第34回「天海のメンタルカードトリック」

石田隆信

1937年のGenii誌8月号に”Japanese Mental Card Effect”のタイトルで発表されています。これが1974年の”The Magic of Tenkai”にそのまま再録されていました。その冒頭には、たいへん古い日本のパズルで、不思議なカードトリックとして使うことができると紹介されています。

8枚のカードを使い、4枚ずつ上下2列に並べ、1枚を思ってもらいます。それが上か下かも覚えてもらいます。その後、8枚を集めて並び替えることを2回繰り返し、そのたびに客のカードが上か下かを覚えてもらうことになります。3回目に並べた状態で、1回目、2回目、3回目は上下のどちらにあったかを言ってもらうと同時に客のカードを当てます。

天海の解説では、上記の図が描かれており、それを小さい紙に書いて手にパームしています。線(ー)は上の列にある場合で、点(・)は下の列にある場合です。メモでの配列は、3回目に8枚を並べたカードの状態を表しています。上中下の線や点は、上が1回目の状態、中が2回目、下が3回目の状態を表しており、そのメモをチラッと見て、客が言ったのと同じ状態のカードがある位置を知ることができます。そのカード名をすばやく発表することになります。

ところで、この解説には問題がありました。解説通りに行っても、3回目の配列状態がメモとは違っていたことです。重要な記載が書きもれていました。表向きで集めた8枚を裏向きにして、トップから1枚ずつ表向けて並べるのが本来の方法です。しかし、裏向きにすることが書かれていないために、全てを表向きのままで行うように思ってしまいます。

8枚の並べ方については、表向きで4枚を左から右へ並べ、次に、それぞれの下へ4枚を左から並べます。8枚の取り上げ方は、左端の上を取って下へ重ね、この2枚を右隣の上へ重ね、これらを下へ重ねます。この操作を右端まで繰り返し、この8枚を取り上げて裏向けて左手に持ちます。そして、2回目の並べる操作を1枚ずつ表向けながら行うことになります。この方法で繰り返すと、3回目の配列がメモと同じ状態になります。

例えば、1回目が下で、2回目も3回目も上のカードは、手の中のメモをチラッと見ると、上の右端のカードであると分かります。3回目に配られた8枚の配列状態で、その位置にあるカード名をすばやく発表し、そのカードを取り上げて示します。

天海氏が日本で知ったマジックは、中国の「蘇武牧羊」を元にしたものではないかと思います。これは1889年の「中外戯法図説」に解説されています。八卦の演出で、2つの配列を陰と陽として、中央が途切れた横線か途切れのない横線で記載し、それを3回繰り返すことにより8種類の漢字を完成させています。平、王、斗、半、求、元、非、米の8文字です。途切れがあるなしの3つの横線の記載に、縦の線を加えることにより漢字が出来上がります。この点で中国や日本のマジックとしての素晴らしさがあります。欧米では漢字が使えませんので、天海氏のようなカード当てとして演じることになったのだと思います。

日本では、いつ頃からこれが伝わっていたのか、また、天海氏がこの方法を知ったのがいつであるのかが分かっていません。日本でよく知られるようになるのは、1951年の柴田直光著「奇術種あかし」です。この本の最後に、「中外戯法図説」の「蘇武牧羊」として解説されています。その後、この解説がいくつかの奇術書に掲載されますが、この原理の素晴らしい改案も2つ発表されています。それが、1972年の「奇術界報 369号」の小野坂東氏の方法と、1977年の奇術研究 81号の山本慶一氏の「文王八卦字」です。

西洋でよく似た考え方が、21枚や27枚を使って3つの山への配り分けを3回繰り返す方法です。1813年には「ジェルゴンヌの積み分け問題」としてフランスの数学者であるジョゼフ・ディエズ・ジェルゴンヌが発表されています。このことは1956年発行のマーチン・ガードナー著”Mathematics Magic And Mystery”に紹介され、この本は1959年に金沢養氏の翻訳による「数学マジック」として発行されています。なお、19世紀後半には1876年の「モダンマジック」の本だけでなく、数冊のマジック書にこの原理を使った作品が解説されています。

Genii誌は1936年9月号が創刊でロサンゼルスから発行されています。その年の11月号には”Japanese Glass Levitation”が天海氏により発表され、2作品目となるのが1937年8月の”Japanese Mental Card Effect”です。前者は江戸時代の「盃席玉手妻」に解説されている作品の天海氏のアレンジ版であり、いずれも日本で知られていたものに改良を加えて紹介されていました。

21枚や27枚を使うのは子供向けのマジック書にも解説され、数学的な面白さがありますが、操作する時間の長さに問題を感じてしまいます。それに比べて、天海の8枚の使用はシンプルで実践的です。8つの漢字を使う「蘇武牧羊」は一つの完成形ですが、天海の方法はいろいろと違った応用ができそうな面白さがあります。

(お詫び)第32回「天海による思ったカードの消失」の考案時期の訂正
この作品は、1954年に発表されたエルムズリーの「ダイヤモンド・カット・ダイヤモンド」に影響を受けた可能性が高く、その後に考案されたと報告しました。ところが、1934年3月には、ほぼ同じ作品が天海氏により発表されていたことが分かりました。加藤英夫氏のDVD「天海ダイアリー」の記事を読み返したことにより判明しました。

1934年のネルマー著”UNIK TRIX that KLIK”に”Tenkai Teaser”のタイトルの作品があり、それがほぼ同じ内容でした。違いは、パケットをデックの上へ戻してから、デックのトップから客のカードを出現させている点です。パームやスティールが使われていないだけでなく、それ以外にも各所に違いがあるようですが基本的な部分は同じです。加藤氏は同様な現象をStanyonが以前に大々的に広告していたことを報告されていますが、そちらはデックを使う方法であったそうです。

ジェラルド・コスキー氏による天海の方法の解説には、ネルマー氏の本の記載がないことから、かなり後で天海氏の改案を見られた可能性があります。天海氏もエルムズリーの「ダイヤモンド・カット・ダイヤモンド」が話題になったことから、昔考えられた同様な方法を改良して演じられたのかもしれません。

(2021年11月30日)

参考文献

1889 中外戯法図説 蘇武牧羊
1937 石田天海 Genii 8月 Japanese Mental Card Effect
1951 柴田直光 奇術種あかし 蘇武牧羊
1956 Martin Gardner Mathematics Magic And Mystery
1959 金沢養(上記訳) 数学マジック ジェルゴンヌのトリックとその応用
1972 小野坂東 奇術界報 369号 蘇武牧羊の改案
1977 山本慶一 奇術研究 81号 文王八卦字
2016 加藤英夫 天海ダイアリーDVD

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