「奇術師のためのルールQ&A集」第50回

IP-Magic WG

Q:演技の開始時に、毎回、1秒ほどのテーマメロディーを流していますが、このテーマメロディーを他人に真似させないようにすることはできますか?

私は、ステージ、TV、YouTubeなどで演技を行っているプロマジシャンです。演技の開始時には、必ず、毎回同じ1秒ほどのテーマメロディーを流しながら登場するようにしています。将来は、このテーマメロディーを聞いただけで、観客が私のことを連想してくれるようになることを期待しておりますが、このテーマメロディーを他人に真似させないようにすることはできますか?

A:特定のメロディーが「マジシャン○○のメロディー」として視聴者間に広く定着するということは、プロマジシャンとして非常に素晴らしいことかと存じます。

このメロディーを「あなたのメロディー」として視聴者の間に広く定着させるためには、毎回毎回、必ず同じテーマメロディーを使って登場するという特別な努力を払う必要がありますね。したがって、他のマジシャンが、同じようなメロディーを使って登場するようになったら、あなたの努力に便乗した行為として、決して許されるべきではないでしょう。万一、多数のマジシャンがそのメロディーを使うようになったら、そのメロディーは「あなたのメロディー」ではなく、「マジシャンの登場メロディー」として認識されてしまいます。ちょうど、ポールモーリア作曲の「オリーブの首飾り」という曲(チャラララララーン)が「マジックの曲」として広く認識されてしまった状態に似ていますね。そうなることを防ぐためにも、他人には真似させないための何らかの対策が必要でしょう。

一般に、音楽は著作物として著作権法によって保護されます。著作権法には、保護対象となる著作物として、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」との記載があります。したがって、マジックに用いる楽曲として、あなた自身が何らかの音楽を作曲したとすれば、当然、その曲の著作権者はあなたなので、他のプロマジシャンがその曲を勝手に利用することはできません。なお、他人が作曲した音楽をプロマジシャンであるあなたが利用する場合は、何らかの著作権処理を行う必要があります。たとえば、上記「オリーブの首飾り」という曲をプロマジシャンが利用する場合、JASRACなどを通じて使用料の支払いを行う必要があります。

著作権の存続期間は、原則として、著作者の死後70年とされています。「オリーブの首飾り」の作曲者であるポールモーリアは、2006年に死去していますから、この曲を商業利用するためには、まだ当分の間は使用料を支払う必要があります。これに対して、クラシック音楽の作曲者はもはや現代では生存していないため、ベートーベンの「運命」などの「楽曲自体」は、マジックを演じる際に自由に利用できます。「楽曲自体」と言ったのは、自分で演奏する場合(楽曲のみの利用)は問題ないが、他人の演奏を利用する場合には、その他人の許可を得る必要があります。したがって、市販のCDなどを再生して商業的に利用する場合は、やはりJASRACなどを通じて演奏者に対して使用料を支払わねばなりません。

以上は、マジックの演技に一般的な楽曲を利用する場合の話ですが、ご質問のテーマメロディーはわずか1秒ほどの音楽ということなので、若干、事情が異なります。これは、非常に短いメロディーの場合、著作物の要件となる創作性が認められない可能性があるためです。たとえば、「♬ ドレミド」というわずか4音符からなるメロディーを考えてみましょう。もし、このような極めて短いメロディーについて著作権を与えてしまうと、たまたま「♬ ドレミド」という音程を含む楽曲を作曲すると著作権侵害に問われ兼ねないので不都合が生じます。したがって、あなたが「♬ ドレミド」というメロディーをテーマメロディーとして採用し、登場シーンには常に「♬ ドレミド」というメロディーを流すようにしても、当該メロディーには著作権は認められないでしょう。

かつて、TV番組を席巻したマリックさんも、「♬ テュ、テュ、テュ、テュ、テュ、テュ、テュ、テュ」という2秒ほどの独特のメロディーをテーマメロディーとして利用して演技を行っていましたが、この2秒ほどのメロディーについても、著作物としての創作性が認められるかどうかは疑問です。したがって、他のプロマジシャンが、演技中に、このマリックさんのテーマメロディーを使ったとしても、著作権侵害に問うことは難しいと思います。もっとも、マリックさんほど有名なマジシャンになると、誰でもがこのテーマメロディーを聞けばマリックさんを連想するでしょうから、他のプロマジシャンがこのメロディーを使えば、マリックさんのパロディーを演じているように捉えられるでしょう。

結局、1~2秒程度の短いメロディーを著作権法で保護するのは困難と思われます。ただ、あなたはプロマジシャンであり、あなたのテーマメロディーをマジックの演技中に用いているわけです。そうなると、あなたは、このテーマメロディーを業務に利用していることになるので、商標法による保護を求めることが可能になります。

商標法の保護対象は「商標」です。一般に商標というと、「SONY」、「トヨタ」、「テンヨー」などの言葉が思いつくことでしょう。しかし、商標は、必ずしも言葉(文字)に限定されるものではなく、図形や記号であっても良いし、更には「音」であっても良いのです。商標が「音」にまで拡張されたのは2015年4月からのことですが、特許庁には、既に100件以上もの「音商標」が登録されています。たとえば、久光製薬のテレビCMで、「♬ ヒ・サ・ミ・ツ」という短いメロディーをTVのCMなどで聞いたことがあるかと思います。

このメロディーは、次のような音符により、特許庁に音商標として登録されています(商標登録第5804299号)。

※ 上記メロディーの音を聞くには、ここをクリック。

この「♬ ヒ・サ・ミ・ツ」という短いメロディーは、5つの音符で示される極めて短い音楽なので、おそらく著作物としての創作性に欠け、著作権法による保護を受けることは困難でしょう。しかしながら、音商標には「創作性」は要求されないので、わずか5音符からなる1秒程度のメロディーであっても「音商標」として商標登録が認められ、商標法による保護を受けることができます。

もっとも、商標権は、あくまでも、特定の商品や特定の業務(商標法上は、役務と言います)に、その商標を使用することを独占する権利なので、商標登録を行う際には、特定の商品や特定の業務を指定する必要があります。たとえば、上記「♬ ヒ・サ・ミ・ツ」という音商標は「薬剤」という商品を指定して登録されています。したがって、この音商標の商標権は、薬を販売するためのCMなどに「♬ ヒ・サ・ミ・ツ」というメロディーを用いる独占権を与えるものなので、その他の用途にこのメロディーを用いることまで禁止するものではありません。たとえば、あなたがマジックを行う際のテーマメロディーとして、「♬ ヒ・サ・ミ・ツ」というメロディーを用いたとしても、上記久光製薬の商標権を侵害することにはなりません。

さて、上記のような音商標の登録例を見れば、あなたがマジックで用いているメロディーも、音商標としての登録が可能なことがわかるでしょう。もちろん、マリックさんのテーマとなる「♬ テュ、テュ、テュ、テュ、テュ、テュ、テュ、テュ」というメロディーも登録することができます。あなたのテーマメロディーは、わずか1秒ほどのメロディーとのことですが、音商標について特に音の長さについての制約はないので問題ありません。たとえば「♬ ドレミド」という程度のメロディーでも構いません。

ただ、上述したように、商標登録を受けるためには、特定の商品や特定の業務を指定する必要があります。あなたの場合、マジックの演技を行う際にこのメロディーを使うわけですから、特定の業務としては「奇術の上演」といった業務(役務)を指定しておけば良いでしょう。そうすれば、他のプロマジシャンが演技中にこのメロディーを使うことは、あなたの商標権を侵害する違法行為ということになります。ただ、他の業務に利用することは自由なので、たとえば、鉄道会社があなたのメロディーを電車の発着時の警告音として利用しても、商標権侵害の問題は生じません。

なお、あなたが手品用具の販売を計画している場合には、特定の商品として「手品用具」も指定しておくと良いでしょう。そうすれば、あなたがYouTubeなどで手品用具の販売広告を行う際にも、その販売広告の動画でこのメロディーを用いることについて独占権が得られます。もちろん、デパートの売り場で販売するような場合も同様です。要するに、音商標の出願時に「手品用具」を指定しておけば、他人が手品用具を販売するに際して、あなたのメロディーを無断で流すことを禁止することができるわけです。

(回答者:志村浩 2021年11月27日)

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