「奇術師のためのルールQ&A集」第22回

IP-Magic WG

Q:社会人のマジッククラブに所属しているアマチュアマジシャンです。

このクラブでは、年1回、会誌を発行しています。私は毎年、この会誌に自分で考えたオリジナルマジックを投稿しております。昨年の会誌に掲載されたマジックは、2本の黒いバーをT字型に組み合わせ、各所に宝石を埋め込んだT字型ジャンピングダイヤについてのものです。会誌には、この道具の設計図とともに、パドルムーブを用いて様々な位置に宝石が飛び移ったように見せるオリジナルの手順も記載してあります。

友人が勤務しているマジックショップのM社から、この道具を商品化したいとの申し入れがあったので快諾しました。今年の正月から販売を開始したらしいのですが、このM社の製品は品質がよいために人気商品になり、現在は増産中とのことです。今後は、M社以外の会社から粗悪な類似品が出てくるおそれもあるので、そのような類似品の販売を防ぐために早めに特許を出願しておいた方がよいでしょうか?

A:残念ながら、このT字型ジャンピングダイヤについては、もはや特許を取得することはできません。

これは、特許法上、出願時に新規性のない発明は特許を受けることができない、という大原則があるためです。ここで、「新規性」とは、簡単に言えば「公には知られていない新しさ」ということです。出願の時点で既に新規性を喪失していた発明は特許を受けられません。出願後であれば新規性を喪失してもOKですが、出願前に喪失していたらNGです。

このような大原則がある理由は、「出願前から公に知られていた発明」には特許を与えないためです。たとえば、一般的な「四つ玉」の道具について、今から特許出願しても特許が取得できないのは、この大原則があるからです。四つ玉は、昔から多数のマジシャンに知られていた道具ですから、既に新規性を喪失しており、これから出願しても特許を受けることはできないのです。厳密に言えば、たとえば、9月9日の午前9時に特許出願した場合、午前9時1分に新規性を喪失してもOKですが、午前8時59分に喪失したらNGです。

ご質問いただいたT字型ジャンピングダイヤは、「M社が今年の正月から販売を開始した」とのことですね。この「販売」という行為は、新規性を喪失させる行為になります(公然実施行為と言います)。この商品を購入したユーザーは、パッケージを開封することにより、どのような商品であるかを知ることができます。つまり、一般的な商品の場合、既に販売されてしまった場合は、その販売により新規性を喪失してしまうため、これから出願しても特許は取得できない、というのが原則なのです。ですから、大企業の場合は、販売よりも特許出願を必ず優先します。販売を開始した後、もし売れ行きが良かったら特許を出願しよう、という方針は誤りです。基本的には、特許出願が完了するまで、商品の販売を開始してはいけないのです。

もっとも、商品の販売後に出願しても、特許取得が可能になる例外的なケースもいくつかあります。たとえば、特定のメンバーに対してのみ限定販売したようなケースでは、これらのメンバーに他言無用といった守秘義務を課しておけば、この限定販売によって新規性が喪失することはありません。不特定多数に販売したわけではないので、まだ「公には知られていない」という状態が維持されているからです。ただ、ご質問のケースでは、既に不特定多数の者に対して販売が行われているため、上記限定販売のケースには該当しません。

また、特許法では、特許を受ける権利者の行為に起因して新規性を喪失した場合には、その喪失時点から1年以内に出願すれば、新規性は喪失しなかったものとみなす、という例外規定も設けられています。ご質問のケースでは、権利者はあなたですから、あなた自身がこの商品を販売することにより新規性が喪失してしまった場合は、販売開始から1年以内に出願すれば、販売による新規性喪失は不問とされます。しかし、実際には、販売を行ったのは、あなたではなくM社ですから、この例外規定の適用を受けることも困難です。

結局、今回のケースでは、T字型ジャンピングダイヤの発明は、少なくとも、M社が販売を開始した今年の正月には新規性を喪失しており、これから出願しても特許は取得できないのです。それでは、いつまでに特許出願を行っておけばよかったのでしょうか? M社の発売直前、すなわち、昨年の暮までに出願しておけば特許を取得できたのでしょうか?

正解は「T字型ジャンピングダイヤが掲載された会誌の発行前まで」ということになります。実は、今回のケースの場合は、新規性が喪失したのは、M社による商品の販売時点(今年の正月)ではなく、昨年の会誌の発行時点ということになるのです。この会誌には、道具の設計図とともにオリジナルの手順も掲載されている、ということですから、この会誌を読んだ者であれば、発明の内容を知ることができたわけです。したがって、このT字型ジャンピングダイヤの発明は、それが掲載された会誌の発行時点で新規性が喪失していたことになります。

実際には、発明の内容が刊行物に掲載されることにより、必ずしも新規性が喪失するわけではありません。その刊行物の性質によっては、新規性が喪失しない場合もあります。たとえば、大企業の開発部門で発行される研究結果報告書などでは、表紙に「社外秘」と記されており、その開発部門のメンバーだけに配布され、内容について守秘義務が課されていることが多いです。このように、特定のメンバーだけに守秘義務を課して配布されるような刊行物に掲載されたとしても、不特定多数が知る状態にはならないので、新規性は喪失しないのです。

しかし、今回のケースは、マジッククラブの会誌ということですから、仮にそのクラブのメンバーだけに配布する運用を行っていたとしても、各メンバーに守秘義務までは課しておらず、各メンバーは、誰かに内容を話すことが自由になっていたものと思われます。したがって、会誌が発行された時点で、不特定多数の者が知りうる状態になっており、発行時点で新規性は喪失したと考えられます。実際、M社に勤務しているあなたの友人が、商品化の申し入れを行ったのは、何らかの方法でこの会誌の内容を知ったからではないでしょうか。

あなたは毎年、この会誌にオリジナルマジックを投稿しているそうですが、これまでに投稿した多数のマジックも、同様の理由で新規性を喪失しており、これから特許を取得することはできません。ですから、もし今年もオリジナルマジックを投稿する予定であり、そのマジックについて特許を取得しておきたいと考えている場合は、今年の会誌が発行されるまでに出願を完了しておく必要があります。小発明の保護を目的とした実用新案や、デザインの保護を目的とした意匠登録も同様であり、商品を販売したり、雑誌に内容を掲載したりすると、新規性が喪失するため、その後に出願を行っても登録されないことになります。

ただ、商標権には新規性は要求されないので、今からこのT字型ジャンピングダイヤの商品名として、たとえば「T-JUMP」のような商標出願を行えば、他人が先に類似商標を取得していない限り商標登録を受けられます。また、著作権は、昨年、あなたが投稿原稿を執筆した時点で既に発生しております。よって、会誌に掲載された道具の設計図や手順の解説文は、M社による商品販売の事実とは無関係に、著作権によって保護されています。もっとも、あくまでも著作権なので、設計図や解説文を無断転載することを禁じることはできますが、T字型ジャンピングダイヤを無断で販売することを禁止することはできません(特許権や実用新案権なら、これを禁止できます)。

上述したとおり、このT字型ジャンピングダイヤについては、もはや特許権、実用新案権、意匠権を取得することはできませんが、不正競争防止法という法律による保護を受けられる可能性はあります。不正競争防止法には、商品が日本国内で最初に販売されてから3年間は、他人の商品の形態を模倣してはならない、という条項があります。したがって、今後、類似品を販売する業者が現れた場合、M社の発売時点から3年間は、この不正競争防止法に基づいて、販売を禁止することが可能です。

ただ、「形態模倣」というのは、ほぼ「デッドコピー」に近い状態を意味しているため、この不正競争防止法の条項を適用できる範囲は限られています。たとえば、T字型に組み合わされた2本のバーの長さの比率、バーの模様・色彩・質感、宝石の色や配置などが異なっていると「形態模倣」には該当しません。特許権や実用新案権の場合、「T字型をしているジャンピングダイヤ」であれば広く権利範囲に入りますが、不正競争防止法の場合、「形態模倣」と言える範囲が狭く、保護期間も発売から3年間と短いため、十分な保護とは言えないのが実状です。

(回答者:志村浩 2021年5月8日)

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