「奇術師のためのルールQ&A集」第75回

IP-Magic WG

Q:友人のプロマジシャン甲師が引退するので、奇術の道具や資料を無償で譲り受けました。その中には、知的財産に関して違法な物品も含まれているようですが、どのように対処したらよいですか?

私もプロとして活動しているマジシャンですが、先日、友人のプロマジシャン甲師が引退して廃業することになり、彼が所有している道具、奇術書籍、DVDなどをすべて無償で譲り受けることになりました。ただ、その中には、「これはちょっとやばいんだ」と言われて譲り受けた品があります。どうやら、これらの物品は、他人の知的財産権を侵害する違法な海賊版とのことです。

具体的には、剣刺しの大道具は、あるメーカーの特許製品を甲師自身がパクって作った模造品であり、DVDについては、市販の動画DVDを無断でDVD-Rという媒体にコピーしたものだということです。甲師は「黙っていればバレないから大丈夫だ」と言っておりますが、このまま譲り受けてよいものか心配です。これら違法物品について、どのように取り扱えばよいですか?

A:譲り受けた違法物品を単に所持しているだけでは罪になりませんが、いろいろと問題が生じるため廃棄した方が無難です。

一般に、麻薬や児童ポルノのDVDなどは所持するだけで違法になることがありますが、知的財産権を侵害した海賊版については、それを所持するだけ(単純所持と言います)では罰せられません。だからと言って、全く問題がないわけではありません。以下、特許権を侵害した物品と著作権を侵害した物品とについて、順に説明をしてゆきます。

まず、甲師から譲り受けた剣刺しの大道具ですが、あるメーカーの特許製品をパクって作った模造品とのことですので、甲師がこの模造品を製造した行為は特許法違反になり、この模造品を使って演技を行った行為も特許法違反になります。特許法上、模造品を製造したり、使用したり、譲渡(販売)したりする行為は違法行為として規定されているからです。また、譲渡には販売(有償譲渡)だけでなく無償譲渡も含まれているので、甲師がこの大道具をあなたに無償譲渡する行為も違法行為になります。

このように、有償や無償による「譲り渡し」は違法行為ですが、幸い、有償や無償による「譲り受け」は違法行為としては規定されていません。また、模造品を単に所持している行為(単純所持)も違法行為としては規定されていません。したがって、甲師からあなたに対して、剣刺しの大道具が譲渡された場合、「譲り渡した」甲師は違法行為を行ったとして罰せられますが、「譲り受けて」所持しているだけのあなたは違法行為を行ったことにはなりません。つまり、この剣刺しの大道具を貰って所持保管しているだけでは違法性は問われないのです。

そうは言っても安心はできません。あなたが、この剣刺しの大道具を使用してプロとしての演技を行った場合、甲師と同様に違法行為を行ったことになります。また、この大道具を他人に譲り渡した場合、有償か無償かを問わず、「譲渡」を行ったことになるので、やはり甲師と同様に違法行為を行ったことになります。更に、貸与も違法行為とされているので、この道具を他人に貸した場合も違法行為を行ったことになります。また、譲渡や貸与の申し出でや譲渡や貸与のための展示も違法行為として規定されているので、うっかり他人に「貰ってくれないか」と言ったり、見せたりしても、違法行為を問われる可能性があるのです。

以上述べてきた種々の違法行為は、特許権を直接的に侵害する「直接侵害行為」と呼ばれておりますが、特許法上は、これに準ずる「間接侵害行為」というものも規定されています。この「間接侵害行為」の中には、「模造品を業としての譲渡または輸出のために所持する行為」も含まれています。いわゆる「販売目的所持」と呼ばれている行為です。単に所持保管していただけなら「単純所持」として違法性に問われることはないのですが、所持していた理由が譲渡や輸出のためと認定されると「販売目的所持」として違法行為になるわけです。

結局、この剣刺しの大道具については、あなた自身は使うことができず、他人に貸与したり譲渡したりすることもできず、万一、販売目的所持と判断された場合は保管しているだけで違法行為と認定されるので、保管していたとしても何のメリットもありません。したがって、この大道具については、甲師に返却するか、廃棄処分をした方が賢明です。

なお、上記説明は、あなたがプロマジシャンや奇術用具販売者など、職業としてマジックに携わっている者であることを前提としたものですが、奇術を職業としていないアマチュアマジシャンや奇術研究家の場合は、若干、話が違ってきます。これは、特許法上の禁止行為が「業として」の行為に限られているからです。つまり「業として」の使用でなければ、この大道具を使用することができます。もっとも、あなたはプロマジシャンですから、この道具をアマチュアマジシャンに使ってもらおうと貸与や譲渡をすれば、その時点で上記違法行為を行ったことになるので、やはりこの大道具は使い道がないことになります。

次に、動画DVDについてですが、市販のDVDを無断でDVD-Rという媒体にコピーしたものは、いわゆる海賊版ということになります。動画DVDの内容は著作物ですから、これを無断でコピーすることは複製権を侵害する違法行為です。甲師はプロマジシャンですから、複製行為が私的使用のためだという言い訳も通用しません。したがって甲師がこのDVDを複製した行為は著作権法違反になります。また、甲師が、この海賊版をあなたに譲渡した行為は著作権法上の頒布権を侵害する違法行為になります。

幸い、著作権法でも「譲り受け」は違法行為としては規定されていません。また、海賊版を単に所持している行為(単純所持)も違法行為としては規定されていません。したがって、甲師からあなたに対して、海賊版DVDが譲渡された場合、「譲り渡した」甲師は違法行為(頒布権の侵害)を行ったとして罰せられますが、「譲り受けて」所持しているだけのあなたは違法行為を行ったことにはなりません。つまり、この海賊版DVDも、所持保管しているだけでは違法性は問われないのです。

また、動画DVDは映画の著作物の範疇に入るので、劇場などで公に上映する場合は、上映権の許諾を受ける必要がありますが、個人的に視聴する場合には制限はありません。つまり、この海賊版DVDを所持保管し、必要に応じて、これを再生して個人的に視聴することは自由です。別言すれば、前述した模造特許製品である剣刺しの大道具については何ら利用価値がなかったわけですが、この海賊版DVDは視聴することができ、一応、利用価値があるわけです。

ただ、著作権法にも「間接侵害行為」が規定されております。この「間接侵害行為」の中には「著作権を侵害する行為によって作成された物(つまり海賊版)を、情を知って、頒布の目的をもって所持する行為」も含まれています。ここで「情を知って」というのは、「その物が海賊版であることを知って」という意味です。

今回のケースでは、あなたは甲師から「これはちょっとやばいんだ」という話を聞いており、譲り受けた動画DVDが違法にコピーされた海賊版であることを知っていたわけです。そうなると、単に所持保管していただけなら「単純所持」として違法性に問われることはないのですが、もし「頒布の目的をもって所持」(いわゆる「販売目的所持」)と判断されると違法行為になってしまいます。

結局、この海賊版DVDについては、一応、あなた自身が視聴することは可能ですが、「販売目的所持」と認定されると、所持しているだけで違法行為になってしまいます。具体的には、大量の海賊版DVDを所持していたり、同じ海賊版DVDの複製を何枚も所持していたりすると、「販売目的所持」と認定される可能性が高くなります。したがって、そのような認定を避けた方がよいと考える場合には、海賊版DVDについても、甲師に返却するか、廃棄処分をした方が賢明です。

(回答者:志村浩 2022年5月21日)

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