“Sphinx Legacy” 編纂記 第87回

加藤英夫

出典:”Sphinx”,1922年8月 執筆者:J.P. Ornson

あなたならChautanquaで行われているマジックショーを見に、鉄道に乗って110kmも離れた街まで行きますか。見たあと夜中の2:15分に寝て、4:30に起き、7:30に自宅に戻って、そして220kmを旅して見てきたショーが素晴らしかったと仲間に話をする、なんてことをあなたはやりますか。そんな人は頭のどこかが緩んでいるなんて言われるかもしれません。それはそうでしょう。でも私はとても満足しています。それはChautanquやLyceumタイプのショーとして、もっとも美しく見事で最高のマジックショーでした。

そのショーの後半は’Crayon and Sand paintings’で構成されていました。私は以前にもS.S. Henry & Company のショーを見たことがありますが、今回のは昨年のより90%良かったです。Henryはたくさんのオリジナルマジックをやりました。彼の5ガロン入り水入りジャーの消失は、とても不思議な傑作で、観客を完全にノックアウトしました。Butterfly SilksやFlagsやFlowersを使ったマジックは、全舞台を東洋の館に変えていました。

S.S. Henryが見せたマジックの美しく素晴らしいマジックを言葉で伝えるのは不可能です。彼の’Sand paintings’はアートであり、それだけを見に何マイルも旅して見に行く価値のあるものです。彼のマジックをアシストするHenry夫人は、Henryと同等に称賛されるべき素晴らしさで、二人は仕事中も仕事のあともハードワーカーであります。独創的なフルマジックショーを見たい人は、近くに S.S. Henry & Companyが巡演してきたときは、チャンスを見逃さないようにしてください。

列車を使って70マイル離れた町にマジックショーを見に行き、ショーが素晴らしかったという話です。しかもショーを見たあとどこに泊まったかわかりませんが、夜中に2時間ちょっと寝てから朝の7時半に自宅に戻ったというのです。それだけ苦労して素晴らしいマジックショーを見たというのは、さぞかしやり甲斐のあったことだろうと思います。

それに引き替え私たちは、そんな苦労をしないでもマジックショーを見られますし、簡単に書籍や道具も入手できます。しかもお金をかけないでも可能です。まえにも書いたかもしれませんが、そのように便利になったことは、はたして幸せなことでしょうか。手紙だってそうです。いまや頻繁に交わすことのできるメールは、ひとつひとつはそれほど有り難みを感じたりしません。自筆で交わした手紙や葉書は、アルバムの写真と同じぐらい、あとから見ても懐かしさを感じるものです。

いくら便利な世の中だからといって、その便利さに従属的につき合う必要はありません。便利さを自分の都合のよいように利用することが、便利さを享受する秘訣です。電車の中でスマホでドラマを見ている人を見ると、「もったいないことをしているな」と思います。私はドラマや映画を見るのは、60インチの4Kテレビで見ます。その方が迫力があるからです。音楽番組は質のよいヘッドホンで大きな音で鑑賞します。もちろんたいていの番組は録画で見ます。コマーシャルを飛ばせるからです。

PDFデータのマジック雑誌は、PDF結合ソフトを使って、可能なかぎり多くの号を合本して利用します。その方がいっぺんに検索できるからです。マジックの道具については、購入するまえにいくつかの動画を閲覧します。そうすれば買わないで済む場合が多いからです。

便利な時代に素晴らしいと思うことは、やることが苦労しないでできるとか、多くの物が格安もしくは無償で手に入るかということよりも、新しく登場した手段を利用すると、自分の活動範囲が広くなったり、思考作業の可能性が広がったりすることです。

マジシャンにとって何が便利なテクノロジーでしょうか。おそらくYouTubeの動画だと思います。それを見て楽しむだけではなく、そこから新しいマジックのヒントを得ること、もしくはたんに真似をするだけでも、十分自分のマジックに役立たせることができます。100kmも離れたところに行かなくても、いくらでも世界の一流のマジックが見られる今日、いくらでも自分のマジックのレベルアップが可能です。

コロナ時代は、そのようなことをやるのに適した期間ではないでしょうか。もちろんそれには、それだけのことを持続してやるという情熱と決意が必要です。

(つづく)