第9回「天海のペネトレーションハンカチ(1本のロープに結ばれたシルク)」

石田隆信

天海氏による1本のロープに結ばれたシルクの脱出は、もっとも完成度の高いマジックです。ロープにシルクを普通に結んだように見えるだけでなく、近くで見ても結び目の中をロープがまっすぐに通っているように見えます。そして、ロープの両端を持っているだけでシルクが結ばれたまま外れます。各種の方法を試しましたが、完成度の高さに感激させられます。

これを初めて見せていただいたのは横浜の小川勝繁氏からです。本来の天海メモには解説されているのですが、それ以外の天海の作品を紹介した文献には、最近まで掲載されていませんでした。そのためか、ほとんど知られていないようです。2013年発行の Monthly Magic Lesson Vol.96 の小川勝繁氏による「天海のペネトレーションハンカチ」が最初の解説だと思います。

大阪府立中之島図書館3階の大阪資料古典籍室には天海メモのコピーが16巻保管されています。昔のコピー用紙が使われているので、1巻だけでもかなりの重さがあります。以前に全巻を一通り目を通したことがあり、ロープ関係が第11巻にあることが分かっていましたので、それを見せてもらいました。その解説があるだけでなく、その数ページ前には別の方法のイラストが描かれていました。その方法のことを調べますと、1953年のGenii誌5月号に解説されたTan Hock Chuanのものであることが分かりました。

興味深いことは、天海メモのその解説の冒頭に記載されていたことです。「改良すること4回にて完成に近い動作ができた。もし、その種をあかさずして4回繰り返して奇術師に見せても種は解らぬまでに改良されている事をほこる」と書かれていました。満足できる状態に完成した喜びの文章です。確かにこの方法を習得しますと、操作のスムーズさと結び目の完成度に感心させられます。

天海の方法の元になる作品を調べますと、やはり、1953年のTan Hock Chuanのようです。シルクを結ぶ時のシルクの重ね方や、ロープへの絡ませ方、そして、ロープからのシルク端の抜き出す方向が同じであったからです。しかし、見た印象は大幅に違っています。この二つの方法以外は、シルクの重ね方が逆であったり、その他の点でも違いがありました。さらに、天海の方法の独自の特徴が、ロープを客に持たせていないことです。他の方法では、ロープの両端を客に持たせて水平にしています。そして、少しロープをたるませて、シルクを結びながら特別な操作を行っています。元になるTan Hock Chuanもよく考えられていますが、ハンドリング上では問題を感じました。また、結び目部分を近くで見ますと、ロープが結び目の中へ入り、中断しているように見えます。

天海の方法ではスマートでスムーズに行えるように改善されていました。シルクで大きなループを作り、その中へ手を入れてシルクの一端を引き出して、一気に結んでいます。そして、秘かにシルクの他端がロープを超えて外す行為が、シルクに隠れてスムーズに行えるように工夫されています。ロープを客に持たせずに、演者がロープを持ったまま演じているので、操作しやすいのかもしれません。

ロープの中央部を左手の人差し指と中指の間に通し、ロープの左半分は下方にたらし、右半分は端を胸ポケットに入れて、水平に少したるませた状態にしています。シルクの上端を左手中指と薬指の間を通過させて、左親指と人差し指で持ちます。シルクの下端を右手に持ち、水平のロープの外側から手前を通って左手人差し指と中指に挟んで持ちます。このシルクの大きなループの中へ右手を入れて、垂れ下がった左半分のロープの向こう側から人差し指と中指で持っていたシルク端をつかんでいます。そして、右手はループの中を引き戻して、一気に結び目を作っています。この操作の時に左中指により、シルクの他方の端をロープを超えて引き抜くことになるのですが、自動的にスムーズに行えるようになっていました。

この後、左右の手にシルク端を持って引っ張り、ロープにしっかり結ぶことになります。特徴的なことが、それぞれの手にロープも持っていることです。これは重要なことです。シルクの引っ張る方向がロープと同じ方向になることで、シルクの結び目内部のロープの状態がZ字型となり、そのまわりをシルクが絡まって、まっすぐ通過しているように見せることができます。他の方法ではロープがU字型となり、近くで見ると窪んで中断しているように見えてしまいます。

ところで、天海の方法ですが、少し顔を横向けた時にシルクが外れて落下する演出になっています。この表現が上手くできそうになければ、息を吹きかけて落下させる見せ方もできます。しかし、観客席と同じ高さで演じる場合に、演者の下半身が見えないことがあります。その場合には、空中へ飛び上がらせる方が見栄えします。これは平岩白風氏が別の原理の方法を奇術研究に解説された時に、飛び上がらせる方法で書かれていました。天海氏の方法も空中に飛び上がらせるのには非常に適した状態になっています。

ロープに結んだシルクの脱出の歴史ですが、かなり新しいことが分かり驚きました。2本の紐(ロープ)からの脱出は16世紀からある古い歴史のマジックですが、それにシルク(ハンカチ)が使われるようになるのは1937年からであったのが意外です。さらに、1本のロープからシルクを脱出させる場合は1941年が最初のようです。いろいろ調べましたが、それ以前では見つけることができませんでした。

最初となる1941年には二つの方法が発表されています。しかし、この二つとも天海の方法とは全く別の原理による方法です。ターベルコース第1巻の「トミー・ダウドのシルクペネトレーション」では、フォールスノットでロープに結んだ後、シングルノットを加えて外しています。この方法では、ロープを垂直にしてロープの上端を歯ではさみ、下端を足で押さえて演じています。なお、この第1巻には「アル・ベイカーの腕を通り抜けるハンカチ」のマジックの解説もあり、全く同じ結び方でロープの代わりに客の腕が使われていました。この方法は、1933年の「アル・ベーカー・ブック」に既に解説されており、このような結び方で外す方法の最初となるのかもしれません。1941年のターベルコース第1巻には、同じ方法でシルクにシルクを結んで外す「ファントムノット」が解説されています。

1941年のもう一つの方法は、エンサイクロペディア・オブ・ロープトリック第1巻のJay-Bee’s Knotです。ロープの中央部に小さい二つの輪を作り、その中へシルクを通して、ゆるく1回だけロープに結びつけています。ロープを引っ張って真っ直ぐにするとシルクが結ばれたまま絡まった状態になります。これをつまんで左右に動かして結ばれていることを示した後、上方へ引っ張り上げて外していました。

1944年にシルクをロープにシングルに結んだ状態で外す方法が発表されます。これが今回の方法の原案と言ってもよいものです。1944年のフェニックス誌66号でWalter Gibson & L.Vosburgh Lyonsが発表しています。シルクをほどかずに、もちろんロープの端も使わずに結ばれたまま外す方法です。どちらかといえばパズル的要素が強いマジックです。シルクの結び目に指を入れて、ロープをU字状にして下へ引き出し、そこへシルクの一端を通過させています。そして、結び目を締め直すと、結び目の中でロープがU字状で絡まっただけの状態で、ロープの両端を引っ張るとシルクが外れます。

これは客が結んだ場合には、少しシルクの状態の修正が必要となります。少しでも行いやすくするために演者が結ぶ方法になっています。1951年のGeniiの7月号のLarry Beckersの作品もよく似た方法です。これらの解説のイラストを見ると簡単に行えそうに見えますが、思っている以上に手間がかかります。狭い結び目の中へ指を入れて行うことや、シルクが絡まって邪魔をすることがあるからです。

上記の方法の改案として登場したのが、ロープにシルクを結びつつシルクの一端をロープの上を通過させて外し、そのままロープに絡ませる方法です。1953年のGenii誌にTan Hock Chuanが発表しています。シルクを結んだ後で秘密の操作を行うよりも、結びながら外す方がスムーズに行える利点があります。1954年にはターベルコース第6巻でJimmy Herpickの方法が掲載され、1967年にはGenii誌のハル・ロビンスの方法や、その後はそれに影響を受けたブルース・サーボンの方法も有名になります。

日本においては、1967年の奇術界報309号に高木重朗氏の方法が解説されています。これは天海氏と同様で、演者がロープを持った状態でシルクを結んで行う方法です。そして、1968年には加藤英夫氏が「まじっくすくーる No.53」に、新しい結び方の発想の”Through Solid”を発表され、1969年のGenii 9月号にも掲載されています。なお、2011年発行の「世界のロープマジック2」では、海外で発表されたラリー・ベッカー(P. 29)、タン・ホック・チュアン(P. 30)、ハル・ロビンス(P. 187)、加藤英夫(P. 191)の方法が解説されていますので参考になります。

天海の方法が最もスムーズで、怪しさを感じさせずにロープにシルクを結ぶことができます。しかも、結ばれた部分を近くで見せることもできる完成度があります。しかし、海外の文献に発表されていないだけでなく、日本でもこの存在がほとんど知られていないことが残念です。

(2021年6月8日)

参考文献

1941 Jay Bee Abbott’s Encyclopedia of Rope Tricks  Jay-Bee’s Undisturbed Knot
1941 Tommy Dowd The Tarbell Course in Magic Vol.1 Silk Penetration
1944 Walter Gibson & L.Vosburgh Lyons The Phoenix 66 Release from Reason
1951 Larry Beckers Genii 7月 Knot is Not a Knot
1953 Tan Hock Chuan Genii 5月 Variation of Larry Becker’s Knot Effect
1954 Jimmy Herpick Tarbell Course Vol.6 Single Knot Release 
1967 Hal Robbins Genii 3月 Knotted Hank Off Rope
1967 高木重朗 奇術界報309号 シルクとロープ
1968 加藤英夫 まじっくすくーる No.53 Through Solid
1969 加藤英夫 Genii 9月 Through Solid
2011 世界のロープマジック2(日本語訳版) 各種方法の解説
2013 小川勝繁 Monthly Magic Lesson Vol.96 天海のペネトレーションハンカチ
2017 石田隆信 第78回フレンチドロップコラム ロープから脱出するシルクと奇妙な歴史
2017 石田隆信 The Svengali No.22 ロープとシルクの関係の研究