「奇術師のためのルールQ&A集」第24回

IP-Magic WG

Q:斬新なデザインのカップ、コインボックス、リングなどで、他社がデザインを盗用するのを防ぐにはどうすればよいですか?

マジック用具の製造販売業を営んでおります。金属加工が得意なため、カップ、コインボックス、リングなどの金属を用いた道具を主力製品として全国のマジックショップやネットを通じて販売を行っています。他社製品との差別化を図る上で、カップなどの金属表面に紋様を彫ったものや絵柄模様を施したものなど、斬新なデザインの製品を開発中です。また、個々のリングが三角形や六角形をしたリンキングリング、リング表面に白黒ストライプ模様をあしらったシマウマ模様のリンキングリングなどの製品も製作してみるつもりです。このような新製品を発売する場合、他社がデザインを盗用して類似品を販売することを防ぐには、どうすればよいですか?

A:カップ、コインボックス、リングなどは、いずれも古典的な道具であり、様々な業者から様々な製品が販売されています。

したがって、これらの製品の表面に独特の模様をあしらったり、製品の形状を奇抜にしたりすれば、それだけ他社製品との差別化を図ることができ、商品価値を高めることができるかと思います。このようなデザインに関する工夫については、特許や実用新案による保護は受けられません。

特許や実用新案は、新しいタネや仕掛けを発明した場合に付与されるものなので、デザインについては、それが今までにない奇抜なものであっても、特許権や実用新案権の対象にはならないのです。また、絵画のような創作性のある絵柄であれば、著作権による保護対象になりますが、波型模様、市松模様、星形模様のようなありふれた模様では、創作性が否定され、著作権の保護対象にもなりません。

ただ、何らかの物品に特化した斬新なデザインであれば、意匠制度による保護が受けられます。たとえば、コインボックスは昔から知られている奇術用具なので、今から特許出願しても「既に過去にある発明」という理由で拒絶されてしまいます。ところが、昔からあるオーソドックスなコインボックスであっても、これまでにない斬新なデザインをもった製品であれば、特許庁に対して意匠登録出願を行い、審査を経て意匠登録を受けることにより製造販売等の独占権を得ることができます。

たとえば、コインボックス本体部の側面を赤白の水平ストライプにし、蓋の上面を青地にして、そこに多数の白い星形を並べたデザインにすれば、全体が星条旗のように見える斬新なデザインのコインボックスになります。もちろん、星条旗という旗は、米国の国旗として周知ですが、コインボックスの模様としてこれまでに採用した例がなければ、斬新なデザインとして意匠登録される可能性があります。

意匠登録の保護対象となる「意匠」というのは、要するに「デザイン」ということで、意匠法上「物品の形状、模様もしくは色彩、又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるもの」と定義されています(令和2年の法改正で、建築物や、操作パネルの画像なども含まれるようになりました)。上の例は「星条旗模様のコインボックス」という例ですが、模様だけに限らず、斬新な形状や色彩をもった物品も意匠登録の対象になります。

たとえば「8角形のコインボックス」や「蓋の上面が紫、蓋の側面が黄色、本体部の側面が青、本体部の底面が赤のコインボックス」のような製品も、そのデザインに斬新性が認められれば意匠登録されます。デザインに斬新性があるか否かは、審査官が過去の製品などに照らして判断することになります。もし「6角形のコインボックス」というものが既に知られていたとしたら、「8角形のコインボックス」の斬新性は認められない可能性が高いでしょう。

もちろん、意匠登録の対象は、クロースアップマジックの道具に限定されるわけではなく、イリュージョンに用いる大道具も対象になります。たとえば、正面にガイコツの絵が描かれたジグザグボックスも、これまでにない斬新なデザインと判断されれば意匠登録を受けられます。このジグザグボックスに入った美女が、ガイコツの衣装を着て出てくる、という演出も可能です。このような演出自体は特許の保護対象にはなりませんが、ガイコツの絵が描かれたジグザグボックスについて意匠登録が得られれば、実質的に、このような演出を意匠権で保護することができます。

一方、「三角形のリンキングリング」や「六角形のリンキングリング」については、一応、意匠制度の保護対象にはなりますが、デザインの斬新性が認められるかどうかは未知数です。もし、これまでに「円形のリンキングリング」しか知られておらず、リンキングリングは「円形」であることが奇術界の常識であったので、これを三角形や六角形にするという発想は、奇術分野の業界人にとって画期的なことだ、という出願人の主張が認められれば、審査で登録が認められるでしょう。

しかし、「三角形のリンキングリング」は、楽器のトライアングルと変わらないので斬新性がない、と判断されれば、拒絶されてしまうかもしれません。「六角形のリンキングリング」も、デザイン的には、ハニカム構造としてよく知られているので斬新性がない、とされるかもしれません。「シマウマ模様のリンキングリング」については、「白黒ストライプ模様をあしらったリング」というもの自体があまり見かけないものなので、登録になる可能性が高いでしょう。

なお、「三角形のリンキングリング」、「六角形のリンキングリング」、「シマウマ模様のリンキングリング」については、その形状や模様に何らかの技術的効果があれば、特許や実用新案を出願することも可能です。特許や実用新案の場合、「デザインが斬新か否か」という観点ではなく、「そのような形状や模様の製品がこれまでに知られておらず、かつ、そのような形状や模様によって何らかの技術的効果が生じるか否か」という観点から審査されます。

たとえば、リングを三角形や六角形にすることにより、リングの角に別なリングをぶら下げることができるようになり、これまでにない新たな抜き差しの技法が可能になる、というような事実があれば、形状を三角形や六角形にしたことによる新たな技術的効果ということができます。あるいは、「シマウマ模様のリンキングリング」については、もし、リングの白黒ストライプ模様における黒い部分に切れ目を作ってキーリングを構成することにより、キー部分を隠さなくても、観客がキーの存在に気づかなくなる、というような事実があれば、やはり特許の対象となる技術的効果ということができます。

結局、斬新なデザインをもつ製品を開発し、そのデザインを真似されたくないと考えている場合、基本的には意匠による保護を求めるべきですが、そのデザインによって、何らかの技術的効果(新しい技法が使えるようになるとか、タネが隠されるとか)が生じるのであれば、特許や実用新案による保護を求めることも可能ということです。

(回答者:志村浩 2021年5月22日)

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