコインを右手で受け取ります。そして、ハンカチの裏面も上辺を右手でしごいて広げています。

ハンカチを左腕へかけて、右手はコインが入った2つ目のグラスを取り上げます。グラスを振ってカタカタと音をたて、コインが入っていることを知らせます。コインをグラスから左手へ落とし、グラスをテーブルへ置き、右手でハンカチを広げつつ左手のコインの上へかぶせます。ここで客を見て、「しまった」といったジェスチャーで少し頭をかいて、右手をハンカチの下へ入れ、右手にパームしていたタネコインを取り出します。これは、いかにも左手に置いていたコインのように思わせ、ハンカチの上へ乗せます。このコインの下には、ハンカチをはさんでコインがあり、2枚がマグネットによりピッタリとくっつくことになります。

この後、ハンカチの上のコインをよく見せて、テーブルの上のグラスの上へかぶせます。左手でハンカチの上よりグラスの側面を持ち、ハンカチを下へいっぱいに引っ張り、グラスのトップの表面をピンと張らせます。左手の位置は、グラスのトップからコインの直径の長さよりも下になるようにします。右手でコインを叩くと、ハンカチの下のコインが音を立ててグラスの中へ落ち、ハンカチの上のコインは右指にピンチして左手の親指のつけ根へ落とします。コインはグラスにもたれかかるように親指つけ根の上で立った状態です。(上記イラスト)

この後の隠しているコインの扱いが最も天海氏らしさを感じてしまいます。右手、左手、右手をあらためつつグラスを持ちかえ、最終的に左手から落下させたコインを右手で受け取り、ハンカチを客側からまくり上げて左手へかぶせます。右手でグラスを取り、グラスを振ってコインの音をたて、テーブル上の別のグラスへコインを落とし入れます。左手はハンカチを空中へ投げ上げて左手で受け取り、これを右手のグラスに入れ、テーブルへ置く時に右手のパーム・コインもハンカチへ落として終わります。

天海氏は1958年に帰国され東京に住われ、1963年の金婚式後に再び体調を崩されます。数ヶ月間入院されますが、その後、1965年5月に名古屋に移り永住を決められています。天海氏宅では、名古屋アマチュア・マジシャンズ・クラブが月2回の講習会を開催されます。5~6人しか入れない部屋のために交代制であったそうです。天海氏から教わったマジックを、1974年の天海氏の3回忌を迎えたのを機に、大矢定義氏がレクチャーノートを整理してまとめられました。その中と個人的に教わったものからピックアップされて1975年の奇術研究73号に掲載されています。

「天海のペネトロコイン」では、ハンカチのあらためやコインを貫通させた後のあらために、天海のハンドリングの特徴がよく現れていると思いました。そして、隠れたコインをうまく扱われていました。特にコインを貫通させてからのタネのコインを、左手、右手、左手に変えて支えて、最後には落下させたコインを右手で受け取るハンドリングは、天海流と言ってもよいのではないかと思います。これと同様な現象でダイスを使った「ペネトロダイス」も考案されており、創作と改案が止まることがない熱意に感激させられます。

(2022年3月8日)

参考文献

1964 奇術研究35号 ペネトロコインの商品広告(力書房)ゴムシート
1966 Gerald Kosky 1965-66 Ireland Year Book Penny-Thru
1966 U.F.Grant New Modern Coin Magic The Queen Bows
1966 Takeshi Nemoto & Marlo New Modern Coin Magic Hanktration
1975 石田天海 奇術研究73号 ペネトロコイン(大矢定義解説)
2006 石田隆信 フレンチドロップ・コラム ゴムシートによるコイン貫通

バックナンバー