「奇術師のためのルールQ&A集」第19回
IP-Magic WG
Q:コメディーマジックを演じているプロマジシャンです。
奇術の現象を生じさせる「おまじない」の言葉として、昔から「アブラカタブラ」や「チチンプイプイ」という呪文が使われていますが、私の場合、やや不謹慎かもしれませんが、「お焼香」と言いながら焼香をするしぐさを芸に取り入れて笑いを取っています。おまじないの言葉として「お焼香」を使うことを他人に真似させたくないのですが、何か方法はありますか? 特許を取ったり、商標を登録することは可能ですか?
A:なるほど、コメディーマジックの演技において、おまじないの呪文として「お焼香」という言葉を唱えれば、ブラックジョークとして大受けすることでしょう。
確かに、奇術のおまじないの呪文として「お焼香」という言葉を唱える、というアイデアは、非常に奇抜なアイデアです。
一般に、知的財産保護制度の枠組みの中では、アイデアの保護は特許制度や実用新案制度の受け持ちになっています。ただ、特許や実用新案による保護対象となるアイデアは、「自然法則を利用した技術的思想の創作」と定義されているので、「ある特定の場面で、ある特定の言葉を唱える」というようなアイデアは、特許や実用新案による保護の対象外になります。もともと、特許制度や実用新案制度は、産業の発達に寄与することを目的とした制度なので、産業とは無関係な「言葉」の保護までは想定していないのです。
言葉に独占権を与える制度としては商標制度があります。ただ、商標制度で保護されるのは、「ある特定の言葉を、ある特定の商品や役務に使うこと」です。ここで「役務」というのは、何らかのサービス提供業務を言います。たとえば、「ビデオカメラ」という商品に「SONY」という言葉を使うことや、「TV放送」という役務に「NHK」という言葉を使うことは、商標権により保護することができます。
もちろん、「お焼香」という言葉も、特定の商品や役務に関連づければ、商標権を取得して保護を受けることができます。たとえば、「どら焼き」という商品に「お焼香」という言葉を使うことについて商標権を取ることができます(あまりよりネーミングではないですが)。ただ、この商標権は、「どら焼き」という商品のブランド名として「お焼香」という言葉を独占的に使う権利であり、「ビデオカメラ」という商品のブランド名として「SONY」という言葉を独占的に使う権利と同様です。
「SONY」という言葉について商標権があったとしても、それは商品のブランドとして用いることを独占する権利であり、「SONY」という言葉自体の使用を独占できる権利ではないのです。ですから、奇術の演技において、おまじないの呪文として「アブラカタブラ」の代わりに「SONY」という言葉を使うことは自由です。そもそも、誰かに特定の言葉の使用を独占させる権利を与える、なんてことは常識に反します。ご質問者の意図も、あくまでも奇術を演じる際の呪文として「お焼香」という言葉を用いることを真似されたくない、ということかと思います。
それでは、「奇術の呪文」として「お焼香」という言葉を使うことについて、商標権を取得することは可能でしょうか? 残念ながら、答えはNoです。上述したとおり、商標制度で保護されるのは、「ある特定の言葉を、ある特定の商品や役務に使うこと」です。ここで、「商品」や「役務」というところが重要です。「奇術の呪文」は「商品」ではありません。また、「奇術の呪文」は「役務」でもありません。「役務」とは、何らかのサービス提供業務を指しており、たとえば、広告業務、保険業務、不動産管理業務、放送業務、清掃業務、輸送業務、演芸の上演業務、飲食物提供業務などは、いずれも「役務」に該当します。しかしながら、「奇術の呪文」や「奇術の呪文を唱えること」は、社会通念上、「役務」とは認識されておりません。
もっとも、「奇術の上演」であれば、演芸の上演業務の一形態であり、「役務」に該当します。したがって、「奇術の上演」という役務に「お焼香」という言葉を使うことについては、商標権を取ることができます。しかしながら、この商標権は、「奇術の上演」という役務のブランド名として「お焼香」という言葉を独占的に使う権利であり、いわば「お焼香一座によるマジック公演」全体を指す言葉として扱われます。
したがって、このような商標権を取得すれば、舞台正面に「お焼香」という看板を掲げたマジックショーを開催することや、マジックショーの広告のビラに「お焼香」というタイトルを記載する行為に関しては独占権が与えられますが、演技中に「お焼香」という呪文を唱えることについては権利は及びません。結局、奇術の呪文として「お焼香」という言葉を唱える、という行為については、商標制度による保護を受けることはできません。
次に著作権による保護を考えてみます。著作権による保護対象は「著作物」です。著作権法上、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの」と定義されています。奇術の演技は、「思想又は感情の創作的表現であって文芸の範囲に属するもの」と言えるので、著作権による保護対象となる「著作物」に該当すると言えます。したがって、奇術の演技を無断で撮影し、その動画を勝手にYouTubeに投稿する行為は著作権を侵害する違法行為になります。「文章」はどうでしょうか? 奇術の解説書や書籍は、やはり「著作物」に該当するので、多数の複製品を配布する行為は著作権を侵害する違法行為になります。
しかしながら、文章の構成要素である個々の単語は、著作物には該当しません。「リンゴ」や「バナナ」といった1つ1つの単語に誰かの著作権が発生していたら、文章を書くことができなくなってしまいます。したがって、「お焼香」という1つの単語には著作権は発生しません。
もちろん、ご質問者は、「お焼香」という言葉自体に独占権を得ることではなく、あくまでも「奇術を演じる際の呪文」という限定的な利用形態において「お焼香」という言葉を用いることに独占権を得ることを想定しているものかと思います。しかしながら、著作権法には、特別な状況下で特定の単語を用いることを保護する特別な条項は設けられていません。したがって、奇術の呪文として「お焼香」という言葉を唱える、という行為については、著作権による保護を受けることはできません。
結局、他人が「奇術の呪文」として「お焼香」という言葉を使うこと、を法的に禁止することはできないのです。ただ、あなたの場合、おまじないの演技を行うときに、「お焼香」と言いながら焼香をするしぐさを行っているようですので、このしぐさを含めた演技全体については、著作物としての創作性が認められれば、著作権による保護が受けられる可能性があります。
具体的には、ごく一般的なお焼香のしぐさでは創作性が認められない可能性がありますが、たとえば、両腕を大きく広げてから、両手の指先でそれぞれ灰を摘み上げる動作をして「お焼香」と唱え、両手の指を擦り合わせるような動作で灰をバラ撒くジェスチャーを行うとか、左手に箱を持ち、右手で灰を摘み上げる動作をして「お焼香」と唱え、右手を箱の上で8の字を描くように動かしながら灰を振りかけるジェスチャーを行うとか、ユニークな振り付けを行いながら「お焼香」という呪文を唱えるような演技であれば、創作性が認められ、著作権による保護が受けられる可能性はあります。
(回答者:志村浩 2021年4月21日)
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