“Sphinx Legacy” 編纂記 第35回

加藤英夫

今回は、”Sphinx Legacy”の著述・編纂のための調査作業をどのように行っているか説明して、参考にしていただければと思います。調査の対象を枝分かれさせることが、幅広い研究に役立っているのです。

出典:”Sphinx”,1921年3月号 執筆者:George DeLawrence

“Sphinx”に書かれている文章の中から、どのようにしてキーワードを見つけるか、ということのひとつの例を説明します。私は今朝の仕事の最初に、以下のDeLawrenceの報告記事に着目しました。

Quite a few magic and kindred acts around the Windy City the past month. Brindamoore at Barbee’s Loop Theatre with his escape act; Sterling, Chandra and Alia Axiom demonstrating the wonderful acts obtaintable with a mere crystal; Walter Baker playing local houses; our Big Time friend, Nate Leipzig, with his beautiful presentation of card effect; Marco and Company, who have changed their act, making it more effective; also Cleo & Canaris, with the disappearing canary.

この文章の中には多数のマジシャンの名前があります。考察から外すのは、Leipzigのようにすでに取り上げ済みのマジシャン、Brindmoreのようなエスケーブアーティスト、Chandra and AxiomのようなCrystal Gazeものなどです。エスケープやメンタル関連は、有名か重要なもの以外は当書に含めないことにしています。

’Marco & Company’でGoogle検索をすると、このグループ名ではほとんどヒットせず、Marco Tempestが無数に現れます。検索名を”Marco & Company”のように、””で囲まなかったため、キーワードの部分的一致もヒットしてしまったからです。”Marco & Company”で検索し直すと、不動産会社が1件ヒットしました。

Googleでヒットしない場合はAsk Alexanderで検索します。ヒットしたものはほとんど”Marco Company”となっていました。そこで”&”を抜かして”Marco Company”でグーグル検索し直すと、いくつか出てきました。するとこの2人組(夫婦)はHoudiniといっしょに出演していたことがあり、マジシャンとして成功しなかったと書かれていたので、これ以上の調査を打ち切りました。

Cleo & Canarisについては、Googleでは死亡記事が3件、Ask Alexanderではどこそこに出演したというものはいくつかありましたが、内容がわかるようなものはありませんでした。

今日の仕事の初めは空振りに終わるかなと感じつつ、Walter Bakerを調べると、これがヒットでした。二塁打ぐらいのヒットです。なぜなら彼は、”Tarbell Course in Magic”誕生に関係していたマジシャンだったことがわかったからです。”Magicpedia”ではWalter Bakerについて、つぎのように書かれています。

Walter A. Baker (? – June 30,1960) a vaudeville performer in the 1920s and later a manufacturer for Thayer.

Baker started a work correspondence course on magic that would be taken over by Harlan Tarbell, who was hired to just do the illustrations, to become the Tarbell Course in Magic.

He was credited with the ‘breaking Vase’ gag and known for manufacturing his version of the ‘Mutilated Parasol’ and ‘Vanishing Bird Cage’.

Baker was listed in Holden’s Programs of Famous Magicians and his Fan Pass is described on page 118 of Dai Vernon’s Ultimate Secrets of Card Magic.

これを読むと、”Tarbell Course”を始めたのはWalter Bakerであるように思われますが、この書き方は誤解を生むものです。 Bakerが”Tarbell Course”の企画を考えたのではなく、あくまでも”Tarbell Course”の著者として最初に採用されたのです。そのことがわかる情報が、”Magicpedia”で’Harlan Tarbell’で検索すると見つかりました。つぎのように書かれています。

In 1921, five years before he began working on his Tarbell Course, he did some illustrations for a publication called “Lessons in Magic”. Offered by Magic Products Co., Department of Correspondence Instruction, Chicago, the lessons took the form of 6″ x 9″ booklets, one for each trick. Twelve lessons were written by Arthur Buckley were advertised. A full-page ad can be seen in the May 1921 issue of the Sphinx.

Publishers T. Grant Cooke and Walter A. Jordan developed an interest in producing a correspondence course in magic in the mid-1920s. Cook and Jordan hired Tarbell and Walter Baker, another Chicago-area magician, to work on the project, but Baker dropped out of the project in its early stages to concentrate on his performances. A few months before his death, Harry Houdini was approached to author the course, but Houdini declined but recommended Tarbell. The publishers agreed, allotting Tarbell $50,000 for the course. Tarbell finished the course in 1928, producing 60 correspondence lessons with at least 3,100 illustrations.

最初は著者としてWalter Baker、イラストレーターとしてHarlan Tarbellが採用されましたが、その後すぐBakerがプロジェクトから降りたために、Tarbellが執筆することになったということです。

”Magicpedia”というのは、”Wikipedia”と同様に、異なる人が執筆するので、前述のような食い違いが現れることがあるのです。いずれにしても、”Tarbell Course”発刊の発端がわかっただけでも、今朝の仕事の始まりとしては収穫がありました。

前述の”Magicpedia”の説明の中には、Walter Bakerが’Multilated Parasol’の独自のやり方の考案者である、と記されているのを私は見逃しませんでした。続けてつぎのように書きました。

話は変わりますが、”Magicpedia”のWalter Bakerの説明の中に’Multilated Parasol’のBaker独特のやり方ということが書かれていたので、どのようなものか調べました。彼のやり方はわかりませんでしたが、このマジックがかなり昔からあり、わかる範囲でもっとも古い記述として、”Magicpedia”の中のつぎの一文が見つかりました。

John Henry Anderson was performing the effect as “The Miraculous Umbrella” in the early 1840s in London.

(株)テンヨーでも私の入社当時から、’パラソル’という商品名で販売していましたが、私はこのマジックが優れたマジックであると感じたことはありませんでした。パラソルの柄が異常なほど太いということも理由のひとつですが、それよりも何のストーリー性もなく、パラソルの布とバッグの中のシルクハンカチーフの交換現象が行われるという運びが、納得いかないのです。

このマジックをコメディではなく、真面目な表情で演じているのを見るにつけ、つまらないマジックだと思い続けてきました。なぜハンカチーフがパラソルの布に変わってしまうのでしょう。変わってしまったことが、マジシャンが予期していなかったことである、というような見せ方はないものでしょうか。

そして今回の調査において、Abbot社の’Multilated Parasol’の広告動画に出逢ったのです。私が長年にわたつて馬鹿にし続けてきたこのマジックの、「これだ」と思う演出がなされていました。「やっぱり、マジックというのはたんに現象を見せるだけでなく、ストーリーもしくは演技の流れに沿って不思議な現象を見せる、ということによって、エンタテイメントとして成立するのだ」という、私の信念を確信させてくれた動画でした。

色々な色のシルクをバッグに入れて、子供に1枚のシルクを取り出させ、パラソルの生地を選ばれたシルクと同じ色に変化させる、ということで演技を進めます。つぎの動画をご覧ください。

https://www.abbottmagic.com/Abbotts-Mutilated-Parasol-ABBmutparasol.htm

道具については、かなり細くできていることや、抜き出したのと反対から挿入できるようになっていることが、この商品の素晴らしさでもあります。テンヨーのは、抜き出したのと同じ端から入れるようになっていました。抜き出したのと同じ方から入れるのと、反対から入れるのでは、見た目にかなり違いがあります。マジシャンでない人には気にならないかもしれませんが、もしも種を見破ろうとしている人がいたとしたら、抜いたものをまたもとへさし込むという動作は、種を見破るヒントになり得ます。

そして演技者のパラソルの扱い方が、自然でありながら、パラソルの柄の太さをあからさまに見せないように扱っていることも、注目に値します。道具の出来の良さ、扱い方の素晴らしさ、演出の素晴らしさ、そして子供の扱い方の見事なこと、たいへん勉強になることの多い動画でした。

(つづく)