「奇術師のためのルールQ&A集」第49回

IP-Magic WG

Q:実用新案を取得し、国内販売が好調な道具について、これから海外への特許出願を行うことは可能ですか?

半年前からネット通販で、花札を使った奇術用具を販売しています。

花札は、一般的なカードに比べてかなり厚くて堅いので、内部にマグネットを埋め込むことができます。このマグネットの吸引力や反発力を利用して、アクロバティックで不思議な現象を見せることができるのです。マグネットの形状や埋め込み位置に独特の工夫があり、この工夫について、販売前に実用新案を出願しました。この実用新案が登録されたため、今のところ他社からの類似品は出ておらず、国内での売り上げは好調です。

欧米人から見るとエキゾチックな道具に見えるらしく、海外からも多数の引き合いがあります。おそらく今後は、国内よりも欧米での売り上げの方が多くなりそうです。先日、米国のマジックショップから「海外の販売総代理店を引き受けたいが、海外での特許は取得しているのか?」との問い合わせを受けました。既に日本国内で販売している製品ですが、これから海外への特許出願を行うことは可能ですか?

A:「特許や実用新案の出願は商品販売前に行う」というのが世界共通の大原則です。

これは、ほとんどの国で、「出願時に新規性(novelty)のない発明は特許や実用新案を受けることができない」という規定を設けているからです。この「新規性」というのは、簡単に言えば「公には知られていない新しさ」ということです。商品を販売してしまうと、その商品に使われている発明の新規性が失われてしまいます。その商品を買った人なら誰でも、その発明の内容を知ることができるわけですから、もはやそんな発明は、誰もが知っている陳腐な発明にすぎない、という論理です。

ご質問者の感覚としては、リンキングリングや四つ玉など、100年も昔から知られている古典マジックなら「新規性はない」と言えるだろうが、「花札を使った奇術用具」は、まだ発売後半年しか経っていないので、誰でもが知っている陳腐な発明には該当しない、と思われるかもしれません。それでは、「新規性」が喪失する時期をいつに設定したら妥当ですか? 商品発売後1ヶ月?、半年?、1年?、5年?….. いろいろな考え方があるかもしれませんが、特許法や実用新案法では、ほとんどの国で、商品発売後、0秒で新規性が喪失されるとしているのです。要するに、特許の世界では、商品を発売した瞬間に、その発明は陳腐化したものとして扱われ、特許や実用新案が取れなくなってしまうのです。

したがって、明日の午前10時に新発売する予定の商品について特許や実用新案を取るのであれば、明日の午前10時前までに出願を完了しておく必要があります。しかも、多くの国で、自国内だけでなく外国での販売行為も新規性を喪失する行為とされています。つまり、日本で商品を販売してしまうと、販売後には、日本で特許や実用新案を取れなくなるだけでなく、外国でも特許や実用新案を取ることができなくなってしまうのです。「特許や実用新案の出願は商品販売前に行う」というのが世界共通の大原則になっているのは、このような事情があるためです。

以上、商品の販売による新規性の喪失について説明しましたが、発明の新規性が喪失する事由は、商品の販売だけに限りません。たとえば、その発明の内容を雑誌や書籍に記載した場合、その雑誌や書籍が刊行されれば、新規性が喪失してしまいます。その発明の内容をYouTubeなどで公開した場合も、公開時点で新規性が喪失します。

なお、今回のケースでは、花札の内部にマグネットを埋め込んだ点が手品の仕掛けになっているので、この花札をショーケースに展示したり、カタログにこの花札の写真を掲載しただけでは、新規性は喪失しません。花札の外観が露見したとしても、外観だけでは内部の仕掛けがわからず、通常の花札のように見えるからです。この花札を販売してしまうと、分解すれば誰でもマグネットの形状や埋め込み位置を確認することができるので、新規性は喪失します。

ちなみに、三角形にした点が発明の特徴となるリンキングリングなどでは、外観を見れば発明の内容がわかってしまうので、販売すればもちろんのこと、展示したりカタログに写真を掲載したりするだけで、新規性は喪失してしまいます。

このように、基本的には、商品を販売してしまうと特許や実用新案は取れなくなるのです(特定の条件を満たせば、新規性喪失の例外規定を利用して特許や実用新案を取る裏技もありますが、ここでは触れません)。幸いにして、今回のケースでは、日本については既に実用新案を取得しているとのことですので、少なくとも日本国内については、この実用新案権によって、他社が類似品を販売することを禁止できます。この実用新案は、商品の販売前に出願をしているため、その内容は、出願時点ではまだ新規性を有していたことになり、実用新案権は有効な権利ということになります。

ただ、あなたが取得した実用新案権は、日本国内でのみ有効な権利なので、たとえば米国の業者が、類似品を米国で製造して販売することまで禁止することはできません。米国での類似品の製造販売を禁止するには、あらためて米国特許を取得する必要があります。

しかし、これから米国へ出願しても、既に日本国内での販売行為によって、この発明は新規性が喪失してしまっているので、通常の出願を行っても米国で有効な特許は成立しません。もちろん、米国の審査官が日本での販売事実を掌握していない場合は、形式上、米国特許が付与されますが、その米国特許は瑕疵のある権利であり、第三者からの訴えにより無効にされてしまいます。

したがって、「出願時に新規性のない発明は特許や実用新案を受けることができない」という原則を貫くと、外国での権利取得のハードルが極めて高くなります。通常、日本人であれば、まず日本における特許(もしくは実用新案)を取得しようと考え、その後のビジネス展開によっては、外国でも特許や実用新案を取得したい、と考えるのが普通です。

ご質問のケースのように、時系列的には、[日本での出願]→[日本での販売]→[販売実績を見て必要なら外国出願]という流れになるのが理想的です。また、外国出願を行うには、外国特許事務所の選定や書類の翻訳が必要になり、費用や時間もかかります。このため、外国出願を日本出願と同時に行うことは、実務上、かなり無理があります。

このような事情を考慮して、100年以上も前(1883年)に「工業所有権の保護に関するパリ条約」というものが締結されています。この条約によれば、各締約国の国民は、自国で特許や実用新案の出願を行った場合、その自国出願から1年以内に外国出願を行えば、この外国出願は、自国出願の出願日になされたものとみなす、という利益を受けることができます。つまり、外国出願の出願日を自国出願の出願日まで遡らせる利益が得られるのです。この利益は「パリ条約に基づく優先権」と呼ばれています。

この「パリ条約に基づく優先権」を今回のケースに当てはめてみましょう。たとえば、あなたが国内で取得した実用新案の出願日が昨年の12月12日であったとし、この「花札を使った奇術用具」の販売開始が、今年の1月1日であったと仮定しましょう。この場合、この発明は今年の1月1日に新規性を喪失してしまっているので、上述したとおり、これから外国に通常の方法で特許出願しても、有効な特許は成立しません。ところが、「パリ条約に基づく優先権」を主張した特許出願を行えば、その出願の出願日は、日本の実用新案の出願日である昨年の12月12日とみなされます。

そこで、たとえば、今年の9月9日に、優先権を主張して米国に特許出願を行えば、その米国出願の出願日は、昨年の12月12日(つまり、日本での実用新案の出願日)とされるのです。米国での出願日が昨年の12月12日とみなされるなら、まだ商品の販売を行う前ですから、米国の出願時にはまだ新規性は喪失していないことになり、米国でも有効な特許が成立します。つまり、ご質問のケースの場合、米国での特許取得は、まだ間に合うわけです。優先権が主張できる期間は、自国の出願日から1年以内なので、上例の場合、遅くとも今年の12月12日までに米国出願を行う必要があります。

「花札は、欧米人から見るとエキゾチックな物に見え、今後は、国内よりも欧米での売り上げの方が多くなりそうだ」とのことですが、パリ条約には190カ国以上の国が加盟しているので、米国だけでなく、欧州を含めた様々な国についても、同様の方法でこれから特許を取得することが可能です。

このように、「パリ条約に基づく優先権」が認められるため、産業界で外国出願を行う場合、[日本での出願]→[日本での販売]→[販売実績を見て必要なら優先権を主張した外国出願]という手順を踏むのが一般的です。ただ、はじめから外国出願をすることが確実な場合は、「特許協力条約に基づく国際出願(PCT出願と呼ばれています)」という制度も利用されています(国際出願についての詳細は、Q&A集第43回を参照)。

なお、現在、あなたが日本で取得しているのは実用新案権であるため、権利の存続期間は出願から10年になります。これに対して、特許の存続期間は、出願から原則として20年です。もし、権利の存続期間を伸ばしたい場合は、実用新案の出願から3年以内であれば、これを特許出願に変更することも可能です。

(回答者:志村浩 2021年11月20日)

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