第29回「天海の札入れとカードとその後の変化」

石田隆信

「札入れとカード」は、札入れから取り出した4枚のスペードのAが4枚ともKに変ります。再度、札入れを開くと、スペードのAが1枚挟まれた状態で現れます。1965年7月のGenii誌に掲載され、1974年の”THe Magic of Tenkai”に再録されています。このマジックの進化形が、1970年の「天海のカラー・トランスポジション」となります。こちらでは札入れを使わないシンプルな方法に変えられています。天海のカードマジック全体の中でも、私の好きな作品です。

マーチン・ルイスの本を読んで驚いたのが「アフター・テンカイ」の名前の作品があったことです。これは1985年の”Martin’s Miracles”(著者は父親のエリック・ルイス)に掲載されています。1965年7月のGeniiの天海の作品をクレジットしていますが、かなり違った内容になっていました。方法があまりにもシンプルで、テーブルホッピングなどの一般客向きに完成されていますが、マニアには物足りなさを感じるかもしれません。それに比べますと天海氏の上記の2作品は、一般客だけでなくマニアにも通用する天海氏らしい独自性のある方法になっていました。

天海のGeniiでの作品名は”Billfold and Cards”です。Billfoldとは二つ折りの札入れで、天海氏が使っているのは、紙幣の一端を挟める数センチのポケットがあるだけのシンプルなものです。この札入れのポケットに5枚のカードが挟まれ、また、札入れの外側には1枚のスペードのAを輪ゴムで札入れと共に止めています。外側のカードが手前になるようにして上着の内ポケットに入れています。この札入れを右手で取り出し、右親指で外側のカードを押さえつつ左手は輪ゴムを外します。このカードを左手にギャンブラーズ・コップし、その左手の親指と人差し指で札入れを挟んで持ち、内側が見えるように開いて垂直状態にしています。右手で5枚のカードを取り出してテーブルへ置き、札入れを閉じる時に、左手のパームカードのエンドを人差し指と中指でピンチして秘かに札入れに挟んでいます。

この後、テーブルの5枚を取り上げて、天海氏の独特な方法で4枚のスペードのAとして示し、それら全てをキングに変えています。つまり、5枚を使いますが4枚として示しています。裏向きの5枚のセット状態は、3枚目だけがスペードのAで他の4枚はKのカードです。トリプルリフトしてAを示し、裏向けてテーブルの札入れの上へ置いています。2枚目のAを示す時のダブルリフトが天海氏の特別な方法が使われています。左親指で左上をプッシュオフして3枚を右へ押し出し、その3枚の右上コーナーに左中指を当てて、結局はトップの2枚だけ右へ押し出しています。かなりの練習が必要です。問題はこの後の3枚目のAを示す時です。右手をなにげなく口元へ近づけ、右中指に唾をつけていたからです。1960年代までは指や手に唾をつけることの抵抗感が少なかった時代です。70年代になってから不衛生的に思われるようになった印象があります。社会や生活環境が大きく変わった時代です。トップにあるAを右親指と人差し指で取り上げて表を示し、裏向けた時に中指の唾をカードの表につけています。そして、左手のパケットの上へ戻して左親指で上から押さえることにより2枚をくっつけて、その2枚を札入れの上へ置いています。残った1枚は表を見せずに、そのカードで先ほど配ったカードを表向きに返してKに変わったことを見せています。そして、残りの3枚も表向けてKになっているのを見せます。この後で札入れを開いて、スペードのAがあることを示しています。

天海氏の方法の面白い点は、3枚のAしか表を見せていませんが、4枚のスペードのAが4枚のKに変わったように見せていたことです。さらに、毎回、札入れの上に置いていたAを、次のAを置くためにテーブルへ移動させていたのも天海氏の特徴的な操作です。表を示したカードを、左手のパケットの上へ戻してから札入れの上へ置いている行為に対して、違和感を持たせないための操作のようです。札入れの上のカードを移動させる間だけ、表を示した次のAをパケットの上へ戻しているわけです。

天海の方法に比べてマーチン・ルイスの方法は全体がシンプルです。セットは表向きで4枚のKの上へ2枚のジョーカーを置いて開始しています。6枚使っていますが、5枚として見せることになります。表向きでハーマンカウントを行い、4枚のジョーカーの中央に1枚のKがある状態に見せています。このKを抜き出してジョーカーの上へ置き、左手首を返してパケットを裏向けてグライドを行います。Kを引き出したように見せて、ジョーカーを引き出してテーブルへ置きます。もう1枚もグライドで引き出しますが、それがジョーカーであることを示してパケットのボトムへ戻します。パケットを右手のビドルポジションに持ち、フラシュトレーションカウントにより4枚ともジョーカーとして示します。この後、パケットを表向けてバックルカウントしながら4枚として広げると全てがKに変わっています。テーブルのカードを表向けるとジョーカーです。テーブルへ置く1枚を、札入れに挟んで演じれば、客が勝手に触ることから防げることも書き加えられていました。

上記の方法は無理がなく演じやすく、すぐにリセット状態にできます。その意味でテーブルホッピングに向いたマジックと言えそうです。現象は面白いのですが、よく知られている技法ばかりが使われています。札入れを使わない方法であれば、1970年発表の「天海のカラー・トランスポジション」の方が天海タッチの味のある作品といえます。加藤英夫氏が編集されたテンヨー発行の「まじっくすくーる」の73号に解説されています。こちらでは、5枚のカードだけの使用で、余分なカードを使わないように改良されていました。赤丸カード4枚と青丸カード1枚の状態が逆転し、赤丸カード1枚と青丸カード4枚に入れ替わる現象です。普通のカードやESPカードでも同様に行えますが、ここでは赤丸と青丸のカードを使った方法で解説していると報告されていました。

5枚のブランクカードの1枚に赤丸を描くかシールを貼り、残りの4枚には青丸を描くかシールを貼ります。表向きの4枚の青丸カードの上へ赤丸カードを置いて開始されます。エルムズリーカウントやその応用、右外コーナーを持って手前へ起こすダブルリフト、メキシカンターンオーバー、そして、天海のリプレイスメントの技法が使われています。天海リプレイスメントは、ダブルリフトで表の赤丸を示した後の裏向ける時に、表の赤丸カードをパケットのボトムへ移してしまう技法です。これらの技法を使用して、1枚ずつ赤丸カードを示して4枚の赤丸カードとしてテーブルへ並べています。そして、残った1枚が青丸カードで、それを使ってテーブルの赤丸カードを1枚ずつ表向けると、4枚とも青丸カードに変わります。最後に、手に持っている青丸カードを表向けて、赤丸に変わっているのを示して終わります。

元になる「札入れとカード」は、各部で面白い発想があり、いろいろと参考になります。しかし、気になる点がいくつかありました。その後、天海氏も改良の必要を感じられたと思います。札入れを使わず、余分なカードも使わず、唾も使用せず、特別なダブルリフトも使わないようにされたのが「天海のカラー・トランスポジション」です。ただし、天海のリプレイスメントの新たな技法を加えられている点が天海氏らしさを感じました。この作品を「まじっくすくーる 」で読んだ時の興奮を思い出します。この作品を発表された天海氏だけでなく、加藤英夫氏に感謝いたします。

(2021年10月26日)

参考文献

1965 Tenkai Genii July Billfold and Cards
1970 石田天海 まじっくすくーる 73号 天海のカラー・トランスポジション
1974 Tenkai The Magic of Tenkai Billfold and Cards
1985 Martin Lewis Martin’s Miracles After Tenkai

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