“Sphinx Legacy” 編纂記 第1回

加藤英夫

私はいま1902年3月に創刊され、51年間発刊されたアメリカのマジック雑誌”Sphinx”を読み、重要事項を切り出す作業を行っています。”Sphinx”から私たちが受け継いだ’遺産’という意味を込めて、”Sphinx Legacy”という書名で刊行する予定です。これを始めた経緯について、同書の前書の一部を抜粋します。

“ダイ・バーノンの研究”第3巻の発送が一段落してきた2020年4月上旬、私はつぎの仕事としてどのようなことをやろうかと、ネットをあちこち検索していました。そうするとすごいサイトを見つけたのです。あの”Billboard”という芸能情報誌のバックナンバーをダウンロードできるサイトです。この雑誌は今日ではほとんど音楽関係だけの内容となっていますが、1894年11月1日に創刊された同誌は、かなりの間、芸能全般にわたる情報を提供してきました。

そして1910年代から1940年代にかけて、Bill Sachsが担当する、’Magic and Magicians’というマジック関連のコラムが毎号書かれていたのです。内容はマジック雑誌のように、マジックの方法が解説されていることはありません。いつどこで誰が出演したかという、マジシャンの活動状況を伝えるのが記事の主旨です。もちろんそれだけではなく、マジシャンが新しいことを始めたとか、こんな出来事があったとか、笑い話のようなものも書かれています。

なんと言ってもマジック雑誌と異なることは、取り上げられているマジシャンが、ほとんどプロマジシャンだということです。ですからマジシャンの論評については、成功したショーについての場合は、どのようなことが成功の原因であるかが書かれたり、評判がよくない場合には、ずばりどのようなことが不評の原因か、批評家としてのSachsの意見が書かれたりします。すなわちそれらを抜粋してまとめた当書は、プロマジシャンにとってはたいへん参考になるものになると思いました。

[中略]

このサイトからダウンロードしている時点では、これをどのように使うかという考えはありませんでした。しかしダウンロードしている最中に、新型コロナの外出規制が始まりました。家から出られない状況になったのです。

その世界的な困窮の状況に突入したとき、私は思いついたのでした。”Billboard”から得た情報をまとめれば、アメリカのヴォードビル時代のマジックの発展状況を学ぶ教科書を作ることができるのではないかと。外出できない日常は、そのような仕事をすることによって、苦境をチャンスに変えることができると決心したのです。

“Billboard”というのは週刊誌です。ですから、週ごとにマジシャンの活動状況が報告されているのは、アメリカマジック界の流れを把握するのに好適です。それを時間系列で記録していくとしたら、それはアメリカのマジックの歴史の縦糸に相当します。縦糸があるとしたら、横糸もあるのではないかと気づきました。すなわち、”Billboard”に書かれている年月に、他のあらゆる文献から、他のマジシャン、マジック界全体の傾向はどうなっていたかということ、それらを調べて縦糸に添えて書くことによって、当書は歴史の全体を見渡すのに適切な内容になるはずです。そのようにして、”Billboard”からある事柄を引用したとき、それに関連した情報を、他のマジック雑誌、書籍、インターネットから取得するという作業を続けました。

そして1920年1月3日号から1945年3月17日までで、英語のままで462ページ分のデータをWORDに貼り付けた時点で、ひとつのことに気づきました。それまで”Sphinx”からも、かなり多くの情報を引用してきましたが、”Sphinx”は月刊ではありますが、これもまた、アメリカのマジックの歴史を年月順にたどるのに適しているものであると。しかも私はすべての号をデジタルデータで持っています。

むしろ内容的には、”Billboard”よりも”Sphinx”の方が、具体的にマジックについて書かれています。しかも幸いなことに、”Sphinx”は発刊当時、アマチュアマジシャンをまったく対象としていませんでした。プロマジシャンの発展のために創刊されたことは、内容を見るだけでなく、編集者が書いているもののいたるところで見受けられました。ですから、”Billboard”から引用してきた方向性とか内容の傾向は、”Sphinx”のものとほとんど一致しています。そこで”Billboard”の方はいったんストップし、”Sphinx”の探求に切り替えました。

[後略]

前書からの引用はここまでとしておきます。いまのところ”Sphinx ”は、1902年3月号から1922年12月号までの調査をすませました。”Sphinx”から抜き出した記事、およびそれらに関連する他書からの引用、そして私の意見や思いついたアイデアなどを含めて、2020年12月31日現在、1977ページになりました。そのうち私が一部分翻訳したり、私自身が日本語で書いた補足文章は400ページ分ぐらいです。すべて調査作業が終わると、全体として4000ページ前後になるかもしれません。

そのあと英語部分の翻訳を行うとしたら、絶対に5年では終わらないでしょう。5月に78歳を迎えようとしている私は、いつ仕事ができなくなるかわかりません。そこで考えました。原著からの英文は英語のまま引用し、その記事にどのようなことが書かれているか私が補足文章を書く、というスタイルで全体をまとめることにしようと。もしも私が長生きできるとしたら、英語の部分も順次翻訳していくことも考えています。

“Sphinx Legacy編纂記” No.1はここまでとしておきましょう。次回から、どのようなことが書かれているかがわかるように紹介していきたいと思います。

(つづく)