「奇術師のためのルールQ&A集」第51回

IP-Magic WG

Q:客の選んだカードを、東京タワーへプロジェクションマッピングして当てるイリュージョンを企画しています。このような企画を他人に真似させない法的対策はありますか?

このイリュージョンを行うには、東京タワーの全体が観察できるように、演技者自身は、東京タワーからある程度離れた場所で演技を行う必要があります。東京タワーの近くには、特別に開発した専用のプロジェクターを置き、助手がタイミングを見計らって、このプロジェクターを操作するようにします。

たとえば、客が取ったカードがスペードのAだった場合、その旨を助手に密かに知らせると、東京タワーの上に大きなスペードのAが投影されることになります。できれば、「東京タワーへのプロジェクションマッピングによるカード当て」という広い概念のマジックを、他のマジシャンに一切真似させないようにしたいと思っています。

A:「東京タワーへのプロジェクションマッピングによるカード当て」という広い概念のマジックについて独占権を得ることは無理かと思います。

まず、著作権による保護を考えると、著作権の保護対象は、具体的な「創作的表現」ですから、「東京タワーへのプロジェクションマッピングによるカード当て」というような広い概念だけについては、著作権による保護は及びません。ただ、東京タワーの右にレインボーブリッジ、左にスカイツリーが写り、演技者が、背景となる東京タワーの左側に写るような特定の場所を選び、そのような特定の場所で演技を行った場合、その独特な構図が「創作的表現」と認められれば、そのような構図による演技については著作権による保護を受けることができるでしょう。この場合、他のマジシャンは、同じ構図となるような場所で演技を行うことはできません。

もちろん、あなたの演技をそのまま撮影した動画などは、著作権の保護対象となるので、そのような動画を勝手に複製したり、勝手にYouTubeにアップしたりする行為は、あなたの著作権を侵害する違法行為になります。ただ、「東京タワーへのプロジェクションマッピングによるカード当て」という広い概念については著作権は発生しないので、他のマジシャンが、それぞれ独特の構図や演出を用いて固有の演技を行う限りは、「東京タワーへのプロジェクションマッピングによるカード当て」というマジックを真似して演じたとしても、著作権侵害の問題は生じません。

それでは、特許権はどうでしょうか。残念ながら、「東京タワーへのプロジェクションマッピングによるカード当て」というような広い概念については、特許を取得することもできません。そもそも、「東京タワーへ特定のカードを投影してカードを当てる」という概念は、奇術の現象の1つを示すものです。このような奇術の現象自体については、特許を取得することはできません。たとえば、人体浮遊というマジックがこれまでなかったとしても、「人を浮かす」という現象自体については特許を取得することはできません。

特許を取得するためには「その現象を実現するための具体的手段」を考える必要があります。特許の対象となるのは、奇術の現象自体ではなく、「その現象を実現するための具体的手段」なのです。したがって、人体浮遊について特許を取得するには、「どうやって浮いているように見せるか」という具体的方法や具体的道具を考えなければなりません。もちろん、同じ人体浮遊という現象であっても、人を浮かせたように見せるための具体的方法や具体的道具が異なったものであれば、それぞれが別個の特許ということになります。

ご質問のケースの場合、「東京タワーへ特定のカードを投影してカードを当てる」という現象を実現するために、「どうやって、客のカードの映像を東京タワーに投影するか」という具体的方法や具体的道具を考えなければ特許にはなりません。しかも、特許を取得するには、新規性(これまでにない新しい発明であること)と進歩性(これまでに知られている技術からは、容易には想像できない画期的な発明であること)が要求されるので、特許取得のハードルはかなり高いと思われます。

たしかに、カードの画像を投影する場所を「東京タワー」にした、という着想は、興行的には画期的なアイデアかもしれませんが、特許を取得するためには、技術的なアイデアを生み出す必要があります。したがって、投影場所を「東京タワー」にした、「豪華客船の船体にした」、「空中に浮かぶバルーンにした」というように、今まで誰も考え付かなかった場所を投影場所にすることを思いついたとしても、そのようなアイデア自体は特許にはなりません。

もっとも、「東京タワー」にカードの画像を投影するためには、何らかの特別な技術的工夫が必要になるかと思います。ご質問の例によると、東京タワーの近くに、特別に開発した専用のプロジェクターを置くことになっていますね。この専用のプロジェクターというのは、一般的なプロジェクションマッピングなどに用いられる通常のプロジェクターと比較して、何らかの特別な工夫が施されているものと拝察いたします。

これまでに、東京駅などの建物にプロジェクションマッピングを行った例はありますが、東京タワーの場合は、鉄骨を組み上げたものなので、鉄骨と鉄骨の間に隙間が空いています。したがって、通常のプロジェクターによって画像を投影すると、この隙間から画像の投影光の一部が漏れて、奥にある別な建物などに画像の一部が投影されてしまいます。おそらく、このイリュージョンを行う際には、東京タワーの運営会社から特別な許可を得ることになると思いますが、投影光の一部が東京タワーの背後に漏れるようなことがあると、奥にある建物の管理者などからも許可を得る必要が生じるかと思います。

このように、鉄骨と鉄骨の間の隙間から投影光が漏れないようにするためには、鉄骨の部分だけにマッピングが行われるように画像を加工する処理が必要になるでしょう。たとえば、客が取ったカードがスペードのAだった場合、助手は、スペードのAの画像をプロジェクターによって投影する操作を行うことになりますが、そのとき、スペードのAの画像のうち、隙間から奥に漏れてしまう領域の部分については、真っ黒な画像に置き換えることにより、いわば「虫食い画像」を作成し、この「虫食い画像」を東京タワーに投影するようにすれば、虫食い領域(鉄骨と鉄骨の間の隙間に投影される領域)については、実際には光が照射されないので、隙間から奥に投影光が漏れることを防ぐことができます。

もし、投影光の漏れを防ぐために、上記「虫食い画像」を作成する特別な機能を備えた専用のプロジェクターを用いて演技を行うようにするのであれば、そのようなプロジェクターの特別な仕組(「虫食い画像」の作成機能)を盛り込んだ「奇術用プロジェクター」として特許を取得することが可能です。

また、現在の予定では、客が取ったカードを何らかの方法で助手に知らせ、助手がそのカードの画像をプロジェクターにセットする操作を行うようですが、助手を使わずに、客が取ったカードの画像が自動的に投影されるような仕組を考えれば、そのような仕組について特許を取得することも可能です。

たとえば、客が取ったカードを密かに撮影するビデオカメラを用意し、このビデオカメラの画像を解析して、客のカードが何であるかを自動的に認識するシステム(自動車のナンバー認識システムと同じような原理を利用することになるかと思います)を用いて、認識したカードの画像を自動的にプロジェクターに与えて投影を行わせるような仕組を考えた場合、そのような仕組についても特許を取得できます。

結局、「東京タワーへのプロジェクションマッピングによるカード当て」という広い概念のマジックを、他のマジシャンに一切真似させないようにすることはできません。しかし、創作性のある独特な構図を生み出した場合には、その構図については著作権による保護が与えられ、そのような現象を実現するために用いる具体的なプロジェクターなどの装置を考え出した場合には、当該装置については、特許権による保護が与えられるということになります。

(回答者:志村浩 2021年12月4日)

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