「奇術師のためのルールQ&A集」第62回
IP-Magic WG
Q:「RAINBOW MAGIC」という名前のマジックショップを運営しています。先日、別なマジックショップから、商標権侵害になるので、「RAINBOW MAGIC」というロゴの使用を中止するよう警告されましたが、どう対処すべきですか?
3年ほど前に「RAINBOW MAGIC」(レインボーマジック)という店名のマジックショップを開業しました。小規模ながら「株式会社RAINBOW MAGIC」という会社組織にして、会社設立のための商業登記も完了しております。
開業時には、デザイナーに依頼して、シルクハットから虹が伸びる絵柄に「RAINBOW MAGIC」と記したロゴを作成してもらいました。このロゴは、実店舗の入口ドアに看板として表示しており、個々の商品には、このロゴのシールを貼り付けて販売しています。また、商品カタログ、封筒、名刺や、ネット上のWebページにも、このロゴを表示しています。
ところが先日、別なマジックショップを運営するM氏の代理人から警告書なるものが送付され、「このロゴの使用は、M氏の商標権を侵害する行為になるので即刻中止するように」との申し入れがなされました。この警告書によると、M氏は「手品用具」について「レインボーマジック」という商標権を有しており、私のロゴは、この商標権に抵触するそうです。
私のショップが「株式会社RAINBOW MAGIC」なる名称で正式に商業登記をしているのに対し、M氏は個人事業主として、通販でのみマジックショップを運営しているので、商業登記はしていないようです。したがって「RAINBOW MAGIC」という言葉を使用する権利は、正式に登記を行っている私にあると思います。どうやら、私の商業登記権とM氏の商標権とがバッティングしているようなんですが、商業登記権と商標権とはどちらが強いのでしょうか?
A:ご質問のケースの場合、「商標」と「商号」の違いをはっきりと認識し、それぞれについて対応を考えることが重要です。
これまで3年間も業務に使用してきた「RAINBOW MAGIC」という店名やロゴが、急に使えなくなったら一大事ですね。「RAINBOW MAGIC」や「レインボーマジック」という言葉について、あなたは商業登記をしているのに対して、M氏は商標権を取得しており、一見して、あなたの商業登記とM氏の商標権との一騎打ちといった感じがするかもしれません。
しかしながら、商業登記と商標権とは、全くテリトリーの異なる概念であり、理論的には、両者がバッティングすることはありません。前者は「商号」を対象とする登記であり、後者は「商標」を対象とする権利であるので、両者は互いに競合するものではなく、どちらが強いかという強弱を議論することは無意味です。
まず、「商号」というのは、営業上、商人が自己を表示するための名称のことであり、「株式会社RAINBOW MAGIC」なる名称で登記された名前は、あなたが設立した会社の名前ということになります。商業登記は、法務省の管轄であり、あなたが設立した会社の名前が「株式会社RAINBOW MAGIC」であることを公に示すための制度です。
「商号」は、文字によって構成されている必要があり、絵柄やイラストの登記は認められていません。したがって、あなたが登記した商号は「株式会社RAINBOW MAGIC」という文字列によって構成され、シルクハットから虹が伸びる絵柄の部分は商号には含まれません。
ところで、この商業登記によって「商業登記権」というような権利が発生するわけではありません。法律上「商業登記権」というような権利は存在しないのです。別言すれば、商業登記を行うことにより「RAINBOW MAGIC」という名称を独占的に使用する権利が直ちに得られるわけではありません。ただ、商法には「何人も、不正の目的をもって、他の商人であると誤認されるおそれのある名称又は商号を使用してはならない」との規定があり、不正競争防止法にも似たような規定があります。
したがって、M氏が不正の目的をもって、「RAINBOW MAGIC」という名称を自己のマジックショップの屋号として用い、その結果、一般消費者が、M氏のショップをあなたのショップと誤認してしまうような事態が生じた場合、M氏の行為は、商法や不正競争防止法に違反する違法行為ということになります。
一方、「商標」というのは、商人が商品もしくは役務(サービスを提供する業務)について使用するマークのことであり、文字だけでなく、絵柄やイラストなどを用いることも可能です。商標登録は、特許庁の管轄であり、商標が特許庁の審査を経て正式に登録されると、商標権が発生します。この商標権は独占排他権であり、商法や不正競争防止法を適用することなしに、第三者が、不正な目的をもっていようがいまいが、登録された商標を、指定された商品や役務に使用することを禁止することができる権利です。
今回のケースの場合、M氏の所有する商標権は、「手品用具」という商品について「レインボーマジック」という言葉を用いることを独占する権利ということになります。商標権は、登録された商標そのものだけでなく、これに類似する商標の使用も禁止できます。
一般に商標の類似には、外観類似、称呼類似、観念類似の3形態があるとされています。あなたが使用しているロゴは、外観類似には該当しません。M氏の登録商標は「レインボーマジック」というカタカナ表記であるのに対して、あなたのロゴの中の「RAINBOW MAGIC」は英語表記なので、外観は似ていません。しかし、両者は称呼類似に該当し(読んだときの発音が両者とも「レインボーマジック」になるから)、また、観念類似にも該当します(いずれも「虹と奇術」という共通観念を生じさせるから)。
結局、あなたが使用しているロゴは、M氏の登録商標「レインボーマジック」に類似していることになるので、このロゴを「手品用具」についての商標として使用すると、M氏の商標権に抵触する違法行為になってしまいます。このロゴからは、「レインボーマジック」という称呼(M氏の登録商標と同じ発音)が生じますし、「虹と奇術」という類似した観念も生じるからです。
このため、たとえば、個々の商品に、このロゴのシールを貼り付けて販売する行為は、商標法によって禁止されている「商品の包装にM氏の登録商標を付する行為」に該当するので違法行為になります。よって、このようなロゴのシールを商品に貼り付けてはいけません。また、商品カタログや、ネット上のWebページに、このロゴを表示する行為は、商標法によって禁止されている「商品に関する広告にM氏の登録商標を付する行為」に該当するので、やはり違法行為になります。
残念ながら、このロゴを商品について使用する行為はすべて封じられてしまうことになります。ただ、商品について使用するのではなく、あなたのマジックショップの名前として、このロゴや「RAINBOW MAGIC」という言葉を使用することは許されます。これは、商品についての使用は「商標としての使用」になるのに対して、マジックショップの名前としての使用は「商号としての使用」になるからです。M氏の商標権は「商標としての使用」を禁止することはできますが、「商号としての使用」を禁止することはできません。
したがって、実店舗の入口ドアに表示しているロゴの看板は、そのまま利用し続けてかまいません。一般に、看板は「商号」を表示するためのものと認識されているからです。もちろん、店名を変える必要もありません。
もっとも、実務上、「商標としての使用」であるのか「商号としての使用」であるのかについて、争いになるケースも少なくありません。このような争いを避けるためには、名刺、封筒、カタログなどについては、このロゴを用いる代わりに、「株式会社RAINBOW MAGIC」という文字列(株式会社の入った文字列)を記載するのが好ましいでしょう。
より安全を期するには、
「東京都中央区○丁目○番地
株式会社RAINBOW MAGIC
電話 03-XXXX-XXXX」
のように、住所や電話番号などと共に「株式会社RAINBOW MAGIC」という文字列を記載しておけば、「商標としての使用」ではなく「商号としての使用」であることが明確になるでしょう。
このように、あなたが登記した「株式会社RAINBOW MAGIC」という文字列は、あなたのマジックショップの名前として使用する限りは問題はないのですが、「RAINBOW MAGIC」という文字列を含むロゴを、商品の包装やカタログなどについて使用すると、M氏の商標権を侵害してしまうことになります。これまで3年間も使用してきたロゴのシールを商品に貼り付けられなくなるのは迷惑な話ですが、M氏が商標権を取得してしまった以上、やむを得ません。
このような事態を避ける上では、3年前の開業時に、このロゴについて商標登録出願を行い、M氏に先んじて商標権を取得しておくべきだったと言えましょう。M氏より先に商標登録出願を行えば、M氏の商標登録出願は拒絶されてしまい、M氏名義の商標権は発生しなかったはずです。
なお、M氏の商標権を避けて、あなたのロゴを引き続き商品について使用することができる方法が1つだけあります。この方法を適用するには、次の2つの条件が必要です。第1の条件は、「M氏の商標登録出願日より前から、あなたがこのロゴを商品について使用していたこと」であり、第2の条件は、「その結果、このロゴが、あなたの商品についてのロゴとして、需要者の間に広く認識されていたこと」です。
たとえば、M氏の商標登録出願日が1年前であり、その時点で、あなたがこのロゴを貼り付けた商品を相当量販売しており、多数の顧客が、このロゴはあなたの商品についてのロゴであると認識していたとすると、あなたには「先使用権」という権利が認められます。この「先使用権」は、M氏の商標権に対抗できる権利であり、あなたには従前どおり、このロゴを商品について使用する権利が与えられます。
上記第2の条件は、ある程度ハードルが高い条件ですが、「RAINBOW MAGIC」というブランドが、あなたのマジックショップで販売している商品についてのブランドであると、多くのマジシャンが認識していれば、M氏の代理人から送付されてきた警告書に対する回答書において、「先使用権が存在するので商標権侵害にはあたらず、これまでどおり、このロゴの使用を継続する」旨の抗弁を行うとよいでしょう。
(回答者:志村浩 2022年2月19日)
- 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
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