第22回「天海の新聞紙とハンカチ」
石田隆信
1950年代の天海氏の注目すべきマジックの一つが、新聞紙とハンカチによる切断と復元です。もちろん、1937年にスフィンクス賞を獲得された坂本種芳氏の作品を元にされた改案です。新聞紙の端からシルクをはみ出させた状態で入っていることをしっかり見せて、新聞紙を平坦な筒状に折りたたみ、中央部をハサミで切っています。2つを引き離して、完全に切り分けたことを示した後でハンカチを復元させています。この完全に引き離すアイデアが坂本氏で、ハンカチが入っていることを示しつつ新聞紙を折りたたんで演じるアイデアが天海氏の改案です。
坂本氏の方法では、新聞紙を開いて示し、一定の幅で折りたたんで平坦な筒状にしています。一方の端からハンカチを差し込み、ウォンドで奥へ押し込みます。反対側の端からハンカチの端を引き出し、両端からハンカチが見える状態にしています。中央をハサミで切り、完全に分割して示し、それぞれの端からハンカチの端が見えている状態です。2つの切断部を合わせて、ハンカチの一端を引っ張ると他方の端が引き込まれ、ハンカチがつながった状態で引き出されます。切断された2つの新聞紙を開いて示すことができます。
それまでには坂本氏のような考えは発表されていなかったようです。1923年の英国のMagic Wand誌12月号にシンプルな方法が解説されていました。ハガキのような形状の封筒の両サイドを切って、ハンカチを通過させ、両端を二人の客に持たせ、封筒の中央を切ってもハンカチが切れていない方法の解説です。タネは封筒の裏面の中央を縦にスリットを入れています。封筒にハンカチを通した後、封筒のスリットの下からハサミを入れて、ハンカチを切らないように封筒の前面を切ることになります。これはS.H.Sharpeによる”The Sharpe Scissors Problem”(シャープのハサミ問題)のタイトルになっていました。いろいろと別の案も発表されていると思いますが、タネとなる小さいハンカチを使って、完全に切り分ける考えは坂本氏が最初と考えられます。
坂本氏の方法は1937年のスフィンクス誌8月号に解説された後、海外では1953年の”Rice’s Encyclopedia of Silk Magic Vol.2”にも解説されています。日本では1943年の坂本種芳著「奇術の世界」で「ハンカチを切る奇術」として解説され、1955年に力書房からこの本が再販されています。また、1961年の奇術研究24号では「新聞紙とハンカチ」のタイトルで解説されています。1937年のスフィンクス誌8月号には天海氏の作品も掲載されていますので、坂本氏の新聞紙とハンカチのマジックはよく知っていたと思います。しかし、これを改案するようになるきっかけは、1949年の戦後の一時帰国時の影響が大きいと考えています。この時には、かなり多くの最新のマジックを東京アマチュアマジシャンズクラブで指導されています。この時に坂本氏より直接に「新聞紙とハンカチ」を見せてもらい刺激を受けられたり、アメリカで実演する許可をもらわれたのかもしれません。このことに関しては何も記録はなく、想像でしかありません。
2016年に加藤英夫氏により制作されたDVD「天海ダイアリー」は、天海氏のアメリカでの活動状況を知る上で重要な資料です。天海氏がアメリカへ渡った1924年から、帰国された1958年までの活動状況を、アメリカのマジック誌の記事を中心に報告されています。1953年以降の報告の中で最も目についたのが”Cut And Restored Handkerchief”を演じられていたことです。各所でこのマジックを演じられて高い評判を得ていたことが分かります。1953年7月のIBMの”The Linking Ring誌で調べますと、5月のシカゴのIBM支部の会での天海氏のことが報告されていました。天海氏のショーとレクチャーの素晴らしさを、”Tenkai Thrills Chicago”のタイトルでロバート・パリッシュが約1ページかけて報告されています。そのショーの中で演じられた「新聞紙とハンカチ」のマジックに関してだけは、特に現象を詳しく紹介されていました。なお、これはショーの中で演じられただけです。その後も1954年5月のシカゴSAM大会や1955年の西海岸でのSAMとPCAMの合同大会でも、天海氏はこの作品を演じられています。そして、極めつけが1958年3月8日の天海帰国のさよならディナーパーティーです。最後に天海夫妻が登場して、その時の最後に演じられたのが”Cut And Restored Handkerchief”でした。もちろん演技後は全員のスタンディングオベーションです。ここで演じられた演技だけでなく、これまでの天海氏のアメリカでの功績をたたえてのことだと思います。
天海氏の方法では最初に新聞紙を開いて、シルクハンカチは細長くした状態で、その一方の端を新聞紙からはみ出させて折りたたんでいます。もちろん、新聞紙はハンカチの長さより少し短いサイズにしています。たたみ終わった後、他方の端からはハンカチが出ていないので少し引き出しています。この状態で中央部を新聞紙ごと切って2つに分割させます。これ以降の操作は、坂本氏の場合と同様に行って、ハンカチの復元を示すことになります。坂本氏の方法では、新聞紙を折りたたんで、一方の端からハンカチをウォンドで押しながら入れていました。天海氏の場合には、ハンカチ全体が新聞紙に包まれるのが見える状態で折りたたまれています。このように演じていたために、不思議さが一層強くなっていました。
天海氏の方法は1974年発行の”The Magic of Tenkai”に”Cut And Restored Silk Handkerchief”として解説されています。ジェラルド・コスキー氏による解説文で、二川滋夫氏によりイラストが描かれていました。23のイラストにより、それを見ているだけで理解できるようになっています。重要なタネはシルクハンカチに糸で細工して、糸を引っ張れば半分の長さに縮まる仕掛けです。テーブル上のハサミを取る時に糸を引っ張っています。コスキー氏の解説では、最初の段階でハンカチは一つの端しか新聞紙から出していません。その方が後の操作が楽に行えます。しかし、両端を新聞紙から出している方が公正にハンカチが入っている印象を与えることができます。天海氏はいろいろと方法を考えられるので、両端を出す方法も考えていたのではないかと思いました。
日本では1987年のThe New Magic Vol.26 No.1でフロタ・マサトシ氏により「天海のハンカチ切り」として解説されていました。フロタ氏は天海氏が演じられるのを数回見られたそうですが、教わるきっかけを逃したそうです。坂本氏の方法に比べて不思議で、フロタ氏自身で方法の見当をつけて解決しようと思っているうちにチャンスがなくなりました。ところが、天海氏が亡くなられた後で、ジェラルド・コスキー氏に会われた時に、天海氏がコスキー氏のために作られた「新聞紙とハンカチ」をそのままフロタ氏へプレゼントされることになります。そのアメリカの新聞紙の日付が1958年2月13日であったそうです。天海氏がアメリカを離れる約1ヶ月前のことです。それまで天海氏の方法は秘密にされて、誰にも明かすことがなかったのかもしれません。その新聞とハンカチを元にして、天海氏の演技を思い出しながらフロタ氏は解説されていました。
コスキー氏の解説とフロタ氏の解説では大きな違いがありました。フロタ氏は直接教わったわけではありませんが、天海氏の演技を見てご自身で工夫して行っています。当時は正確なタネを知らなかったためか、天海氏のように上手く出来なかったと報告されています。コスキー氏の解説では、新聞紙の折り目を横にして、ハンカチも横向きにして新聞紙にたたみ込んでいます。そして、一方の端からハンカチが出ているだけです。それに対してフロタ氏の解説では、新聞紙の折り目を縦にして、ハンカチを縦に垂らして、新聞紙を横に折りたたんでいました。さらに、ハンカチは新聞紙の両側の端からはみ出させた状態でたたまれていました。そして、ハンカチの上や下の端を交互に引っ張って1枚のハンカチであることを示して、上の端をタネの短いハンカチとすり替えていました。この部分のハンドリングは少し練習を必要とします。2つの方法に違いがあるのは、帰国前から数パターンを考えられていたのか、帰国後に天海氏がさらに改良を加えられたのかもしれません。
坂本氏の方法が1937年に発表されたことにより、切り分けた2つを完全に分離する作品がいくつか発表されています。1953年の上記のシルクマジック百科事典には、サムチップを使ったJoe Ovetteのシンプルで即席的に行える方法が解説されています。一般向きには、これで十分かもしれませんが、マニアには通用しないかもしれません。この百科事典では、その後よく使われるようになるJeanne Van Zanotの方法も解説されています。2枚のシルクを使う方法で、完全に2分割できる頭の良いアイデアです。その後の発表で変わったタイプがPhoa Yan Tiongの方法です。紙で包むことなく、1枚のシルクだけを使い、本当に切って分離させ、復元させる方法です。正確に言えば、本当に切っているので復元させたように見せる方法で、毎回、シルク1枚が消耗する問題があります。1967年のルイス・ギャンソン著”The Art of Close Up Magic Vol.2”や1972年のターベルコース第7巻にも掲載されています。さらに、1983年にはスタン・アレンが坂本氏の改良版を発表しています。新聞紙の代わりに封筒を切り開いた状態で使い、封筒のタネを簡略化するだけでなく、長い糸の使用もなくしています。”The New York Magic Symposium Collection Two”に解説されているのですが、上記のPhoa Yan Tiongの方法の影響を受けたと報告しているだけです。このマジックの元になる坂本氏の名前をクレジットしていなかったのが不可解です。
1987年のフロタ氏が解説されていた「天海のハンカチ切り」の中で、天海氏について書かれていた内容が印象的でした。「天海さんにあまり接した事がない奇術家は、天海と言えばテクニシャンと即考えてしまうのではないかと思う。私もはじめはそう思っていた。しかし、長い間そばで暮らしていると、一般の人とそんなに変わったところはないということが分った。但し、一つ違うことは、何か始め出すと、それをやりこなすまでトコトン追いつめてしまう人だった。この天海流の追及は、つき合っているこちらの方が参ってしまう程限りのないもので、有名な天海のフライング・クインでも、教える度にハンドリングが変わっている、というより、教えながら変わってしまう状態で・・・」(最後と途中の一部を省略)。そして、天海のハンカチ切りも、限りのない天海のハンドリングの追求から生まれたと思うと報告されていました。
(2021年9月7日)
参考文献
1937 T. Sakamoto The Sphinx 8月 Handkerchief in Newspaper Cut And Restored
1943 坂本種芳 奇術の世界 ハンカチを切る奇術
1953 Joe Ovette Rice’s Encyclopedia of Silk Magic Vol.2 Separated Silk
1953 T. Sakamoto 同上の百科事典 Cut and Restored Hank
1953 Jeanne Van Zanot 同上の百科事典 Cut and Restored Silk
1961 坂本種芳 奇術研究24号 新聞紙とハンカチ
1967 Phoa Yan Tiong The Art of Close-Up Magic Vol.2 Cut and Restored Silk
1972 Phoa Yan Tiong Tarbell Course in Magic Vol.7 Phoa’s Cut and Restored Silk
1974 The Magic of Tenkai Cut And Restored Silk Handkerchief
1983 Stan Allen The New York Magic Symposium Collection 2 Sealed Cutter
1987 フロタ・マサトシ The New Magic Vol.26 No.1 天海のハンカチ切り
2016 加藤英夫 天海ダイアリーDVD 天海氏の米国での活躍状況