“Sphinx Legacy” 編纂記 第61回

加藤英夫

今回から、原著の英語部分を日本語に翻訳して掲載することにいたしました。MN7サイトですでに発表済みの第1回~第60回の分につきましては、全文日本語にて書き直したものを、私のサイトで順次ご覧いただくことにいたしました。すでに第1回分を掲載いたしました。以下にアクセスしてお読みください。

http://www.magicplaza.gn.to/

出典:”Sphinx”,1938年8月号 執筆者:Victor Farelli

石田天海が”Genii”1936年11月号に解説した、’Japaese Glass Levitation’に関連して、”Sphinx”のこの号で、Victor Farelliが’Paris Note’というコラムにおいて、つぎのように書いています。

ジョン・フィッシュが言うには、パリで2個のグラスが本にくっつくトリックを、街頭で10 フランで売っていたということです。ネタの部分は最初から本についていて、ハンカチーフをかけることによって、それが見えなくなるのです。

このトリックに関しては奇妙な歴史があります。Ch. ラーソンが彼の有名なコレクションを手放したとき、そのトリックのやり方を雑誌で見た記憶があるというのです。題名はおぼえていませんでした。彼はそのトリックが気にいって、ヨーロッパに帰ってからよくマジシャンたちに見せました。その中にはあのオトカー・フィッシャーもいました。フィッシャーから私への手紙において、このトリックのシンプルさが気にいって、ラーソンがアメリカから持ち込んだトリックではベストだとさえ書いています。

というわけで、このトリックがヨーロッパで普及したのにはラーソンが貢献したと言えます。私はその時点ではこのトリックを見ていませんでしたが、しばらくすると多くのマジックディーラーが売るようになりました。いったい誰が考案者なのか、どの雑誌に出ていたのか興味が沸きました。

(この文章の途中に、編集者Milbourne Christopherの注釈として、”このトリックは”Genii”に天海が解説したもので、現在では天海が書いている紐のギミックではなく、金属のギミックが使われています”と補足文章が書かれています)。

ところでIBM 支部のハーバート・コリンズは、このトリックを発展させました。2 個のグラスではなく、3個のグラスを使うのです。そしてグラスがくっついた状態でトレーを揺らして見せました。

私の若いころの記憶の中に、Lewis Gansonが3つのグラスで演じている写真が鮮明に残っています。そしてその金属製のギミックをたぶん力書房から入手して演じたものです。日本から出発してアメリカに渡り、そしてヨーロッパを経由してまた日本に戻ってきたのです。優れたマジックはこのようにして、多くのマジシャンの手によって発展されてきたのです。

(株)テンヨーの’これが手品だ’でも、ギャンソンの写真の演技でも、グラスにシルクを入れて演じていました。シルクをグラスから抜き取るという部分は、このトリックを美しいものにするアイデアです。はたしてそれを誰が考えたかは、まだ謎のままです。

Milbourne Christopherが指摘している、天海の解説を収録いたします。

Japanese Glass Levitation
= 石田天海、“Genii,1936年11月号” =

以下に説明するのは、本物の日本のマジックです。その魅力は、現象が華々しいものであり、いかにも手練でやっているように見えるにもかかわらず、実際のやり方はとても簡単であることです。手練であるように見えることも、けして不思議さを損なうようなことはありません。

現象としては、1冊の本の上にリネンのハンカチーフをかけます。さらにその上に2個のタンブラーを口を下に向けて並べて置きます。グラスの間にはマジシャンが親指を入れるだけの隙間しかありません。ハンカチーフの垂れている部分はたたんで本のページにはさみます。垂れていると現象がよく見えないからです。それからマジシャンは右手で本を取り上げますが、親指をタンブラーの間に入れ、他の指は本の下にさし入れます。そして本を持ち上げて、全体を逆さまにひっくり返します。タンブラーは落ちません。全体をもとの向きに戻し、タンブラーを調べさせ、そしてハンカチーフや本も調べさせます。

実際の方法を説明するまえに補足しておきますが、使うのは本でなくても、四角いトレイであってもいいですし、借りた板であってもかまいませんが、本を使うのがもっとも効果的です。それは前述した理由からです。

秘密は、たんに短い紐を使うことです。その両端を結んでタンコブを作っておきます。紐の長さについては、演じる人の親指の幅と、タンブラーの厚さによって決まってきます。紐は丈夫な包装用の撚り紐を使います。紐の両端は何回も結んで豆粒のような形にします。このギミックを演じるまでポケットに入れておきます。他の道具は仕掛けのないものです。ただし、タンブラーは小さめのもので重くないものを使います。

初め紐のギミックはハンカチーフの陰に隠しておいて、ハンカチーフを本にかけるときに、ギミックを然るべき位置に落とします。落としたあとその上にハンカチーフをかけます。タンブラーをふせてハンカチーフの上に置くとき、一方の結び目がタンブラーの縁の内側に入るように置きます。他方のタンブラーは他方の結び目にかかるように置きます。ギミックに位置は本を右手が持ったときに、親指の先が間に位置するような位置に置くこと。右親指をタンブラーの間でギミックのある位置にさし入れて押し込むと、ギミックの結び目によって両方のタンブラーと親指とが固定されます。そうして本を取り上げて逆さまにしても、グラスは落ちません。

私はこの記事を読んで、(株)テンヨーの製品、’これが手品だ’を思い出しました。グラスの間に親指を入れて保持するのではなく、マジックウォンドを入れて固定させるやり方です。マジックウォンドを使うことは山田昭氏が考えたと聞きましたが、そのあと見つけた”Gibeciere”の記事では、山田氏のアイデアはとっくの昔に存在していたことがわかりました。その記事は”Gibeciere”2011年夏号に松山光伸氏が投稿されました。

そのやり方ではマジックウォンドではなく、センスを使うのですが、”盃席玉手妻”(はいせきたまてづま)に解説されているとのことです。天海が発表するとき、その原典がクレジットされるのが理想的だったかもしれませんが、いずれにしてもこマジックは天海のものとして、世界中に広まっていったのです。

[後日追記]

Milbourne Christopherが言及している金属製のギミックについて、Annemannが”JINX”, 1940年4月6日号につぎのように書いています。

“Genii” が創刊された当時に解説されたトリックの中で優れたものは、天海が書いた’ グラスレビテーション’ でした。それは話題になり、人々が演じるにしたがってポピュラーになっていきました。フランク・デュクローはこのトリックに、古くからある煙の効果を加え、演出を発展させました。

彼は演出のみならずギミックも改良しました。原案では両端に結び目をつけた紐を使っていたため、結び目が引っ張られて失敗することがありました。デュクローのギミックは金属で作られているため、失敗することがありません。彼はそのやり方を1937 年11 月8 日に私たちに見せてくれて、”Jinx” で発表する許可をくれました。しかし彼がそのトリックを売るようになったことと、”Jinx” には十分な原稿があったため、取り上げることはありませんでした。

出典の日付の順は前後しますが、”Genii” 1940 年3 月号で、U.F. グラントはデュクロの演じ方について、以下のように詳しく説明しています。

デュクローは2 個のウィスキーグラスを見せ、一方に煙を入れてから、そのグラスから他方のグラスへ煙を移して見せます。そして煙がどちらにも半分ずつ入った状態で、ハンカチがかかった板の上に2 個のグラスをふせて置きます。それから板を持ち、全体をひっくり返して、グラスが板にくっついて落ちないのを見せます。そのあとグラスを外し、息を吹きかけて煙をグラスから出して演技を終わります。見事な演出です。

(つづく)