第32回「天海による思ったカードの消失」

石田隆信

表向きに配った10枚のカードから客に1枚を思ってもらいます。その10枚をもう一度表向きに配ると、客のカードがあった枚数目のカードが別のカードに変わり、客のカードはポケットから取り出されます。この作品が影響を受けていたと考えられるのが、エルムズリーの有名な「ダイヤモンド・カット・ダイヤモンド」です。現象はかなり違いますが、大きく関わっていたと思います。そして、天海氏の方法も巧妙です。

1974年に”Magic of Tenkai”の本が発行され、”Vanish of Thought of Card”のタイトルで発表されています。この本にだけ掲載された作品で、ジェラルド・コスキー氏により解説が書かれています。この本の作品の3分の2は、それまでの天海の本やマジック雑誌から再録されたものですが、残りの3分の1はジェラルド・コスキー氏により解説が書かれた天海の作品です。天海氏は1953年のシカゴで心臓発作により入院し、1954年中頃にはロサンゼルスに戻っています。それから1958年に帰国されるまでの4年近くの間、ラウンドテーブルを開催してマジック仲間と研究が始められます。その中心メンバーの一人がジェラルド・コスキー氏で、その頃の天海氏が演じたマジックを解説されたと考えられます。

もう少し現象を具体的に書きますと、表向きデックから表向きのまま1枚ずつ10枚のカードを右から左へ並べます。少しずつ重ねて、10枚全てのインデックスが見えている状態です。カードを並べる時に、客には配った中から1枚を思ってもらうのですが、その枚数目とカード名を覚えてもらいます。そして、演者は声を出して1から10までカウントしながら配って並べます。右手で右側から10枚の順番を変えずにすくい取るようにして集め、左側で待機している左手の表向きデックの助けをかりてそろえます。左手のデックを裏向けテーブルへ置き、右手の表向きの10枚を裏向けて左手で持ちます。

客が思った数を言ってもらい、左手の10枚のトップから右手で1枚ずつ表向けながらテーブルへ配り、客が思った数になった時に、そのカードを裏向きのまま横へ置きます。その後、左手に残っているカード全体を表向け、カウントを続けて表向きに配り続けます。もちろん、最後は10のカウントとなります。表向きに配った中に客のカードがないことを聞いて確認し、配ったカードを右手で取り上げて左手へ裏向きに置きます。そして、横に置いていた裏向きのカードを表向けると客のカードではありません。客のカード名を聞くと同時に、上着の内側のポケットより右手で客のカードを取り出します。

テクニックを使う部分は3カ所です。右手で表向きの10枚をそろえる時に、左手のデックも一瞬だけ使っている部分です。パケットを表向きデックの上へ乗せて1枚を加えて、すぐにデックは裏向けてテーブルへ置きます。右手のパケットを左手へ裏向きに置くと、トップに1枚が加わった11枚になっています。これは使えるアディションの方法です。

2番目はテクニックと言えるほどではありませんが、最後に残った2枚を重ねて配っています。1枚を加えてカウントしながら配ると、10枚目のカードが2枚重なった状態になります。さらに、途中で全体をひっくり返して配っているので、最後の2枚の下側が本当の客のカードであり、これを1枚として配ります。結局、表向きに配ったカードの上から2枚目が客のカードになります。

3番目のテクニックが、解説ではもっとも難しく感じる部分です。しかし、改良したくなる部分とも言えます。表向きのパケットを右手で取り上げて左手に裏向けて置きます。下から2枚目が客のカードですが、これを右手にスティールして、上着の内側から取り出しています。

このスティールに関しては、本当に天海氏がこの方法で行っていたのか疑問に感じる点です。ロサンゼルスでラウンドテーブルを開催していた頃の天海氏は、既に60歳代後半になっています。指が滑りやすく、カードをパケットの中からスティールするのがしにくい年齢です。当時であればツバを使うことも考えられますが、実際にはもっと楽にできる方法で天海氏が行っていたのではないでしょうか。この作品に関してはイラストがなく、1ページだけの解説で終わっています。そのために、客のカードをパームする部分の解説は、単に一般的な方法のスティールするとだけ書かれたと考えています。

指の滑りを気にせずに客のカードをパームする方法として、左手へ表向きパケットのまま置いて、その上から2枚目の下にブレークします。この2枚を右手にパームしながらパケットを裏向けて左手に置けば、自然な動きでパームすることができます。または、裏向きのパケットのボトム2枚を左手にギャンブラーズコップやボトムパームする方法も考えられます。パームした手をポケットへ入れて、1枚をポケットに残して、客のカードだけ取り出すことになります。

このようなマジックですぐに思い出すのが、エルムズリーの有名な「ダイヤモンド・カット・ダイヤモンド」です。1954年11月のGenii誌に解説されています。現象はかなり違いますが、全体的な印象が似ています。デックからダイヤのAから10まで取り出して順番に並べ、Aがトップになるように裏向きにテーブルへ置きます。デックの右上コーナーをリフルして、ストップさせた1枚のカードを覗いて覚えてもらい、サイドスティールで右手にパームします。テーブルに置いていたパケットに客のカードを加えて取り上げ、表向きにしてダイヤが順番に並んでいることを少し見せ、デックの上へ裏向きに重ねます。

好きな数を言ってもらい、トップから1枚ずつ表向けてテーブルへ配ります。少し重ねてインデックスが見えるように並べながら配ります。客の指定数のカードだけ裏向きのまま配り、残りのカードは表向けて配るのを続けます。もちろん、裏向きに配るカード以外の9枚はセカンドディールしています。Aから10まで並んだ中に、1枚だけ裏向きのカードがある状態になっています。客のカード名を言ってもらい、裏向きカードを表向けると客のカードに変わっています。その数のダイヤのカードがデックのトップに残っている状態ですので、お好みであれば、それをポケットから出してもよいと書かれています。

「ダイヤモンド・カット・ダイヤモンド」が日本で最初に解説されたのは、1972年の加藤英夫著「カードマジック研究第3巻」だと思います。その後、2009年の加藤英夫著「Card Magic Library 第4巻」にも少しだけアレンジされて解説され、最近の本では2015年の宮中桂煥著「図解カードマジック大事典」の216ページに解説されていますので参考にして下さい。

「ダイヤモンド・カット・ダイヤモンド」が1954年11月発表ですので、その頃から開始されたラウンドテーブルでも取り上げられたと考えられます。指定枚数目から客のカードが出現する現象は古くからありますが、エルムズリーの方法は斬新な発想で話題になりました。しかし、天海氏にとって、セカンドディールの繰り返しは好まれなかったと思います。エルムズリーは10枚の中の指定枚数目に客のカードを現していますが、天海の方法では、客のカードが消失する逆の現象になっているのが面白いと思います。エルムズリーはサイドスティールによりパケットへ客のカードを加えているのに対して、天海氏はサイドスティールで取り去っているのも興味深い点です。

次々と大きく考え方を変化させ改良される天海氏であれば、この作品を作り出されたことも納得できます。そして、サイドスティールの部分も演じやすい方法に変えていたと考えてしまいます。

(2021年11月16日)

参考文献

1954 Alex Elmsley Genii 11月号 Diamond Cut Diamond
1972 加藤英夫 カードマジック研究第3巻 ダイヤモンド・カット・ダイヤモンド
1974 Kosky & Furst The Magic of Tenkai Vanish of Thought of Card
2009 加藤英夫 Card Magic Library 第4巻 ダイヤモンド・カット・ダイヤモンド
2015 宮中桂煥 図解カードマジック大事典 ダイヤモンド・カット・ダイヤモンド

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