「奇術師のためのルールQ&A集」第12回

IP-Magic WG

Q:私は、趣味で奇術を楽しんでいるアマチュアマジシャンです。

最近、クロースアップマジック用の道具を考案したので、特許を取得しておいた方がよいか友人に相談したところ、「部品の形状や構造に特徴がある小発明に該当するので、何か権利を取っておくなら特許ではなく実用新案を申請した方がよい」というアドバイスを受けました。

カード、ボール、コイン、ダイス、ウォンド、シルクなどの小物品を用いた奇術用具を発明した場合、特許をとることはできないのでしょうか? 友人が実用新案を薦めたのには、何か理由がありますか?

A:特許制度も実用新案制度も、アイデアを保護するための知的財産保護制度です。

特許制度が様々な発明を広く保護対象としているのに対して、実用新案は小発明を保護対象とする制度という位置づけになります。英語では、特許はPatent、実用新案はUtility Model と呼ばれ、日本の他、ドイツ、中国、韓国、ロシアなど、いくつかの国では、特許制度と実用新案制度が併設されています。ただ、米国や欧州などの多くの国では、アイデアの保護は特許制度に一本化されており、実用新案制度は存在しません。ここでは、日本の特許制度と実用新案制度を比較しながら、両者の違いを説明してゆくことにします。

我が国の制度では、特許や実用新案の対象は「自然法則を利用した技術的思想の創作」とされています。ここで、「技術的思想の創作」というのは、要するに「アイデア」ということです。「自然法則を利用した」という要件が入っているのは、簡単に言えば、自然科学とは全く無関係なアイデアを保護対象から除外するためです。

たとえば、「捜査を担当する刑事が真犯人だった」というような物語上のアイデア、「病院の正面に処方箋を取り扱う薬局を開業する」というような営業上のアイデア、「電話番号を語呂合わせで覚える」というノウハウ的なアイデアなどは、特許や実用新案の保護対象から除外されます。これらのアイデアは、人間の暮らしに役立つ有益なアイデアではありますが、産業政策上、独占権を与えることは好ましくないとされ、保護対象から除外されているのです。

マジックの分野で考えてみると、実体のあるマジックの道具やギミックは、いずれも「自然法則を利用」しているとされ、特許や実用新案の対象になります。たとえば、キーリングは「切れ目(空間)を通して他のリング(金属)の抜き差しができる(金属が金属を通り抜けることはできないが、金属が空間を通り抜けることはできる)」という点で自然法則を利用しているとされ、ダンシングケーンは「糸によってケーンが振り子運動を行う」という点で自然法則を利用しているとされます。

これに対して、ダブルリフト、フォールスカウント、パームなどの技法、セルフワーキングマジックや数理マジックの原理は、自然法則を利用していないとされ、保護対象から除外されています。ただ、セルフワーキングマジックや数理マジックを行うための特殊な数字カードなど、実体のある道具やギミックは、保護対象になります。この「自然法則を利用した」という要件を満たすか否かの基準は、たびたび議論が起こる複雑な問題なのですが、マジックに関しては、「道具やギミック」という実体物に関するものであれば保護対象になる、と考えておいてよいでしょう。

ところで、実用新案は、もともと小発明を保護する制度として立案されたものなので、その保護対象には「物品の形状、構造または組み合わせに係るもの」という限定事項が付されています。カード、コイン、ボール、ダイス、カップ、リング、ウォンド、ロープ、シルク、筒、箱、板などを用いた奇術用具は、いずれもこの定義に当てはまるので、実用新案の対象になります。

これに対して、液体や粉体からなる奇術用具は、「物品の形状、構造または組み合わせに係るもの」という限定事項を満たしていないので、実用新案の対象にはなりません。たとえば、トラベリングデックなどを製造するために用いられているカード表面を粗面加工する薬品(ラッフィング加工液)や、ファンカードの表面に付着させて滑りを良くするスライダー粉体(ステアリン酸亜鉛)は、マジックショップで販売されていますが、実用新案の対象にはなりません。したがって、今までにない成分のラッフィング加工液やスライダー粉体を開発した場合は、実用新案ではなく特許による保護を求める必要があります。

また、方法として捉えたアイデアも、「物品の形状、構造または組み合わせに係るもの」という限定事項を満たしていないので、実用新案の対象にはなりません。たとえば、「ブラックライトと黒布を利用して演技者を舞台から消す方法」のような方法的アイデアは、実用新案ではなく特許による保護を求める必要があります。

結局、特許と実用新案の相違をその保護対象から見てみると、実用新案の保護対象が、特定の形のある奇術用具(カード、コイン、ボール、ダイス、カップ、リング、ウォンド、ロープ、シルク、筒、箱、板などを用いた奇術用具)に限定されているのに対して、特許の保護対象は、上記実用新案の保護対象に加えて、液体や粉体からなる奇術用具や、方法として捉えられるアイデアを含んでいることになります。

別言すれば、実用新案の保護対象となるものは、すべて特許の保護対象になるが、その逆は成り立たない、ということになります。すなわち、液体や粉体からなる奇術用具や、方法として捉えられるアイデアは、特許の保護対象になりますが、実用新案の保護対象にはなりません。

なお、実用新案の保護対象は、小物品に限定されるわけではありません。「物品の形状、構造または組み合わせに係るもの」という限定事項を満たせば、イリュージョンに用いる大道具でも実用新案の保護対象になります。たとえば、人体交換、人体浮遊、水槽からの脱出といった舞台奇術に用いる大掛かりな道具でも、実用新案の登録を受けることができます。もちろん、特許を受けることもできます。

あなたがお考えになった道具は、クロースアップマジック用の道具ということなので、「物品の形状、構造または組み合わせに係るもの」という限定事項を満たしていると思われます。したがって、特許の保護対象にもなるし、実用新案の保護対象にもなります。それでも、お友達が「特許ではなく実用新案を申請した方がよい」というアドバイスをした理由は、おそらく、あなたが個人的に奇術を楽しんでいるアマチュアマジシャンである点を考慮したためと考えられます。

実は、権利取得手続という観点から見ると、特許の取得手続が、時間も費用もかかる面倒な手続であるのに対して、実用新案の取得手続は、短期間で済む簡単な手続と言えます。奇術用具を製造販売する業者であれば、時間や費用をかけて特許を取得する意味があるかもしれませんが、あなたのような個人にとっては、特許出願にかかる時間や費用の負担はかなり重くなると思われます。

特許も実用新案も、出願書類を特許庁に提出した後、所定の審査を経て権利が付与されます。ここで、特許庁で行われる審査には、方式審査と実体審査があります。方式審査というのは、出願書類が法律に則った所定の形式で記載されているか、内容の説明に不明瞭な箇所がないか、原理に矛盾点はないか、公序良俗に反するものではないか、といった方式的な事項についての審査です。たとえば、上述した「ラッフィング加工液」や「ブラックライトと黒布を利用して演技者を舞台から消す方法」のような内容を実用新案で出願すると、この方式審査で出願は拒絶されてしまいます。

これに対して、実体審査というのは、出願内容と類似の内容が過去に出願・公開されていたかどうかを調べる審査です。要するに、似たような内容を誰かが先に出願していないか、昔から知られていた陳腐な技術ではないか、という点が審査されます。この実体審査の前段階では、調査が行われます。調査対象は、過去の出願だけでなく、過去の雑誌や書籍、インターネットの情報なども含まれます。しかも国内で公開された情報だけでなく、外国で公開された情報も含まれます。たとえば「類似発明が米国の奇術雑誌○○に既に掲載されていた」という事実があれば、この実体審査で拒絶されてしまいます。

このような実体審査を経て特許を付与してもらうまでには、時間も費用もかかります。たとえば、この実体審査で、審査官から過去に類似した出願があることを指摘されたら、これに対する反論手続や、出願書類を修正する手続などが必要になります。特許と実用新案の大きな違いは、特許の場合は「方式審査+実体審査」の両方にパスすることによって、はじめて特許権が付与されるので、時間も費用もかかるのに対して、実用新案の場合は「方式審査」にのみパスすれば実用新案権が付与されるので、時間も費用も抑えられます。

つまり、実用新案の審査では、過去に類似の発明が既に存在していたかどうかを調べる実体審査が省かれるのです。これは、実用新案の場合、二番煎じ、三番煎じ、… といった内容であっても登録されることを意味します。

たとえば、「リンキングリング」は昔から知られている奇術用具です。したがって、この昔からある「リンキングリング」について、これから特許を取ることはできません。なぜなら、特許出願を行うと、方式審査に加えて実体審査が行われるため、この実体審査の調査において「リンキングリング」は昔から知られている奇術用具であることが判明して拒絶されてしまうからです。ところが、昔からある「リンキングリング」について実用新案の出願を行うと、実体審査は省かれるため、方式的な不備がない限り登録されてしまうのです(登録された場合にどうなるのかは、次回「Q&A集 第13回」でお話します)。

このように、実用新案の審査は特許の審査に比べてかなり緩く、時間や費用も節約できます。もちろん、上述したように、液体や粉体からなる奇術用具や、方法として捉えられる奇術の場合、特許しか選択肢がないわけですが、今回、あなたがお考えになった道具は、特許でも実用新案でも出願可能です。したがって、お友達は、今回のケースでは、時間や費用の負担が少ない実用新案を薦めたのかと思います。

(回答者:志村浩 2021年1月4日)

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