「奇術師のためのルールQ&A集」第5回

IP-Magic WG

Q:奇術雑誌に「指のギロチン」というマジックが掲載されていました。

刃を回転させて切断する新しい原理のギロチンで、寸法入りの設計図と演技手順が解説されています。アクリル板とアルミ板を使って試作したところ上々の出来栄えだったので、300組ほど量産して「ルーレットギロチン」という商品名でネット販売したいと思います。

著者のA氏にその旨を話して許可を求めたところ、特許などは申請していないので、解説書にA氏の原案であることを記載すれば自由に販売してよい、との快諾をいただきました。製品を販売する上で、何か注意すべき点はありますか?

A:一般に、商品販売を行う上で留意すべき権利は、特許庁が管轄する産業財産権(特許権/実用新案権/意匠権/商標権)と文化庁が管轄する著作権です。

電気メーカーや自動車メーカーなどでは、新製品を販売する前に「その商品が他人の産業財産権を侵害しないか」を必ず調査します。

また、出版社では、新刊を出版する前に「その書籍が他人の著作権を侵害していないか」に必ず留意します。したがって、ご質問の案件の場合も、製品販売前に、他人の産業財産権や著作権を侵害していないか、について十分に検討する必要があります。以下、個々の権利ごとに留意点を説明しましょう。

まず、特許権と実用新案権についてです。著者のA氏からは「特許などは申請していないので、解説書にA氏の原案であることを記載すれば自由に販売してよい」との許可を得た、とのことですが、だからといって、特許や実用新案の問題をすべてクリアーできるわけではありません。A氏は、この奇術雑誌の著者のようですが、「指のギロチン」の基本原理の発案者がA氏であるとは限りません。

たとえば、基本原理の発案者はB氏で、A氏は、このB氏のアイデアを具現化して試作品を作成し、その設計図と演技手順を雑誌に掲載したのかもしれません。そうだとすると、発案者のB氏が特許や実用新案を申請している可能性があります。この場合、B氏の許可を得る必要があります。

それでは、基本原理の発案者もA氏自身だった場合はどうでしょう。ここでは、A氏自身が「刃を回転させて切断する新しい原理」を思いつき、それを具現化して試作品を作成し、その設計図と演技手順を雑誌に掲載したものとしましょう。この場合、A氏からの許可さえ得られれば、特許や実用新案の問題はクリアーできるように思えますが、実はそう簡単ではないのです。なぜなら、同じアイデアを複数の者が思いつく可能性があるからです。たとえば、リンキングリングのキーリングを考えてみてください。キーリングは、「通常のリングの1箇所に切れ目を入れたリング」です。この「切れ目を入れる」というアイデアは、「誰かたった一人のマジシャンが思いつき、そのアイデアが世界中に広まった」という可能性もありますが、「世界中の何人かのマジシャンが独自に思いついた」という可能性もあるでしょう。後者の場合、切れ目の間隔や切断面の角度といった細かな部分が発案者ごとに異なるかもしれませんが、「切れ目を入れる」という原理は同じです。

ここでは、複数の人が全く同じアイデアを思いついた場合を考えてみましょう。もちろん、各人が互いに感化されることなしに(つまり、他人のアイデアを見たり聞いたりせずに)、それぞれ独自にアイデアを思いつき、偶然、そのアイデアが同じものであった、という場合です。この場合、そのアイデアの権利を誰に与えればよいでしょうか? いずれも他人の真似をしたわけではないので、全員に等しくアイデアの権利を与えるべきでしょうか? それとも、時間的に最も早く思いついた発案者一人だけにそのアイデアの権利を与えるべきでしょうか?

いろいろな考え方がありますが、特許や実用新案では「最も早く出願した者一人だけに権利を与える」という制度(先願主義)を採用しています。「最も早く発明した者一人だけに権利を与える」という制度(先発明主義)ではありません。甲が先に発明し、乙が後に発明した場合であっても、乙が甲よりも先に出願をすれば、権利は乙に与えられることになります。甲は「俺が先に考えたんだ!」と文句を言うかもしれませんが、乙が先に出願してしまったので後の祭りです(ちなみに、甲乙の出願が同日だった場合は、話し合いやくじ引きでどちらかに決めることになります)。

さて、ご質問のケースに話を戻しましょう。仮にA氏が「ルーレットギロチン」の基本原理の発明者だったとしても、同じ基本原理を別な人も思いついていた可能性はゼロではありません。たとえば、B氏、C氏、D氏も同じ原理を思いついていたとしましょう。A氏は特許などの出願はしていないようですが、もし、B氏、C氏、D氏が特許や実用新案を出願していたとすると、最も早く出願した者に権利が与えられます。したがって、ご質問のケースでは、A氏の許可だけでは不十分であり、「ルーレットギロチン」の基本原理について、特許や実用新案が取得されていないか調査する必要があります。万一、A氏以外の誰かが特許や実用新案を取得していた場合、量産した300組の製品に対して廃棄処分が命ぜられる可能性もあり、被害は甚大になります。

一方、意匠権というのは、デザインについての権利です。今回販売予定の製品は、刃を回転させて切断する新しい原理のギロチンとのことですが、意匠権は商品の外観のデザインについての権利なので、奇術用具の原理とは無関係です。刃をスライドさせる旧タイプのギロチンについての意匠権であっても、外観が似ていれば、抵触する可能性があります。したがって、デザインが類似する奇術用具の意匠権が存在するかどうかを調査しておいた方が賢明です。もっとも、そのような意匠権が存在していたとしても、デザインを変更すれば問題ないので、たとえば、製品の縦横の寸法比を変えたり、製品表面に施す模様を変えたりすれば、意匠権侵害の問題を解消することが可能です。

続いて、商標権についても検討する必要があります。「ルーレットギロチン」という商品名でネット販売するとのことですが、奇術用具で「ルーレットギロチン」という商標権が他人に取得されていないかを調査する必要があります。商標権は類似範囲まで及ぶので、たとえば「ローレットギロチン」という商標権が取得されていた場合も、「類似する!」と言われてトラブルになるおそれがあります。調査の結果、他人の商標権に抵触するおそれがない場合は、ご自身の名義で、奇術用具について「ルーレットギロチン」という商標を出願しておき、商標権を取得しておいた方がよいでしょう。

最後に著作権について検討します。「ルーレットギロチン」という商品は書籍ではないので、商品自体については、基本的には著作権に関するトラブルを心配する必要はありません。A氏の寸法入りの設計図に基づいて製品を作成したとのことですので、この設計図を具現化した点においてA氏の著作物を複製したことになるかもしれませんが、A氏から製品化の許可を得ているので著作権侵害の問題は生じません。著作権について配慮するとすれば、商品パッケージのデザインと解説書です。商品パッケージに、ネットからダウンロードした画像を使う場合は、商用利用が許可されているかを確認する必要があります。解説書については、A氏の了解があれば、雑誌記事を転用して作成することも可能ですが、新たにご自身でオリジナルの文章を起草して解説書を作成すれば、あなた自身がその解説書の著作権者になるので全く問題はありません。

(回答者:志村浩 2020年11月10日)

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