「奇術師のためのルールQ&A集」第54回
IP-Magic WG
Q:瓢箪(ひょうたん)と竹をトレードマークとして演技を行っているプロマジシャンですが、このトレードマークを真似させない方法はありますか?
瓢屋竹之丞(ひさごやたけのじょう)という芸名で演技を行っているプロマジシャンです。「ひさご(瓢箪)」と「竹」を象徴する置物として、竹の上に瓢箪を載せた舞台装飾を作成し、この舞台装飾2組を舞台の右に、もう2組を舞台の左に配置し、これら舞台装飾に囲まれた中央で演技を行っています。
私が和妻の演技を行う際には、必ず、この4組の舞台装飾を配置することにしています。瓢箪と竹は、いずれも和の雰囲気を醸し出す素材ですので、和妻を演じる他のマジシャンも似たような置物を舞台装飾として用いる可能性があります。この瓢箪と竹の舞台装飾は、私だけのトレードマークにしたいと思っていますが、何か対策はありますか?
A:演技に使用する瓢箪と竹の置物は、意匠登録および商標登録をすることが可能です。
斬新なデザインをもった商品について、デザインを真似させたくない場合、意匠登録を行うのが一般的です。意匠登録を行うためには、出願時に物品を指定する必要があります。たとえば、斬新なデザインのカメラを開発した場合、物品として「カメラ」を指定し、当該カメラの図面を添付した意匠登録願を特許庁に提出して出願を行うことになります。そのカメラのデザインが、従来のカメラとは異なる斬新なデザインであると認定されると、意匠登録が行われます。
同様に、マジックの分野で斬新なデザインをもった奇術用具を開発した場合は、「奇術用具」という物品を指定し、その奇術用具の図面を添付して意匠登録出願を行うことができます。特許庁の審査において、その奇術用具が、これまでにない斬新なデザインであると認定されれば、意匠登録が行われます。カップ、コインボックス、リングなどの古典的な道具であっても、そのデザインが斬新なものであれば、「奇術用具」として意匠登録を受けることができます(詳細は、Q&A集第24回を参照)。
ただ、今回のケースの場合、意匠登録の対象となるのは、竹の上に瓢箪を載せた置物であり、この置物自体は「奇術用具」ではありません。したがって、この置物について意匠登録を受けるには、物品として「奇術用具」を指定するのではなく、「置物」もしくは「舞台装飾」という指定を行う必要があります。特許庁では、この置物や舞台装飾という物品について、「竹の上に瓢箪を載せる」というデザインがこれまでにない斬新なものであるか否かが審査されます。
瓢箪や竹という素材は、単独ではよく知られた物なので、瓢箪単独あるいは竹単独という置物や舞台装飾は、デザインとしての斬新さが否定されて登録されない可能性が高いですが、今回のケースでは、竹の上に瓢箪を載せたデザインになっているので、「竹」+「瓢箪」という組み合わせの置物や舞台装飾がこれまでになければ、斬新なデザインと認定され、意匠登録を受けられるでしょう。
意匠登録を受けることができれば、その物品に類似する物品を無断で製造したり、販売したりすることは禁止されます。また、意匠権は、その物品の製造販売を禁止する効力だけではなく、その物品を業として使用することを禁止する効力ももっています。したがって、あなたが意匠権を取得した後、他のプロマジシャンが、竹の上に瓢箪を載せた舞台装飾をステージに配置して演技を行えば、あなたの意匠権にかかる物品を業として使用したことになるので、あなたの意匠権を侵害する違法行為を行ったことになります。この場合、あなたは、そのプロマジシャンに対して、意匠権を侵害する行為になるので、その舞台装飾の使用を中止するよう申し入れることができます。
なお、アマチュアマジシャンがクラブの発表会などで奇術を演じた場合には、一般的には「業としての実施」には該当しないので、竹の上に瓢箪を載せた舞台装飾を用いて演技を行っても、違法性は問われません。したがって、アマチュアマジシャンが発表会などで、類似した舞台装飾を用いて1回だけ演技を行ったような場合は、意匠権侵害として文句を言うことはできません。もっとも、アマチュアマジシャンであっても、何度も繰り返し演技を行っている場合は、「業としての実施」とみなされる余地があるので、その舞台装飾の使用を中止するよう申し入れることができるでしょう。
次に、商標登録によって、この舞台装飾を他人に真似させないようにする方法を考えてみましょう。一般に、商標登録は、平面上に記載された文字列、記号、図形について行われることが多いですが、立体的な構造や音についても商標登録が認められています(音の商標については、Q&A集第50回を参照)。たとえば、皆さんもよくご存知のヤクルトのプラスチック容器についても商標登録がなされています(商標登録第5384525号)。
もちろん、「ヤクルト」という4文字の文字列についても商標登録がなされているのですが、「ヤクルト」という文字の商標が、二次元平面上に配置された4文字からなる平面商標であるのに対し、上記プラスチック容器の商標は、三次元の立体商標というべきものです。この容器のどこにも「ヤクルト」とは書いてないのですが、皆さんも見たとたんに「あっ、ヤクルトだ!」という連想をするはずです。それほど、この容器の独特の形状は、「ヤクルト」として広く認識されています。
商標登録を行うためには、その商標の使用対象となる何らかの商品もしくは業務(商標法上は役務と言います)を指定する必要があります。上記ヤクルトの立体商標では、もちろん、「清涼飲料」という商品が指定されておりますが、それだけではなく、「文房具類」,「おもちゃ」,「トランプ」など、多数の商品が指定されています。したがって、このヤクルトの容器と同じ形状をもった文房具,おもちゃ,トランプなどを製造販売することは、当該商標権を侵害する違法行為になります。
また、特許庁の審査基準によると、「トランプと手品用具は類似する」とされているので、このヤクルトの容器と同じ形状をもった手品用具を販売すると、商標権を侵害する違法行為になります。商標権は、商品の包装やパッケージにも及ぶので、このヤクルトの容器と同じ形状をもったパッケージに入れた手品用具を販売する行為も違法行為になります。
それでは、あなたが使用している「竹の上に瓢箪を載せた舞台装飾」を立体商標として登録するにはどうすればよいでしょう。上述したように、商標登録を行うためには、何らかの商品もしくは業務(役務)を指定する必要があります。今回のケースでは、商標として、この「竹の上に瓢箪を載せた舞台装飾」の写真や図面を提出し、商品として「舞台装飾」を指定し、役務として「奇術の上演」を指定して商標出願を行うとよいでしょう。
そのような商標出願が登録されれば、他のプロマジシャンが無断で、「竹の上に瓢箪を載せた舞台装飾」を製造販売したり、この舞台装飾をステージに配置して演技したりする行為は、あなたの商標権を侵害する違法行為になります。商標権は類似範囲まで含むため、あなたの使っている舞台装飾とズバリ同じものはもちろん、これに類似する舞台装飾まで権利が及ぶことになります。したがって、実質的には、「竹の上に瓢箪を載せた舞台装飾」を用いたプロの演技は、あなたが法的に独占して行うことができるようになり、観客は、この舞台装飾を見ただけで、「あっ、瓢屋竹之丞のステージだ!」と思うようになるでしょう。
なお、意匠権と同様に、アマチュアマジシャンが発表会などで、類似した舞台装飾を用いて1回だけ演技を行ったような場合は、商標権侵害を問うことはできません。1回限りのアマチュアの演技は、商業的な行為には該当せず、商標の使用行為には該当しないと判断できるからです。
以上、意匠登録を行うことによる法的保護と、立体商標登録を行うことによる法的保護について述べましたが、権利期間を考慮すると、後者の方が有利と言えます。意匠権の存続期間は、意匠登録出願から25年であるのに対し、商標権の存続期間は、10年ごとの更新手続を繰り返してゆけば、半永久的に続くためです。
(回答者:志村浩 2021年12月25日)
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