「奇術師のためのルールQ&A集」第13回

IP-Magic WG

Q:先だって、実用新案について質問したアマチュアマジシャンです。

前回は、私が考案した道具は、クロースアップマジック用の小物品を用いた奇術用具なので、特許・実用新案のどちらでも出願することが可能であるが、権利取得手続という観点から見ると、特許に比べて実用新案は審査にかかる時間や費用が抑えられるので、私のような個人の立場では、実用新案を選んだ方がメリットがある、というご回答をいただきました。

このご回答によると、特許よりも実用新案の方が断然有利のように思えるのですが、実用新案に何かデメリットはないのでしょうか? 時間や費用をかけてまで特許を取る意味はあるのでしょうか? そもそも特許権と実用新案権は何が違うのですか?

A:前回のご質問(Q&A集 第12回)に対しては、権利取得までに要する時間や費用という点において、特許よりも実用新案の方がメリットがあるという理由を説明し、アマチュアマジシャンであるあなたには、実用新案の方がお薦めできるという話をしました。

また、特許と実用新案では、保護対象に若干差があり、カード表面を粗面加工する薬品(ラッフィング加工液)やファンカードの表面に付着させて滑りを良くするスライダー粉体(ステアリン酸亜鉛)のような液体や粉体、「ブラックライトと黒布を利用して演技者を舞台から消す方法」のような方法として把握される奇術は、実用新案の保護対象にはなっていないことも説明しました。

ただ、特許と実用新案の違いは、保護対象や権利取得手続だけではありません。両者には、権利存続期間、権利行使手続といった点においても、大きな違いがあります。以下、これらの相違を順に説明してゆきます。

まず、権利存続期間については、実用新案の方が期間が短いというデメリットがあります。特許権の存続期間は、通常、出願から20年(特別な場合は、更に延長可能)ですが、実用新案権は、出願から10年になります。いずれも存続期間が経過すると、権利は消滅し、誰でも真似することができるようになります。

「ジェネリック薬」という言葉を聞いたことがあるでしょう。これは、存続期間が経過して権利が切れた医薬品と成分が同じ薬のことを言います。権利が切れているので、合法的に類似品を安い値段で販売することができるのです。権利者からすれば、存続期間が経過して「ジェネリック薬」が発売されると、自社製品の売り上げが減少するので、存続期間はできるだけ長い方が好ましいわけです。

特許権の20年に比べて、実用新案権の10年はかなり短いです。特に、半導体やコンピューターといった最先端技術の発明や、開発に莫大な金を費やした医薬品に関する発明の場合、10年で権利が切れてしまうと、開発費を十分に回収できないおそれがあります。このため、大企業はほとんどが権利を20年間も維持できる特許を利用しております。これに対して、奇術用具の場合は、長期間売れ続けるヒット商品になる見込みがない限り、権利が10年で切れる実用新案でもよいのかもしれません。

更に、特許と実用新案では、権利行使手続についても大きな違いがあります。ここで言う「権利行使」とは、権利取得後に他人が真似した場合、法的措置として、「真似するな!」と言ったり(差止請求権の行使)、「賠償金を払え!」と言ったり(損害賠償請求権の行使)することです。

ここで重要な点は、特許権の行使には特に条件は課されておりませんが、実用新案権を行使する前には「技術評価書を提示した警告」が必要とされています。「技術評価書」というのは、簡単に言えば「実体審査の結果を示す書類」のことです。特許庁で行われる審査には、方式審査と実体審査があります。方式審査は、単に、出願内容が形式的な要件を満たしているかどうかを判断する簡単な審査ですが、実体審査は、出願内容と類似の内容が過去に出願・公開されていたかどうかを調べる複雑な審査になり、時間や費用も嵩みます。

前回の回答でも説明したとおり、特許の場合は「方式審査+実体審査」の両方が必要であるのに対して、実用新案の場合は「方式審査」のみで済みます。したがって、権利取得手続の観点からは、実用新案の方が時間や費用を抑えられるというメリットがあるわけです。しかしながら、実体審査を完全に省略してしまってよいのでしょうか?

上述したとおり、特許権は、方式審査と実体審査の両方にパスしないと付与されません。したがって、特許が成立したということは、実体審査の結果、審査官が「過去に類似の発明がない」と判断したことになり、審査官によって「有効な権利」であるというお墨付きがもらえたということなのです。

これに対して、実用新案権は、実体審査を行わないで付与されたので、「過去に類似の発明がない」かどうかは不明ということになります。もし、実体審査を行ったら、「5年も前に他人が同じ内容について既に出願していた」というような事実が判明するかもしれません。この場合、実用新案権は無効ということになります。前回の回答でも例示したとおり、「リンキングリング」は昔から知られている奇術用具ですが、この昔から知られている陳腐な「リンキングリング」について、今から実用新案の出願を行うと、実体審査は省かれるため、そのまま登録されてしまうのです。

このように実用新案権は、実体審査を経ていないため、その有効性に疑義がある可能性があります。誰かが、昔から知られている陳腐な「リンキングリング」について実用新案権を取得し、この実用新案権に基づいて、全国のマジックショップに対して権利行使を行い「販売を中止しろ!」と要求したら大変なことになります。

そこで、実用新案権については、権利行使を行う前に実体審査を受け(正式には技術評価請求と言います)、その結果を示す「技術評価書」を入手することを義務づけているのです。上述した「リンキングリング」の実用新案権の場合、技術評価請求(実体審査)を行うことにより、「リンキングリング」は昔から知られている奇術用具であることがバレてしまうので、「技術評価書」には、この実用新案権が無効である旨が記載されることになり、結果的に、販売中止を要求する権利行使はできないことになります。

このように、特許の場合は必ず実体審査を行い、「過去に類似の発明がない」ことを審査官が確認した上で権利付与がなされるため、権利を取得するには時間や費用がかかりますが、実体審査にパスして権利が成立すれば、有効な権利として扱われます。したがって、特許を真似する者が現れたら、直ちに権利行使を行い、「真似するな!」と言ったり「賠償金を払え!」と言ったりすることができるのです。

これに対して、実用新案の場合、実体審査は省略されるので、権利を取得するための時間や費用は抑えられますが、権利の有効性は保証されておりません。したがって、実用新案を真似する者が現れた場合、まず、特許庁に対して技術評価請求を行って実体審査を行ってもらい、その結果、「有効」という結果が得られれば、はじめて権利行使を行い、「真似するな!」と言ったり「賠償金を払え!」と言ったりすることができるようにしているのです。

結局、特許権は実体審査を経て付与されるものなので、権利の安定性が高いのに対して、実用新案権は実体審査を省いて付与されるものなので、権利の安定性が低い(いざ権利行使という段階で、権利無効になる可能性がある)、と言うことができます。また、前述したように、特許が20年、実用新案は10年という存続期間の相違もあります。

このような事情から、大手企業では、実用新案制度はほとんど利用されていません。特許と実用新案は、いずれもアイデアを保護対象とする点で共通しますが、日本では、実用新案の出願の割合は3%程度、残りの97%は特許出願になっています。ただ、中小企業や個人にとっては、実用新案は魅力的です。まず権利取得手続の時間や費用が節約できます。たしかに、いざ権利行使を行う上では、技術評価請求を行って実体審査を受ける必要が生じますが、実際に権利行使を行うケースはそう多くないでしょう。

実用新案権を取得しておけば「第三者による真似」を牽制する効果はあるので、権利存続期間の10年間、誰も真似する者がいなければ、差止請求や賠償請求といった権利行使を行う必要はないわけです。もし、真似する者が現れたら、その時点で、時間や費用をかけて権利行使を行う価値があるのかどうかを検討し、必要があれば、技術評価請求を行えばよいのです。

ご質問者は、ご自身の考案による道具が、どこかのマジックショップで勝手に販売されたら好ましくないと思っているのでしょうが、特許出願のために多くの時間や費用を割くのも好ましくないとお考えのことでしょう。上述したとおり、あなたが考案したクロースアップマジック用の道具は、特許の対象でもあり、実用新案の対象でもあるので、特許、実用新案のいずれの出願を行うことも可能です(両方の出願を重ねて行うことはできません)。

ただ、あなたがアマチュアマジシャンであることを考慮すると、やはり実用新案の出願をお薦めします。現時点で、あなた自身がこの道具を製造販売することを考えていないのであるなら、実用新案で十分です。あなたが実用新案権を取得しておけば、どこかのマジックショップに売り込むことも可能です。

もちろん、あなたが実用新案権を取得しても、この道具を勝手に真似して製造販売する業者に対して、直ちには「真似するな!」と言ったり「賠償金を払え!」と言ったりすることはできませんが、とりあえず、その業者にロイヤリティーの支払いを促すような交渉をすることは可能です。交渉が決裂したら、技術評価請求を行って権利行使するかどうかを検討すればよいわけです。また、実用新案の出願を行ってから3年以内であれば、実用新案権を特許出願に切り替えることも可能です(この場合、元の実用新案権は放棄する必要があります)。

(回答者:志村浩 2021年1月4日)

  • 注1:このQ&Aの回答は著者の個人的な見解を示すものであり、この回答に従った行為により損害が生じても、賠償の責は一切負いません。
  • 注2:掲載されている質問事例の多くは回答者が作成したフィクションであり、実際の事例とは無関係です。
  • 注3:回答は、執筆時の現行法に基づくものであり、将来、法律の改正があった場合には、回答内容が適切ではなくなる可能性があります。

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