「奇術師のためのルールQ&A集」第2回

IP-Magic WG

Q:キーリングのキー部分を閉じたり開いたりできる独自の機構を考えました。

私が知る限り、このような機構のキーリングは世の中に存在しません。このキーリングを使ったリンキングリングを新製品として販売する予定ですが、著作権による保護などは受けられますか?

A:キーリングの機構自体は、著作権では保護されません。

一般に、奇術用具の構造に関する新たなアイデアは、著作権ではなく、特許権もしくは実用新案権の保護対象になっているので、新製品として販売する予定のリンキングリングについて保護を求めるためには、特許もしくは実用新案についての出願手続が必要になります。

「著作権」と「特許権もしくは実用新案権」との大きな違いの1つは、前者の場合、具体的な手続を何ら行うことなしに権利が発生するのに対して、後者の場合、特許庁に対する出願手続を行い、審査にパスして初めて権利が発生する点です。たとえば、書籍やビデオの内容は著作権の保護対象となっているので、何もしなくても著作権による保護を受けることができます。すなわち、あなたがマジックの本を書いたり、マジックのビデオを撮影したりすれば、何の手続をしなくても、その場で著作権が発生するのです。したがって、他人がこれを無断でコピーして販売すれば、著作権侵害に問われます。

これに対して、ご質問のキーリングの場合、著作権による保護の対象外なので、保護を受けるためには、「開閉自在な奇術用キーリング」として、特許庁に対して特許もしくは実用新案の出願を行い、必要な料金を支払って審査を受け、審査にパスする必要があります。

このように、「著作権」に比べて、「特許権もしくは実用新案権」を取得するには、面倒な手続が必要であり、時間や費用もかかります。なぜそんなに面倒なのか。それは、特許権や実用新案権は「アイデア」という抽象概念を保護する権利なので、とても広い強力な権利になるからです。「リンキングリング」というマジックの技法や演技手順を解説した書籍やビデオは世の中にあまた存在します。これらは、それぞれが独自の内容を含んだ別個独立した著作物なので、リンキングリングの解説ビデオが既に存在するからといって、新たな独自の解説ビデオを作成する行為が著作権侵害に問われることはありません。

ところが、もし、「リンキングリング」という奇術用具に特許権が存在したらどうなるでしょう。たとえば、「少なくとも、1本のシングルリングと、1本のキーリングと、1組のWリングと、を含む奇術用具」というような形式で「リンキングリング」という奇術用具に特許が付与されていたとすると、マジックショップは、権利者に無断でリンキングリングを販売することは一切できなくなり、プロマジシャンは、権利者に無断でリンキングリングを演じることは一切できなくなってしまいます。

要するに、特許権や実用新案権は、「アイデア」という抽象概念を保護する強力な権利なので、出願書類の中には、権利の内容をはっきりさせるための詳細な説明を書くことが要求され、更に、特許権を与える際には、これまでにない新しいアイデアであるか否かを調べるための審査手続が行われるのです。したがって、もし、市販のリンキングリングについて現時点で特許出願したとしても、既に世の中に存在している物として審査ではねられてしまいます。

ご質問のキーリングの場合も特許出願すると、特許庁において、キーの開閉機構の部分がこれまでにない新しい機構であるか否かが審査されます。「開閉自在なキーリング」という製品自体は、これまでにも存在するものかと思いますが、開閉機構の部分が新しいものであれば(たとえば、電磁石で開閉する機構などは、筆者は見たことがありません)、特許が成立する可能性は十分にあります。

結局、ご質問のリンキングリングは、著作権では保護されないので、何らかの保護が必要なら、特許権や実用新案権による保護を求める必要があります。これらの権利を積極的に取得しておかないと、合法的な模倣の対象となってしまいます。もちろん、模倣者に対して「倫理に反する」と文句を言うことができますが、法的な対抗手段にはなりません。

そもそも一般産業界には、「模倣によって技術が発展を遂げる」という考え方があります。日本の産業発展も、最初は外国製品のパクリから始まったわけですから。したがって、特許権や実用新案権が取得されていない技術は一般開放されたものとみなされます。なお、この新製品として販売するリンキングリングの説明書は、著作権の保護対象になるので、特許権や実用新案権を取得していなくても、説明書自体をコピーする行為は著作権侵害に問うことができます。

(回答者:志村浩 2020年11月10日)

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